「もちろんみんな残るわよね?」

ダンブルドアが再び席に着くと、大広間はダンスパーティの話題で持ちきりになった。ポティウス・スターキーとはどんな歌手か、ドレスローブはどうする、……。

「あーあ、いいわよね決まったお相手がいらっしゃる方は!」

ハナはやニース、メイたちを舐めるように横目で見た。ぎょっとして、は思わず身じろぎする。

「決まったお相手?」
「うん?ひょっとしてちゃんは今さらすっ呆けてみせるつもりなのかしら?」
「そ、そういうわけじゃないけど……ダンスパーティって男の人と踊らなきゃいけないの?」
「別に絶対じゃないだろうけど、でもひとりでダンパなんてあんまり惨めじゃない」

嘆息混じりに言ってのけるハナに、はパーティと聞いて浮き立った心が急速に萎んでいくのを感じた。デザートのパイを自分の小皿に取りながら、うめく。

「でも私……踊れない」
「そんなのどうにでもなるわよ!あー、どうしよう。ジェームズはどうせあなたを誘うだろうしね?リリー」

落胆と冷やかしを含んだ調子でハナが言うと、リリーは少し頬を染めてさり気なく顔を背けた。そういえばハナ、昔はジェームズに気があったからなあ。

「知らないわよ、そんなの」
「照れなくたっていいのよ。ジェームズ、さっきからちらちらこっち見てるもの」

言われて見やると、ずっと向こうのほうで先ほど大いに目だってくれたばかりのジェームズが本当にこちらを見ていた。やリリーが振り向いたことに気付くと一瞬赤くなったが、すぐに締まりなく笑って軽く手を振ってみせる。シリウスは近くのワットと話しながら、時折愉快そうにテーブルを叩いて笑っていた。

「わたしはワットでも誘ってみようかしら。知ってた?夏休みの間にあいつヴァレリーと別れたんだって」
「あー、そう、ふーん……」

やはり気のない返事をして、は甘ったるい糖蜜パイを口いっぱいに頬張った。ふとブラック家の屋敷しもべ妖精が出してくれたチョコレートケーキを思い出す。せっかくなのだから、一口くらい食べておけばよかった。毒でも入っていなければだが。とりあえず、紅茶は無害だった。

クリスマス・ダンスパーティ    ダンブルドアの話を聞く限りでは、とても魅力的な楽しいイベントのように聞こえたのだが。
考えなければならない問題が次々と湧き上がってきて、は口腔のものをカボチャジュースでようやく流し込んだ。とりあえずはみんなの話しているように、どこかでドレスローブを用意しなければならない。

BOYS' MELANCHOLY

ダンスパーティの憂鬱

、一緒にダンスパーティ行こう」

ダンブルドアの提案からまだ三十分と経っていないというのに、リリーと大広間を出ようとしていたはひとりで近付いてきたシリウスに誘われて驚いた。それがあまりに急だったので、反応するにはしばらく時間が必要だった。夕食を終えた生徒たちが次々と広間から出てきて、こちらをちらちら見ながら    何人かはあからさまに囃し立てて通り過ぎていき、時々シリウスが険悪な眼差しで振り向いた。

「私、先に帰ってるわね」

苦笑しながらの肩をぽんと叩き、リリーが遅れて出てきたクララたちと一緒に遠ざかっていく。はどぎまぎしながら、人目が気になったのでひとまずシリウスの腕を引いてグリフィンドール寮に向けて歩き出した。声を落として、答える。

「わたし……あんまり、行きたくない」
「えっ?なんで」

傷付いた顔をして聞いてきたシリウスに、は慌ててかぶりを振った。

「別にシリウスと行きたくないとかじゃなくて……だってドレスローブ、持ってない」
「は?そんなの今持ってるやつなんて誰もいないだろ。まだ三ヶ月もあるんだ、その間に準備すればいい」
「……それに私、踊れないし」
「つまんないこと気にすんなよ。ダンブルドアが言ってただろ、ああいうのは楽しめばいいんだ」
「でも……分かんない。なんかいろいろ、不安」

談話室や図書館でときどき一緒にいることはあっても、普段はシリウスと別行動をとっているのでふたりで人前に出るというのがどことなく落ち着かなかった。ホグズミードデートはまだ一回しか行ったことがないが、そのときに感じたものと同じような。
目に見えて落ち込んでしまったシリウスに、明るく声をかける。

「ジェームズも残るの?ダンスパーティ出るって?」
「あ?ああ……そのつもりでいる、らしい。『相手』ができなきゃ潔く帰るって言ってたけど」

『相手』……それが誰を示しているかは明白だった。リリーに振られたら、クリスマスはおとなしく帰るってことなんだろうか。

「それじゃあ、さ」

沈んだ声の中にも一抹の希望をにじませながら、シリウス。は彼のシャツの袖を握った指先が肌に触れたのを知って、それだけでなぜかどきりとした。

「もしパーティに出るんだったら……俺と行ってくれる?」

最後の階段を上がったところで、後ろから誰も来ないことを確かめてからはようやく足を止めた。

「うん、もちろん!シリウス以外の人と行くっていうのは……うん、ないと思う」
「ないと『思う』?」
「揚げ足とらないでよ。行かない!シリウスじゃなきゃ行かない。これでいい?」
「大変よろしい」

満足げに微笑んでシリウスが顔を近付けてくる。も少し踵を浮かせてそれに応えようとした。すると。

「あんまり私の目の前でいちゃいちゃしないでもらえる?四年生の男の子が外に出ようとしてるんだけどこのまま開けちゃってもいいのかしら?」

少し先にある肖像画の婦人が呆れたように肩をすくめながらそう言った。
「エっエエエ、エバンス!ぼ、ぼ、僕と一緒にダン、パ、ティ、……!」
「え、なに?」

談話室に入ると、寮に戻ってくる途中に追い抜かれたジェームズが人目も憚らずリリーに近付いて奇妙に上ずった声をかけたところだった。くすくす笑いのグリフィンドール生が見守る中、素っ気なく聞き返したリリーも心なしかその頬を赤く染めている。ジェームズは仕切りなおしとばかりに数回咳払いを挟んでからもう一度言いなおした。

「エバンス、その……ぼ、僕と一緒に、ダ、ダ、ダンスパーティ……行ってくれない、か……な?」

五年生の男子生徒が少し離れたところでヒューと口笛を吹いたので、リリーはそちらを鋭く睨みつけてからジェームズの長身を見上げた。

「……考えておくわ」

そしてすぐにぷいと顔を背けて女子寮に戻っていく。なんとも情けない顔をして突っ立っているジェームズのところに、はシリウスを置いてすぐさま駆け寄った。

「ジェームズよかったね!」
「な、何がよかったって?」

彼女の言葉にいたく機嫌を損ねた様子でジェームズが振り返る。は彼がどうしてそんな顔をするのかよく分からなかった。

「だって考えとくって!あのリリーが、考えとくって言ったんだよ?まさかジェームズ、去年自分がどんだけ嫌われてたか忘れてるわけじゃないよね?」

言うと、ジェームズはそのことを初めて思い出したかのようにあっと目をひらいて自分の額を弾いた。それが思ったよりも痛かったようで、その場でぐらりと揺らめいてから嘆息混じりに瞼を伏せる。

「ああ……そうだね。どうも幸せなことが続くと人間って欲が出てきては溢れて止まらないもんだ」
「そんな悟らなくてもいいけど……こんなとこで誘って断られなかったなんて十分望みはあるよ、がんばって!」
「ああ、!ありがとう、好きだ、大好きだよ!なんだい文句があるのかい、ミスターパッドフット?」

遅れて近付いてきたシリウスが眉間にしわを寄せるのを見て、ジェームズ。シリウスは彼があまりにあけっぴろげに言ってのけたので、反論することもできずにの肩を抱き寄せるにとどまった。とばっちりを受けた形になったは恥ずかしさのあまり逃げ出そうとしたが、より強くシリウスの胸のほうに引き付けられて動けない。

「シ、リウス!やめてよこんなとこで」
「こんなんで恥ずかしがってたらダンスパーティなんて行けないだろ?」
「おいおい、君たちどれだけ密着して踊るつもりなんだい?まったくいやらしいなあ、セクハラだよほんとに」

呆れたような面白がるような声を出して、ジェームズが言ってくる。おまけに談話室のいたるところから冷やかし笑いが聞こえてきて、は半分涙混じりに、涼しい顔をしたシリウスを睨み付けた。

「私まだパーティ行くって決めたわけじゃないんだからね!」

そして振り切るようにシリウスの腕から逃れ、やっとのことで女子寮の階段を上がり始めた。
「ひょっとしてお前、に振られたの?」
「うっせぇ!」

部屋に戻るなりジェームズがしたり顔で聞いてきたので、俺は拳を振り上げて怒鳴った。そこにちょうどリーマスとピーターも帰ってきて、ジェームズが嬉しそうにふたりに声をかける。

「おーい聞いてくれ!パッドフットのやつ、に振られたらしいぞ!」
「バカ、勘違いすんな!いいかピーター、期待すんなよ?」

急に名指しされてピーターが飛び上がり、ジェームズとリーマスは驚いたようにそちらを見た。

「え?まさかピーター、が好きなの?」
「バカ、冗談だよ」

惨めな顔をしたピーターが唇を引き結んで下を向くのが見えたが、無視してあっけらかんとジェームズに告げる。ジェームズは高らかに笑って、「それがいいよワームテール、に手出したりしたらこいつが黙ってないからさ!」と言った。

「あいつ、つまんねーことばっか言うんだ。踊れないとかドレスローブがないとか……」
「つまんないこと!?パッドフット、君はもっと女心というものを理解したほうがいい。今年の誕生日には僕の愛読書『女心を知る七の秘訣』をプレゼントしよう!」
「いらねーよ。お前その本を真に受けてことごとくエバンスに嫌われてただろ」
「うっ、うるさいな!お前に言われなくないよ!とにかく、踊れないとかドレスローブ持ってないとか、女の子なら誰だって気にするだろ。なんなら今度のホグズミード、一緒にドレスローブ選んであげたら?お前もが自分好みの着てくれたら嬉しいだろ」

言われて、俺ははたとその光景を想像した。華やかな衣装の並ぶ小さな店内で、自分はひとり手持ち無沙汰にたたずんでいる。後ろで躊躇いがちに開いた試着室のカーテンから、照れ笑いを浮かべたの顔が覗き、そして    

「妄想してるお前の顔ってキモイな。あっち向け」
「は!?うっせぇ、お前ほどじゃない!」

ジェームズの冷め切った声で我に返った俺は自分のベッドのクッションを力の限り投げつけた。それをまともに顔面に食らったジェームズがベッドの上で引っくり返りながら苛立った声をあげる。

「ほんとのこと言ったまでだろ!お前と付き合いだしてから妄想の時間が増えたな、気持ち悪いんだよ」
「テメェ、自分が振られたからって人に当たるな!お前なんか付き合ってもないくせに毎日毎日飽きもせずに妄想だらけだろーが!」
「悪いか文句あるか!何のための妄想だ!あー、いいよなー妄想を現実にできるやつはなー。ムーニーはクリスマス、実家に帰るんだっけ?」

一方的に話を打ち切られて、俺は行き場を失ったもやもやを布団に叩きつけることで紛らわせた。付き合ってるからって(そもそも俺たち「付き合って」るのか?)妄想を全部実現できるわけないなんてこと、ジェームズだって知っているくせに。

「ああ、ひとりで残っても仕方ないじゃないか」
「そうかな?ムーニー、ダンスパーティくらい羽目外したっていいと思うけど。一夜の相手に何でもかんでも話す必要なんかないだろ?一晩くらい何もかも忘れて踊り明かしなよ!ワームテールもがんばれ、数打ちゃいつかは当たるさ」
「それ……励ましてるの?」
「あ、ごめんごめん!下手な鉄砲も……いや、ちがうちがう、とにかくがんばれ!まだ三ヶ月もある!」

がっかりした様子で肩を落としたピーターをちらりと一瞥してから、俺はベッドに横たわって目を閉じた。今度のホグズミードは、を誘ってみよう。『変な虫』がつく前に、彼女のパートナーは自分だと主張しなければならない。こちらが常に気を揉まねばならないほど、彼女はいつの間にやら大人の女になっていた。
    先手を打たれた。
そうでなくとも、彼女が僕と一緒にダンスパーティに行ってくれるだなんて夢にも思っていなかったけれど。いや、夢に見るくらいは、こんな惨めな僕にだってきっと許されるだろう。

「なあ。お前、あいつに何しようとした?」

あいつに部屋から追い出されたあと、僕は必死の思いで談話室を突っ切って無人の空き教室に飛び込んだ。激しく脈打つ熱いものを、ただ彼女のことを思い返しながら、扱いた。空しい欲望を吐き出しながら、膝を抱えて、ただひたすらに彼女のことを思う。愛らしい顔、色付いた唇、整った睫毛、細い肩、少し膨らんだラインを描く胸元に、スカートから覗くほっそりした白い足が眩しい。艶やかな長い黒髪からは、爽やかな香りが広がって。
のろのろと処理をしてようやく立ち上がると、突然教室のドアがひらいて僕は飛び上がった。姿を見せたのはあいつで、すべてお見通しとばかりに冷たい微笑を見せながらその場で聞いてくる。

「『ワームテール』、こんなとこで何やってんだ?」
「べっ、べつに……」

丸めたティッシュを慌ててポケットに突っ込み、かぶりを振る。そんなことでごまかせたとは思わないが、あいつはそれ以上そのことについては追及してこなかった。代わりに、ズボンの後ろポケットから丸めた羊皮紙の束を取り出して軽くかざし、

「なあ。お前、あいつに何しようとした?」
「え?な、何のこと……?」
「あいつのこと押し倒したんだってな?」

あいつはさらりと言ってのけ、どぎまぎする僕を尻目にわざとらしい仕草で首の後ろを掻いた。

「さっきあいつに爪立てられてさ。まだひりひりする」

    その言葉の意味するところを知って、僕は先ほど吐き出したばかりの欲望がまたむくむくと湧き上がってくるのを感じた。彼女はどんな顔をして、どんな声を出して……。

「二度とあいつに妙な真似すんな。そのときは、いくらお前でもぶっ殺すぞ」

そしてあいつは手元の羊皮紙を、こちらのほうに乱暴に放り投げた。教室の中ほどに落下したマニュアルを、顎で示して、

「そいつはお前に返す。あいつに妙なこと教える前に、自分がもっと勉強したほうがいいんじゃないか?『うっかり』途中で変身が解けたりしないようにな。一歩間違えれば死ぬぞ」

瞬時に耳まで真っ赤になった僕を、あいつは嬲るように眺めてからその姿を消した。身体中を焼き尽くすような激しい羞恥と屈辱と    ああ、僕は一体何をしているのだろう。

彼女を見つめるあいつの、『愛』に満ちた深い瞳の色は知っている。
けれども彼女は、果たしてあの冷え切った残忍な眼差しを知っているのだろうか?
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(08.08.19)