ロスメルタに教えてもらった洋装店、『ザ・リーバーズ』はハイストリートから十分ほど歩いた丘の麓にあった。洋装店とはいっても、それはどう見ても普通の一軒家で、そこが店舗だと知らなければ決して立ち入ることのない、そうしたところだ。事実、もホグズミード週末に何度かこのあたりを散歩したことがあったが、この家が建っていたことすらあまり記憶になかった。

「へえ、ロスメルタのママさんから?それじゃあ歓迎しないわけにいかないね、ゆっくり見ていってください」

どうやらそこは通信販売が中心のようで、店のスペース自体はあまり広くない。その代わり、倉庫にはずらりと品のいい礼装が並んでいて、四十歳前後の店主リーバーは次々とに新しいドレスローブを持ってきた。

「ねえ、シリウス……これ、ちょっと派手すぎる、よ……」

試着する前から、これは絶対に派手すぎる!とは渋っていたのだが、試着はタダだ、どうせ俺しか見てないだろ、頼むから着てみてよ、きっと似合うからとシリウスに懇願されて、本当に『仕方なく』着てみたのだ。『ザ・リーバーズ』は試着室がなかったので、は店舗の横についている小部屋を借りて着替えた。

、着替えたのか?入っていい?」
「い、いいけど……で、でもやっぱり恥ずかしい、だめ!」
「開けるぞ?」

わーーーーダメって言ったのに!!脱いだ服を持ってひらいたデコルテのあたりを隠したところで、部屋の扉が開いてシリウスが顔を覗かせた。シリウスは着替えたの姿を見るとポカンと口を開けたあと、なんとも嬉しそうな照れくさそうな顔をして、部屋の中に入ってきた。うわわ、わ、どうしようすっごい顔が熱くなってくるのが分かるんだけど!

……やばい、それすっげー似合ってる」
「えぇっ?で、でも、でも赤ってやっぱり派手だしその……肩がこんなに出てるの、恥ずかしい!」
「ショールかければ気にならないんじゃねー?リーバーさん、白のショールとかあります?」

シリウスに遅れて顔を見せたリーバーは、の姿を見て満足そうにうんうんと頷きながら、ショールですね、いくつかお持ちしますよと言って再び扉の向こうに消えた。

「ねえ……シリウス、やっぱりこれちょっと私には    
、今日これ着けてきてくれて、すげー嬉しかった。ありがと」

シリウスはこちらの抗議などまるで聞こえなかったように、の耳朶にぶら下がる左のイヤリングに触った。そのまま指を滑らせて耳の全体に触れ、思わず身を竦めた彼女の頬を両手で優しく包み込む。身体中から噴き出すような熱に浮かされてはただ黙ってシリウスの顔を見上げた。ああ、もう。どうしてそんなに熱い瞳でいつまでも見つめてくれるのだろう。

「ううん……私のほうこそ、ありがとう。シリウス、だいすき」

幸せそうに表情を緩めたシリウスが、少し身体を屈め、ちゅ、と音を立てて軽くキスしてくれた。ああ、しあわせ。どれだけの時間を共に過ごしても、愛しいこの思いは決して褪せることがない。

    いつまでもこうして、素直に好きだと言えたらいいな。

Responsibility for Choice

葛藤の中で

お互いのドレスローブや靴を買ったあと、二人はそのままリーバーの家でお茶とスコーンをご馳走になった。リビングには彼が彼よりも少し若そうな女性と写っている写真が何枚も飾ってあったので、奥さんですか?と尋ねると、そうだよ、イングリッドというんだと微笑んだ。

「きれいな人……奥さんはお出かけですか?」
「ああ、いや。去年死んだ。それで、僕はここに越してきたんだ」

リーバーは何でもなさそうな口振りで言ったが、とシリウスは言葉を失ってティーカップを握り締めたまま表情を強張らせた。

「……ごめんなさい」
「いや、いいんだよ。気にしないでおくれ。店を持つのはあいつの夢でね。二人でずっと通販を中心に活動していたんだが、店舗を持つ前にあいつが逝ってしまったんでね。ロスメルタのママさんに誘われて、ここで店を出すことにしたんだ。だがひとりではとても捌き切れないだろうから、今でも通信販売を中心にして、店舗の宣伝はあまりしていないんだよ」

だから稀にロスメルタの紹介で店にやって来る客は大事にしているのだという。はもう一度、壁にかかる数え切れないくらいの写真を見た。こんなにも幸せそうで、きっとこれからの未来に明るい希望を抱いていたはずなのに。けれども愛する人の夢を、その人の死後に叶えてあげたいと願ったリーバーの思いには胸が熱くなるのを感じてそっと瞼を閉じた。
シリウスを愛している。彼が傍にいてくれること、いつだって温かく包み込んでくれること。時に激しく求めてくれる行為、熱い眼差し……言葉では言い表せないほど、彼が与えてくれるすべてに感謝している。シリウスとの未来を築きたいとさえ、漠然と思った。けれども彼は、どう思ってくれているのかな。共に夢を抱きたいと    一つの何かを目指して、歩んでいけるならば。

「またいつでも遊びにおいで。ちょっとしたお菓子くらいなら出せるから。少し早いが、素敵なクリスマスを。大丈夫、うちのドレスローブなら素晴らしい時間を過ごせるよ。シリウス、、お買い上げありがとう」

手土産にスコーンを持たせてくれたリーバーが、店先でおどけたように笑いながら見送ってくれた。店の前からずいぶんと遠ざかり、ようやく前を向いたところでさり気なくシリウスの手が伸びてきての右手を掴む。思わず頬を染めたが顔を上げると、彼はそっぽを向いたまま自分のコートのポケットに握った彼女の手を突っ込んだ。忘れていた手袋をはめようと思っていたは、はにかむように微笑んで最後にまた首だけで振り返る。すでに遠ざかり小さくなったリーバーは、まだ店の前に立ってこちらを見ていた。
リーバーに口止めされたわけではないが、ロスメルタの「秘密」という文言と、ひっそり経営したいというリーバーの意図を汲み取って、はあの洋装店のことはリリーとニースにしか話さなかった。ホグワーツで噂になれば、次のホグズミード週末からは溢れんばかりの学生たちが押し寄せる……ことになるかもしれない。それはリーバーの望むところではないと思った。シリウスも同室の友人たちにしか話していないらしい。ジェームズはふて腐れた顔で「そんなにいいところ、何で教えてくれなかったのさ!僕たちあのゴミゴミした店内で押し潰されながら選んでたっていうのに!マダムもひどいよなーシリウスばっかり贔屓して!」と怒った。

「マダムが俺を贔屓するのは俺のせいじゃない」
「へー、そうかそうか、贔屓されてる自覚があったなんて驚きだね!」
「もうーやめなよー。ジェームズ、暇なんだったらハッフルパフの……ええと、サマンマ?とデートでもしてあげたら?あの子、寂しがってたよ」
「……何で?だって僕、彼女と付き合ってるわけじゃないよ」

ジェームズは必死にリリーのことを忘れようとしていたが、ハロウィンのホグズミードでリリーとダークがいい雰囲気で歩いているところを目撃してしまってから、そんな素振りは見せないように気を配ってはいたものの、些細なことでイライラすることがあった。談話室でシリウスとチェス盤を挟んでいたジェームズは、隣に座ったをじとりと見やる。は少し困った顔でシリウスと目を合わせてから、声を落としてジェームズに言った。

「それは分かってるけど。でも……クリスマスまでまだ日があるし、気晴らしに遊ぶのもいいんじゃない?」
「気晴らしでデートしてこいっていうのかい?」
「べ、別に遊んでポイしろなんて言ってるわけじゃないんだから……クリスマスまでにサマンサのこともっと知っとけば、ダンパはもっと楽しめるんじゃないかな。ね?いきなり知らない子と踊る、より……」
「そーだね、君の言う通りだ。もしも彼女に会うことがあったら考えておくよ。、はい、バトンタッチ」

ジェームズは素っ気なく言うと、勝手にチェスの対戦をに押し付けてさっさと男子寮に上がっていった。あーあ、また元気がなくなってきたなあ、ジェームズ。リリーがいるところでは懸命に笑ってみせているのだが。こればかりはどうしようもない。

    けれど。
には隠せない。そのことは、分かっていた。もともと鋭いタイプの子ではなかったが    思いの外、人の表情をよく見ていることがある。

「ねえ……ダークと、あんまりうまくいって……ないの?」

お似合いだといって、囃されることが多かった。そんな中、躊躇いがちにそう聞いてきたのは、彼女だけだった。乾いた喉に唾を飲み込んで、ようやく口を開く。

「どうして?」
「だって、私……最近、リリーの笑うとこ……見てない気がするよ」

心臓を、冷えた手で鷲掴みにでもされたかのようだった。笑っていない?私が    ずっと昔から思っていたダークに告白され、彼の大きな愛に満たされているはずの私が……笑っていないって?

「そんなことないわ。私    とても、幸せよ」
「……そう?それなら、いいんだけど」

は明らかにこちらの答えを疑っていたけれど。
言えるわけがない。あんなにも思ってくれているポッターの誘いを断っておきながら    本当はまだ、揺れているだなんて。今さら言ったって遅い。彼はハッフルパフの女の子とダンスパーティに行くらしいじゃないか。自業自得だ。今さら後悔しているだなんて、どうしてそんなことが言えよう。

ハロウィンのホグズミードで。村の外れを二人で散歩していて、ダークにそっと肩を抱かれたときはものすごくドキドキした。男の人にそんなふうに触れられたのは、初めてのことで。好きなのだ、彼のことが。それは疑い様もない。けれど、続いてキスされそうになったときは    思わず身をすくませて、顔を背けてしまった。

「……ご、ごめんなさい」
「ううん。俺のほうこそ……いきなり、ごめん。急がなくていいよ。ゆっくりで、いいから」

そう言って、ダークはいつものように優しく微笑んでくれたが、彼の顔にほんの一瞬だけ傷付いたような表情がちらついたことをリリーは見過ごすことができなかった。
どうして避けてしまったのだろう。彼とのキスがいやだった?そんなことは、ないはずなのに。その日はずっと、ダークの顔をまともに見られなかった。そしてあれから    ダークは一度たりとも、彼女に触れようとはしていない。傷付けたのだ。私が、大好きなダークの繊細な心に傷をつけてしまった。どうすればいい?ねえ、……私は一体、どうすればいいの?

けれども、に助けを求めることはできない。彼女はポッターの    大切な、友達だから。

選んだのは、私。私はその自分の選択に、責任を持たなければならない。
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(08.09.18)