「さあ
どういう言い訳を聞かせてくれるわけ?」
片方の膝をベッドの縁について、こちらにぐいと上半身を倒してきたシリウスが険悪に目を細めて聞いてきた。後ろに引こうにも顎を掴まれて思うように身動きがとれない。
「い……言い訳って?」
「なに、言い訳もしてくれないの?」
非難がましい口調で聞き返され、は後ろ暗い気持ちで瞼を伏せた。消え入りそうな声で、うめく。
「アニメーガスのこと?」
「それもあるけど、もっと大事なこと。ここであいつと何してた?」
何してた、って!理不尽なもどかしさに突き動かされては思わずむっと顔をしかめた。
「アニメーガス見せてもらってただけ。だってシリウスが教えてくれなかったから!」
すると深々と息を吐きながら、シリウスがさらに顔を近付けてくる。唇が触れそうなほど、けれども焦らすような距離を挟んで。
「それだけ?なんか疚しいことがあるんじゃないの?」
「な、ないよそんなの!ピーターだよ?私とピーターの間になんかあるわけないじゃん!」
「ふーん。じゃあ何でこんなところにちょうどお前くらいの大きさの窪みがあるんだろーな?」
言って、シリウスはの肩越しにピーターのベッドを見下ろした。はっとして、顎を囚われたまま少しだけ振り向くと、自分の座っているすぐ後ろにあるふんわりした掛け布団が、彼の言うようにちょうど細長く窪んでいる。さ・い・あ・く!
「ち、違うのこれはほんとに何でもなくて!ちょっとした事故だったの、私が好きなのはシリウスだけだって知ってるくせに」
「甘えたってだめだ。ちゃんと説明してもらおうか?」
甘えるなってシリウスに言われるのはまったくもって理不尽だけれど!でも確かにシリウスは、こうした関係になってからというもの他の女の子との関係を疑われるような行動を一度もとったことがなかった。
「……ピーターがネズミになって。それで手のひらに載せてたら、急にピーターがピーターに戻って……それで」
ぼそぼそと答えると、シリウスはこれでもかというくらい呆れた様子でため息をついた。慌てて付け加える。
「で、でもピーター今日はちょっと調子が悪いって!それ聞いてたのにさせちゃった私が悪いの、だから、その……」
「まあ、あいつがわざと戻ったのかほんとに事故だったかはともかく」
わざとって、そんなのあるわけないじゃん!だがこちらの反論を許さない厳しい面持ちで、シリウスは顎に添えた人差し指を滑らせて、結ばれた彼女の口を割ってみせた。少し奥まで指を押し込んで、舌の上をなぞりながら、
「前から言おう言おうと思ってたんだ。お前、ちょっと無防備すぎ。いくらネズミっていったって中身は男なんだ、そんなに気安く近付けさせんな」
「おっ……男っていったってピーターだよ?友達じゃないの、そんなに怖い顔しなくたって」
シリウスが口腔から指を抜いた隙になんとか言い返すと、彼はの唾液で濡れたその指を軽く舐めてからますます不機嫌そうに眉をひそめた。
「お前、何にも分かってない。ピーターだから何だよ、いったって男だろ。好きな女を押し倒されて平然としてられると思うか?お前は友達友達って甘すぎるんだ」
そう言ったシリウスの瞳が苦しげに揺らいだのを見て、はようやく自分の軽率な行動を悔いた。大好きなシリウスに……こんな顔をさせているのは、私なんだ。なにか言わなければとひらきかけた口を塞がれて、そのまま布団の上にぐいと倒された。
「なあ、もう男と話すななんて言わないから……頼むから、こういう……その、誰の目もないようなところで、他の男とふたりだけにはなるなよ。俺、心配で心配で頭おかしくなりそう」
「……シリウス」
「なあ、。約束してくれない?お前にその気がなくても向こうはどうだか分かんねーだろ」
それってピーターが私を……ってこと?まさかと反論しかけて口をひらいたが、シリウスのまっすぐな瞳に覗き込まれてそのまま瞼を伏せた。相手の首に腕を回して、引き寄せる。
「ごめんなさい、シリウス」
「約束してくれる?」
「……うん。やくそく、する」
「いい子だ」
少し安堵したように微笑んで、シリウスはご褒美とばかりにたっぷりと深い口付けをくれた。熱くて、優しくて、ただそれだけで身体が溶けだしてしまいそうな。
やっと唇が離れたとき、は甘えるように額を摺り寄せながら上目遣いに視線を上げた。
「『悪い子』なんじゃなかったの?」
「それはまた別の話だな。本気でアニメーガスになろうとした?」
「だからそれは違うってば!どういうふうにやるのかなって、ちょっと気になっただけで」
疑わしげな眼差しを作ってみせたシリウスにもう一度口付けようとしたら、今度は顔を浮かせて逃げられてしまった。意地悪そうに笑うシリウスからぷいと顔を背け、頬を膨らませてみせる。
「それよりシリウス、ああいうのはちゃんと片付けといてほしかったんだけど」
「ん?」
こちらの視線を追いかけてシリウスは自分のベッドのほうを振り返ったが、まったく動じることもなく、あー、と淡々とした声をあげた。
「なに、見たの?」
「見えたの!」
「軽蔑した?」
「……べつに、しないけど。ああいうのポンと出してる神経はちょっと疑う」
「お前がくるって分かってたら隠したよ」
「そういう問題じゃなくて!」
反射的に言い返すと、こちらの腕を解いたシリウスはその長い足でさっさと自分のベッドまで戻っていき、無造作に置かれた雑誌をベッドの下に放り込んだ。わざとらしく肩をすくめて、
「これで満足か?」
「ふーん……そういうところに隠すんだ」
「だからって勝手に覗くつもりなら俺はもう知らないぞ。好きにしろ」
「覗かないよ!」
シリウスが隠してるエッチな本なんてべつに見たくないし!シリウスは腹を抱えて笑いながらベッドに腰かけてを手招きした。
「、こっちきて」
「……なんで?」
そんなに笑わなくていいのに。なんで私のほうが恥ずかしい思いをしなきゃいけないの?
赤くなって口ごもるに笑いかけて、シリウスはあっけらかんと言ってのけた。
「だって他の男のベッドでするなんて嫌だろ?」
Dumbledore's merry Proposal
楽しい夜を
およそ二ヶ月ぶりにシリウスに抱かれて熱くなった身体がほとばしる声を抑えるにはかなりの精神力が必要だった。最後のほうには結局こらえきれなくてしきりに泣き喚いたのだが、あとになって実はドアに耳塞ぎの呪文をかけてあったと聞かされたときは拳を振り上げて怒鳴り、でも必死にガマンしようとするお前もすごく可愛かったと言われたときは容赦なく殴りつけた。まさかホグワーツで、しかもこんなに明るい時間からこういったことをするとは思っていなくて、恥ずかしさのあまり鼻の下まで布団をかぶったまま、枕元の制服に手を伸ばす。
「……見ないでよ」
「なんで?俺が着せてやるよ」
「やだ、えっち!」
先に上半身を起こしてシャツだけを羽織っていたシリウスがニヤニヤと笑いながらこちらを覗き込んできた。ぎろりと睨みつけて、繰り返す。
「見ないでってば!」
「やだよ。の身体きれいだもん」
なんの躊躇もなくそんなことを言われて、身体の芯から熱いものが込み上げてくる。それを振り払うようにきつく目を閉じてから、はまだこちらを見ているシリウスに最後通牒を突きつけた。
「向こう向いてくれないと、もうシリウスとこういうことしない!」
これは、予想以上に効いたらしい。シリウスは少し傷付いた顔をして、布団から覗いたの鼻先に軽くキスすると、分かったよと呟いておとなしく背中を向けた。脱ぎ捨てた自分の下着とズボンを履いて、肩に乗せただけのシャツに袖を通す。ネクタイは襟の下に滑らせただけで結ぶつもりもないようだった。
ぐったりした身体をようやくのろのろと起こして、ときどき薄いカーテンからこぼれ落ちてくる陽光を見上げながら、脱がされた衣服を身につけていく。その間、シリウスはちらりともこちらを見なかった。
薄暗い部屋だったらもう少し、素直になれるんだけど。自信がなくて、本当は見てほしいのに撥ね付けてしまう。いくらシリウスが、きれいだって言ってくれても。
「おわったよ」
「なんだ。パンツはくとこくらい見せてくれるかと思ったのに」
「だれが!」
振り向いたシリウスが口を尖らせてうそぶいたので、思わずスカートの裾さえ押さえつけて怒鳴る。伸ばされたシリウスの手をすり抜けて、は彼がいるほうとは反対側から床に飛び降りた。
「じゃあ私、帰るね」
「えー。もうしばらくいろよ」
「だってリリーが待ってるもん。こういうことになるとか思ってなかったし……それにいつまでもジェームズたち下に追いやってるわけにいかないでしょ?」
「そんなに気の利かない連中じゃない」
「そうだっけ?初耳」
茶化すように笑いながらドアのほうに向かっていると、後ろから追いかけてきたシリウスに抱きすくめられた。耳にかかった髪をそっと掻き上げられ、そこに軽く舌を這わせてからシリウスが言ってくる。
「、好き」
「うん、知ってる」
「俺のこと好き?」
「うん、だいすき」
躊躇なく答えて、はシリウスの腕の中で身体を反転させた。うんと背伸びして触れるだけのキスをしてから、はっきりと締め括る。
「じゃあ、またあとでね」
少し名残惜しそうな顔で、シリウスがその拘束を解く。子供っぽい彼を安心させるように微笑んで、は一足先に部屋をあとにした。
談話室でオーセリーとクィディッチ選抜の日程について話し合っていたジェームズに冷やかされながら寝室に上がり、しばらくリリーと呪文学の予習をしてからたちは夕食のために大広間へ向かった。いつの間にか窓の外には夕日が落ち、階下からはいかにも美味しそうなシチューの香りが漂ってくる。寮の長テーブルでいつものように同級生の友人たちのそばに並んで座りながら、は目の前に忽然と現れたカボチャジュースのゴブレットに手を伸ばした。
「ねえ、ねえねえ聞いた?」
詮索好きであまりにも有名なバーサが卒業してからというもの、まるでその後釜を狙っているとしか思えないほどにいろいろなところから根も葉もない噂話を仕入れてくるハナが、の二つ隣の席に飛び乗るや否や近くの誰にともなく興奮気味に話しかけた。
「今度はどうしたの?」
心優しいニースが律儀にも聞き返してやる。ハナはどうやらずっと走ってきたらしく乱れた呼吸を整えながら、だがそれが整い切る前に乾いた喉にジュースを流し込んで、もったいをつけるようなじれったい間を挟んだ。顔の位置を下げて、声を落とし
だがそれはもっともらしい効果のためであって、実際は周囲の僅かな友人たちにしか聞かせまいという配慮からではないことは、付き合いの長さから知っていた
ようやく、言ってくる。
「今年のクリスマス、ホグワーツでダンスパーティがあるんだって!」
「はあ?」
気のない声をあげたのはだけではなかった。大げさに肩をすくめて、スーザン。
「ダンスパーティ?なによ、それ」
「なにってそのまんま、よ!年末にダンブルドアの古い友達がイギリスにくるんだって。その歌手が音楽仲間を集めてクリスマスに演奏してくれることになったって!それで!」
「ふーん。あら、そう」
ホグワーツ中の有名人の色恋沙汰から(それには当然やリリーも含まれる)魔法界のとんでもないゴシップまで、ハナの守備範囲はなかなか広い。ダンスパーティという響きにほんの少し興味はそそられたものの、もスーザンやメイたちと同様、軽い相槌をうってすぐに目の前のシチューに集中することにした。
「ちょっと聞いてる!?」
「うん、聞いた聞いた。それは魅力的な発想だね」
「私、ちゃんとこの耳で聞いたんだから!フリットウィックとハグリッドがもう飾り付けの話までしてたの!」
フリットウィックとハグリッド。クリスマス休暇にホグワーツに残ったことは二回しかないが、そのときも主に大広間の飾り付けをしていたのはその二人だった。きっと今年もまたクリスマスの宴会で飾るモミの木やオーナメントのことを話し合っていたのだろう。ハグリッドとは
そういえば彼の小屋で少しきついことを言ってしまってからというもの、もう一年以上まともに話をしていなかった。
「まさか。それって単純にクリスマスの話でしょ?」
「ちがうんだってば!今に見てなさい、きっとダンブルドアから話が
あ、ほら!」
『ほら』?
何を言っているのだろうと眉をひそめながら、はきらきらと目を輝かせたハナの視線を追って教職員テーブルのほうを見た。まさか、まさかでしょう?だがリリーやスーザンたちも呆気に取られた様子で振り向き、見つめるその先で、いつの間にかすっくと立ち上がったダンブルドアが、軽く杖を振って、ポン、という軽快な、けれどもよく通る音を出した。
「えー、みんなの楽しい食事の時間を邪魔してしまってすまぬ。じゃがぜひともみんなに聞いてもらいたい話があるので、ほんの少しだけ耳を貸してもらえんかのう。ああ、もちろん差し出してくれる必要はないが」
朗らかにそう切り出したダンブルドアに、誰もが食事の手を止めて何事かと振り返る。ハナは声を潜めて今まで以上に興奮した様子で、ほら!ほらみなさい!としきりに繰り返した。ま……まさか?
「どうやら、どこからかすでに一部の生徒には伝わっているようじゃが」
このときダンブルドアは悪戯っぽい眼差しで、確かにこちらのほうをちらりと見た。
「わしの古い友人に、ポティウス・スターキーというシンガーがおる。イギリスではあまり知られておらぬが、南米のほうでは名の通った素晴らしい歌い手でのう。彼が久しぶりにイギリスに戻ってくるというので、わしとしてはぜひみんなにもあのハスキーな美声を味わってもらいたい」
スターキー!ぼく知ってるよ、ブラジルでブレークした最高の歌手さ!という声がハッフルパフのテーブルから聞こえてきた。
「彼は年末にしばらくこちらに滞在するそうじゃ。そこで、今年のクリスマス休暇はポティウスのちょっとしたコンサートも兼ねたダンスパーティでも開こうかと思ったのじゃが、どうかな?」
まさかーーー!!??たちは驚きのあまり言葉を失って呆然とハナを見た。ハナはひとりで得意げにんまりしている。
「もちろん、みんなそれぞれの家で素晴らしいクリスマスケーキが待っていることじゃろう。じゃがもしも賛同してくれるなら、一度くらいはみんなで陽気に踊るクリスマスも素敵じゃと思うよ」
一斉に大広間がざわつきだした。困惑と、興奮したさざめきと。だがさほど間を置かず、いの一番に大きな声を出したのは、椅子の上に片足を載せてスプーンを振りかざしたジェームズだった。
「せんせーい!僕、賛成です!きっと最高のクリスマスになると思います!」
ジェームズの顔はうきうきと楽しそうで、それを見たダンブルドアは半月眼鏡の奥からにっこりと笑い返した。するとジェームズに触発された生徒たちが口々に「僕も賛成です!」「楽しそう!」などと叫び、大広間のあちこちから割れんばかりの拍手が沸き起こった。も流されるように、教職員テーブルに視線を戻して大きく手のひらを打ち鳴らす。
「みんな、どうもありがとう」
ダンブルドアが両手を広げて心底嬉しそうに微笑んでみせると、大広間は再び静かになった。だが浮き立ったみんなの興奮は無音のまま広間にどんどんと充満していくようだった。
「それでは、クリスマスにポティウスと彼の音楽仲間に演奏してもらう手筈にしておこう。もちろん強制ではないので、参加するかどうかはみんなの好きにしてくれてよい。じゃが彼の歌声は、十分に傾聴する価値のあるものじゃと思うよ。きっと楽しい夜になるはずじゃ」