今年もまた僅差でグリフィンドールが勝利したクィディッチの開幕戦を終えると(ジェームズ、つらいのによく頑張った!)あっという間に十二月がやって来て、シリウスは十七歳の誕生日を迎えた。は日本製の財布と(もう何年も同じものを使っているのでシリウスのものは少し色褪せて角が丸くなっていたのだ)、もしもシリウスがオートバイを買ったら鍵をつけてほしいと思って小さなバイクのモチーフがついたキーホルダーをプレゼントした。以前シリウスが言っていたように、成人の証としてジェームズのおじさんとおばさんは彼に懐中時計を贈ったし、普段はプレゼントの交換などあまりしないのに、ジェームズは意外にもシリウスに何やら分厚い本をプレゼントした。もっとも、中身は下らないものなのか、シリウスは「こんなん要るか!」と突き返そうとしていたけれど(結局は無理やり押し付けられたようだ)。
夕食を終えて寮に戻ると、ジェームズが厨房から山のように持ってきたお菓子とジュースで、彼らは改めてシリウスの記念すべき一日を祝っていた。寝室で四人が大騒ぎしているところにも入れてもらい、しばらく五人で大いに盛り上がったあとは『気を利かせて』三人とも出て行ったので、ようやくシリウスの近くに移動して「おめでとう」の言葉とともにキスをする。シリウスは嬉しそうに微笑み、の腰を抱き寄せて今度は自分のほうから短い口付けを何度か繰り返した。
「十七歳おめでとう、シリウス」
「うん……ありがとうな、。お前に祝ってもらうのが、一番嬉しい」
シリウスはそう言って笑ったけれど、その瞳にはジェームズたちと騒いでいたときには決して見せなかった暗い影が差している。はそんなシリウスの顔を覗き込んでそっと額を合わせながら、聞いた。
「どうしたの?」
「いや……その、『大人』っていっても、あんま実感がなくてさ。このまま何となく時間が過ぎて、お前が言ってたみたいに、卒業して……先のことなんか全然考えらんねーし、『大人』なんて名前ばっかで、俺、自分がまだまだ子供だって分かってるつもりだし……あー、ごめん、俺、なに言ってんのか分かんねぇ」
イライラと頭を掻いて、シリウスがうめく。は彼の長い睫毛が不安そうに俯くのを見つめたあと、彼の首の後ろに腕を回して包み込むように抱き締めた。
「子供だって自覚がある分、ちゃーんと大きくなってるよ、シリウス。だから、心配しないで」
腕の中でシリウスが顔を上げるのが分かったので、少しだけ身体を離して、間近で見つめ合いながら微笑む。
「シリウス、おっきくなってるよ。自分じゃ分からないかもしれないけど、外側だけじゃなくて……すごく、大人っぽくなったと思う。だからそんなに、心配しなくていいよ。それにまだまだ、時間はあるでしょう?みんなで一緒に探していけばいいよ。十七歳になったからって、いきなりシリウスが変わっちゃうわけじゃないでしょ?ゆっくり、大人になってけばいいよ。私も、一緒にいるから」
シリウスはこれまでにも何度か見せたあの子供のような顔で瞳を潤ませながら、甘えるように額をこすり合わせてきた。こういうところは、まだまだ『子供』だけれど。でもシリウスがまったくこうした仕草をしなくなったら、それはそれで寂しいだろうなと思った。はよしよしとシリウスの頭を撫でながら、続ける。
「だからシリウスも、これからも一緒にいてね」
「うん……約束する」
それはいつまでの『約束』なのか、曖昧な言葉だけれども。
今はそれだけで、十分すぎるほど。
「ハッピーバースデー、シリウス」
生まれてきてくれて、ありがとう。
as to whether it's true
信じるか否か
今年に入ってからは多忙さを理由にまだ一度もスラッグ・クラブに行ったことがなかったが、クリスマス休暇に入る前日の夜、スラッグホーンは一足早いクリスマス・パーティを開催することを決めた。課題で忙しいという理由はもはや通用せず、仕方なくイエスの返事を返す。だがクリスマスのパーティは男女のパートナーで参加する生徒がほとんどで、リリーも同じくスラッグ・クラブのダークと行く予定だったので、はこれまで頑なに参加を拒み続けてきたシリウスに頼み込んだ。
「一緒に行こう!ね、ね?美味しいものもいっぱい出るよ!」
のほうから彼を公の場に誘うことは初めてだったので、シリウスは一瞬嬉しそうに頬を緩めたものの、すぐさま渋い顔をして首を横に振った。
「だって俺、あのおっさん嫌い。美味いもんならダンスパーティで食えるだろ。ついでに言えば厨房に行けばいつでも何でも食えるしな」
「ひどい……何でそんな身も蓋もないこと言うの。私だってあの人そんなに好きじゃないのに。ひとりで行って惨めな思いして私が泣いて帰ってきてもいいの?」
「……あのなぁ。そんなの行かなきゃいいだろ、何でイヤって一言言ってやらないんだ」
「みんながみんなシリウスみたいに露骨なこと言えるなんて思ったら大間違いよ!特に日本人はノーって言えない人種なの!」
「ウソつけ。弱いとこちょっとでも攻めたらすぐにイヤイヤ言うくせに」
「わっわ、わ!ばか!!」
寮生で溢れかえった談話室の中、平気な顔をしてそんなことを言ってのけたシリウスを真っ赤になって怒鳴りつける。どうやら聞こえていたらしい友人たちが周りでくすくす笑っている中をジェームズが悠々と近付いてきた。
「シリウス、一回くらい行ってあげたら?を一人で行かせて変な虫がついたらお前だってイヤだろ?」
「………」
いかにも非難めいた眼差しで、じとりと横目に睨みつけられて。
「お前、どうしてもスラッグホーンのパーティ行くの?」
「……………う、うん」
はあ、と大げさなため息をついて、シリウス。
「……今回だけだぞ」
「ほんと?わ、ありがとう!シリウスすき、ありがとう!」
嬉しさと安堵のあまり、こんなにも寮生がいるというのには大声でそんなことを叫んでしまった。言われた本人は狐につままれたような顔をしてから、耳まで真っ赤になって口ごもる。ジェームズはやれやれと肩をすくめ、談話室に残っていたグリフィンドール生たちは
主に六年の男子生徒だったが
ひゅーと口笛を吹いて「よかったなシリウス、とうとう公衆の面前でに好きって言わせたなおめでとう!」などと囃し立てた。それほどに彼女のシャイさは広く知れ渡っていたのだ。も一呼吸ほど遅れて赤面しながら、勢いよく立ち上がって周りの生徒たちを睨みつける。そのまま女子寮の階段に向けてずかずかと歩いていってから、扉の前で振り向いて誰にともなく怒鳴った。
「なーしなしなし、今のなし!とりけし!おやすみ!」
赤くなった耳を押さえつけ、落胆した様子で「取り消しかよ」とシリウスがうめいたことを彼女は知らない。
は無言呪文に関して同級生の中でも進んだほうだったが、浮かせた対象を思った通りの正確な場所に着地させるにはかなりの集中力が必要だ。シリウスやジェームズは机に向かって真面目に勉強だなんてほとんどしないタイプだけれど、いざというときの集中力は凄まじく無言呪文もさほど時間をかけずにマスターしてしまった。そこで休暇前最後の呪文学の授業で、フリットウィックはシリウスに無言呪文で教卓をニヤードの高さまで浮かせたあと、三ヤード先の教室の端まで正確に移動させた。
「素晴らしい、素晴らしい!グリフィンドールに十点!さて、もうニ、三人やってもらいましょうか。ミス・、どうですか?」
しまった、目が合った!にっこり笑ったフリットウィックに手招きされて、渋々と教壇のほうに歩いていく。
「では、ミス・。先ほどミスター・ブラックが動かした教卓を、元の場所に正確に戻してください。場所はここですよ、いいですか?」
「あー……はい」
正確さを要求されると、弱い。そんなことは気にせず、思い切り相手を吹き飛ばせる妨害呪文のほうがずっと性に合っていた(実際にそれで防衛術のマロリーにやりすぎだと減点されたことはあったが)。
慎重に杖を構えて、意識を集中させる。だがフリットウィックの頭越しに遠く見えたシリウスの顔が
冗談のつもりなのか、唇でいやらしい仕草をしてみせたので、わーっと頭の中が混乱したは持ち上げた教卓をそのままフリットウィックのほうに吹き飛ばしてしまった。けたたましい悲鳴とともに、フリットウィックが教卓に押し潰されて転倒する。そのあまりの勢いに、生徒たちが心配してわらわらと周りに集まり、ようやく机の下から這い出てきたフリットウィックは大きなコブのできた額を押さえながらキーキー声で叫んだ。
「ミス・!あなたほどの魔女が……私に何か恨みでもあるんですか!グリフィンドールは十点減点!」
「えぇっ!先生、誤解です、だってシリウスが……」
「ミスター・ブラックがなんですか!冗談かなにかのつもりなら授業のあとにしてください!今日は終わり!」
フリットウィックはたちが入学したときからとてもいい先生だったが、一度拗ねたり怒ったりしてしまうとその場は何を言っても決して聞かなかった。そのまま授業が終了してしまうことも稀にある。いつもより十五分も早く授業が終わってしまい、ぷりぷりしたフリットウィックが教卓を片付けもせずに行ってしまったあと、はクラスのみんなに謝りながら通常の呪文で机を元の場所に戻した。
「もう、シリウス、最低!何あれ、私をからかって面白いの?せっかく自分で稼いだ点をふいにしてまで!せっかく頑張ろうと思ってたのに、へ……へ、変なことして!」
「ごめん、ごめんって。ちょっとそういう気分になったんだよ。点なんてクリスマス明けに取り返せばいいじゃん、お前ならすぐだって」
「それで稼いだ点数を今度はあなたがふいにしてくれるってわけ?ええ、えーえー好きにすればいいわよ!どうせシリウスの頭の中なんかエ、エ、エ……エッチなことしか、ないんだから!」
「だからごめんって言ってるだろー。なあ、機嫌直してよ」
「し、知らない……シリウスなんか、もう知らない!」
ジェームズたちの中から引っ張り出してきたシリウスに突きつけるように言い放ち、は急いでリリーのところに戻っていった。
「へえ、そうか。、あとで俺がシリウスに殺されてもいいっていうんだな?」
「そ、そんなこと言わないでよ……ひとりでなんて行けないもん。どうせ暇でしょ?」
「それが人に物を頼む態度か?」
「ご、ごめん……一緒に行ってくださいお願いします」
かくして。
本来なら大広間での夕食の時間、は同級生のワットを連れて地下へと向かっていた。あらかじめ約束していたのはシリウスだが、よりにもよってこんな日にあんな悪戯するなんて!とても彼と一緒にパーティに出かけるような気分ではなかった。かといって、やはりひとりではとても行けない。悩んだ末に、シリウスとも仲が良く、それなりに気心の知れたワットを連れて行くことにしたのだ。
スラッグホーンは自分の部屋を魔法でいつもよりずっと広く見せていて、賑やかな音楽と天井から降ってくるキラキラした雪のような粒が赤いランプに照らされた室内を煌びやかなものにしていた。中は生徒や著名な卒業生で混み合ってむんむんした熱気が立ち込め、どこからかマンドリンに合わせて歌う大きな歌声が流れてくる。スラッグ・クラブに参加するのが初めてのワットは、その雰囲気に圧倒されてしばらくドアのところで突っ立っていた。
「す、すげぇ。なに、スラッグホーンっていつもこんなに派手なパーティやってるのかよ」
「ううん、クリスマスは特別。スラッグクラブ出身の有名な魔法使いもたくさん……」
が話している途中、ワットは人混みの中に何かを見つけたらしくハッと息を呑んで目を見開いた。
「!見たか?今の見たか?なあ、あれってジェレミア・ヘストンじゃないか!?」
「ジェレ……え、誰って?」
「ジェレミア・ヘストン!知らないのかよ、ガーデンメーカーのヘストンだよ、魔法の指を持ってるっていう!うおおお、すげぇ、俺ずっと憧れてたんだ!、誘ってくれてサンキュー!」
興奮気味に捲くし立てて、ワットはまるで姿くらましでもしたかのように人混みに紛れて見えなくなった。ちょっと、いきなりひとりにしないでよ!リリーやアリスも来ているはずだけど、こんなに混んでいてはなかなか見つけられそうにない。
そこへ、ありがたいのかやはり迷惑なのかよく分からないタイミングで、ワイングラスを片手にしたスラッグホーンがビロードのマントを羽織った姿で威勢よく現れた。
「やあ、やあ!遅かったじゃないか、ひとりで来たのかね?誰かお友達を誘ってくれてもよかったのに」
「いえ……あの、友達と来たんですけど、はぐれちゃったみたいで」
「そうかそうか、まあゆっくりして飲んでおくれ。おーい、クラレンス!ほらほら、こっちにおいで。以前話していただよ」
こちらの手に蜂蜜酒のグラスを押し付けたスラッグホーンの呼び声で生徒の群れを掻き分けて来たのは、ひょろりと背の高い魔法使いだった。縮れた茶髪を肩の下まで伸ばし、大きなサングラスをかけている。そのせいで年齢を計るのは困難だったが、そこまで若くもなく、かといって年老いているというわけでもなさそうだった。
「これはこれは……驚いた」
どこか感じ入ったような声で呟きながら、クラレンスがこちらに近付いてくる。なにが「驚いた」のだろう?少し身体を屈めてこちらの顔を覗き込んできた彼は、サングラスを外して思ったよりも大きなその黒い瞳でまじまじとを見た。
「へぇ……デュークの言った通りだ。一目で分かったよ、本当ににそっくりだ」
「え?あ、あの……」
「、紹介しよう。クラレンス・フィッシャー、薬の調合に関して昔から卓越したセンスがあってね。今はダモクレス研究所で吸血鬼対策のチームに所属している」
「フィッシャーです。、初めまして」
再びサングラスをかけて握手を求めてきたフィッシャーに、は戸惑いながらも軽くその手を握り返した。にそっくり、って……この人、お母さんを知ってるの?
「同級生だったんだ。もっとも、僕はレイブンクローだったから、君のお母さんとそこまで親しかったわけではないけどね」
「そ、そうだったんですか」
うん?待って。お母さんの同級生で、レイブンクローっていうことは……。
「それじゃあ……フィディアスとも、お友達だったんですか?」
恐る恐る問いかけたに、フィッシャーとスラッグホーンは顔を見合わせてしばらく黙り込んだ。口惜しそうに唇を引き結んだフィッシャーが、やっとのことで重々しく言ってくる。
「ああ……残念だ。非常に残念だ。あいつは気のいいやつだったし、闇の魔法使いを心から憎んでいた。君はフィディアスと親しかったらしいね?夏に見舞いに行った友人が、君に出迎えられたといって驚いていたよ。病室にがいた、とね」
「あ……ひょっとして、レイさんのことですか?」
病室に飛び込んできて、の顔を見るなりひどく過剰な反応を見せた魔法使いの名前をは覚えていた。フィッシャーは唇に皮肉めいた苦笑を浮かべたが、それすらもすぐに取り払って続けた。
「まったく、嫌な世の中になってしまったものだよ。僕たちの学生時代は平和だった。グリンデルバルトが猛威を振るっていた時代、僕たちはまだ年端もいかない子供だったんだ。僕らが家を出て外を出歩くようになる頃には、グリンデルバルトはすでにダンブルドアに倒されて世界は実に平和だった。この国でまた、同じような悲劇が繰り返されようとしているんだ」
グリンデルバルト。魔法史、そして闇の魔術に対する防衛術の授業で習ったことがあった。ゲラート・グリンデルバルト。千九百四十五年、つまりマグルの世界で第二次世界大戦が終結したまさにその年、ダンブルドアに倒された闇の魔法使いだ。だが今はそのことよりも、フィッシャーが最後に言った言葉のほうが気になった。この国でまた、同じような悲劇が……?
「フィディアスは……誰に、襲われたんだと思いますか?あの緑の髑髏は、一体何なんでしょう」
するとスラッグホーンは目に見えて青ざめ、ワイングラスに触れたフィッシャーの唇が小さく戦慄いた。
「君は
今この国で何が起こっているか、知らないのかい?」
フィッシャーははっきりと、そのことに驚いていた。それが当たり前に知られていると、信じて。は迷いながらも、パーティの喧騒の中で誰もこちらの会話に聞き入っていないことを確認してからフィッシャーのほうに少し顔を近づけて、言った。
「過激な純血主義者が、国内で殺傷事件を繰り返してるって。『名前を言ってはいけないあの人』……でもそれは、あくまで噂でしょう?本当は『あの人』なんて、存在してないかもしれないって……」
「『あの人』が存在していない?」
あまりに突飛な話を聞かされ恐れ入ったとでもいうように、フィッシャーがずらしたサングラスの上から食い入るようにを見ている。スラッグホーンも間の抜けたセイウチのような顔をして呆然とを見た。そこまであからさまな反応が返ってくるとは思わなかったので、しばらく言葉を失って自信なく視線を落とす。だがようやく心を決めて、消え入りそうな声で問いかけた。
「それじゃあ、お二人は『あの人』っていう闇の魔法使いが本当に存在するっておっしゃるんですね?」
「存在するか、だって?あー……そうか、君は日本に住んでいるんだったね。確かにホグワーツと漏れ鍋を行き来しているだけなら、知らずに過ごせるものかもしれない。ああ、そうかもしれない。『あの人』はダンブルドアを恐れている……彼には一目置いていた……」
疲れたように頭を振って、スラッグホーン。は彼の、時折見せるどうもはっきりしない言動があまり好きではなかった。どういうこと?『あの人』がダンブルドアを恐れている?ダンブルドアは
『あの人』を知っている?
「どういうことですか?先生は……『例のあの人』を、知っているんですか?」
が尋ねると、スラッグホーンはぞくりと身震いしてはっきりとこちらから目を逸らした。
「知ってるか、だって?あー……わしは……その……あー、えー……会ったことが、ある」
これにはフィッシャーも驚いたようだった。サングラスを外して大きな目を見開き、傍らのスラッグホーンを見やる。は自分の心臓の鼓動が速まるのを意識しながらなんとか声を抑えて聞き返した。
「会ったんですか?それじゃあ『あの人』は実在するんですね?その人たちがあの髑髏を使うんですか?どうして『あの人』は、あんな……あんな、ひどいことができるんですか?どういう人なんですか、その『あの人』っていう人は
」
「ああ、もう勘弁してくれ!思い出させんでくれ……わしは、わしは何にも思い出したくない……もう忘れさせてくれ……失礼……」
徹底的に拒絶の色を浮かべて首を振りながら、スラッグホーンはあっという間に人混みの中に姿を消した。その場に残されたとフィッシャーは、しばらく彼の消えたあたりを見つめたあと、ゆっくりと首を回してお互いを見やる。フィッシャーは肩をすくめてサングラスをポケットの中に押し込んだ。
「スラッグホーンが怯えるのも分かる。身の毛がよだつような恐ろしい魔法使いだよ、もちろん僕は会ったことはないがね。イギリスの魔法使いなら誰だって知ってる
確かに君の言うように、そのことを信じたくない者はいるだろう。でもそういった人たちは……自分をごまかしていると、僕は思う。フィディアスは闇の魔法使いを憎んでいた。きっと、なにか連中の気に障るようなことでもしたんだろう」
「そんな……そんな、ことで?」
そんなことで、フィディアスは……あんなふうに、生きているのか死んでいるのかすらよく分からないような状態になって。気に障るようなことをした?そんなことで襲われていたら、私だってシリウスだってジェームズだって、きっと誰もがとっくの昔に寝たきりになっているだろう。それがたまたま、『あの人』に目をつけられたという理由で?
「どのみち我々にはどうしてやることもできない。聖マンゴ、そして省を信じて待つしかないんだよ」
フィッシャーの言っていることは、理屈でしかなかった。あれからもうすぐ半年が過ぎようというのに、病院も魔法省も、何ひとつ進展を見せないじゃないか。それでもどうしても、聞いておきたいことがあった。
「フィッシャーさん」
立ち去りかけたその後ろ姿に、声をかける。彼は再度かけたサングラス越しにゆっくりと振り向いた。
「フィディアスには……兄弟がひとりいるって聞きました。でも行方が分からないって……何かご存知じゃありませんか?」
「ああ……ジェネローサスのことか。そうだよ、ジェニー……ジェネローサスという、二歳上の兄がひとりいた。だが卒業したあと彼がどうしたかは知らないな」
「……そうですか」
そしてフィッシャーの背中も視界から見えなくなる。はがっくりと肩を落としてまだ口もつけていない蜂蜜酒のグラスを見下ろした。どこに行ってしまったんだろう。たったひとり残った家族だというのに、連絡もつかないなんて。それとも彼……ええと、ジェニー?ジェネ……ええと、とにかくお兄さんはもう新しい家庭を築いて、どこか遠いところでつつがなく暮らしているのかもしれない。それでも弟の非常時くらい、帰ってきてくれたっていいのに。
はその後とてもパーティを楽しむ気分にはなれなかったので、見つからないワットをそのままにひとりで部屋を出て行った。