いつものように漏れ鍋の暖炉から飛び出したは、そこで迎えてくれたシリウスとそのまま聖マンゴ病院へと向かった。聞いていた通りにフィディアスはただひたすらに沈黙を保ち、病院のスタッフに栄養摂取や排尿など必要最低限の身の回りの世話をしてもらわなければ生命を保てないという極限の状態が続いていた。ふと思い出したのは、白雪姫というマグルの童話。王子様
もとい、お姫様のキスひとつで、目を覚ましやしないだろうか。そうするとキスしてくれるのは、やはりあのベンサムということになるのかな。
冗談でも本気でも、あの人はそんなことしてくれそうにないけど。
病室を出ると、遅れてやって来たジェームズがのトランクを進んで取り上げて「さあ行こうか!」と言うので、どこへ?と尋ねると「もちろん僕の家さ」と答えた。まったく聞かされていなかったのでシリウスのほうを見ると、彼は素知らぬ顔で明後日の方向を向いた。なるほど、それで荷物も置かせずに引っ張ってきたのか。
「でもジェームズ、私は漏れ鍋に泊まるから……」
「だーめ。わざわざお金払ってひとりでいる必要なんかある?ママももう君の分もちゃーんと食事準備してるんだから!」
「そ、そんな悪いよ!私は漏れ鍋もう慣れてるからひとりで大丈夫!」
「そんなこと言わないで!なあシリウスもなんか言ってあげなよ、お前がいなくなってこの一ヶ月、特に夜は寂しくて寂しくて仕方なかったって」
「くたばれ眼鏡」
夜、という部分をやけに強調したジェームズを凄まじい形相で睨みつけて、シリウス。は真っ赤になって慌ててふたりから顔を背けた。まさかジェームズ……知ってるの、かな。うわああ、恥ずかしすぎる。
「まあ、このバカは放っといていいけど……ジェームズのおばさん、お前が来るのほんとに楽しみにしてるから。どうしても漏れ鍋じゃないと駄目だって理由がないんだったら、俺と一緒に行かないか?」
「こら、ホストの僕を無視するんじゃない!」
「うるさいお前は消えろ」
「僕が消えてみろ、真っ先に疑われるのはお前だぞ」
「さーそれはどうだろーな?お前を恨んでるやつはさぞや大勢いるだろうからな」
「お前に言われたくないな!いつか背後から襲われるぞ」
「もう、ふたりともやめなよ」
歯を剥いて睨み合ったふたりの間に入って、嘆息混じりに言いやる。つまらないことですぐに喧嘩するんだから。
「ありがとう。じゃあ……ジェームズ、お邪魔させてもらっていい?」
「もちろん!それではお手をどうぞ、お嬢様」
「お前は荷物持ちだけやってればいい」
「なんだとー!だったらお前が持て!」
「やめてってばー」
気のない仲裁を挟みながら、だらしなく微笑む。やっぱり私、このふたりが大好き。
The Potters' Hideout
アジト
『アジト』
と呼んでいるジェームズの実家は、ブラック家と違い小高い丘の麓に隣家とゆったりした間隔を保って建てられていた。三人暮らしにしては大きな二階建ての家で、広々した緑豊かな庭もある。そこにはフィディアスの病室に飾られていた花も含め、多くの種類が育てられていた。ジェームズ曰く、ママの趣味で一見見えないところにはわけの分からないものが植わっていたりするので、慣れないうちは勝手に庭を歩き回らないほうがいいとのこと。
ポッター家で過ごす一週間は、楽しかった。幸せだった。父と二人きりで過ごす年に一度の夏休みは、静かに、穏やかに、自分というものを見つめなおす時間。そしてかけがえのない友人たちと過ごす濃厚な時間は、生の喜びを実感するための。
「がうちの子だったら素敵なのに!」
数日目の夕食時、具だくさんのシチューを注ぎ分けながらジェームズのママがうきうきと言った。
「だったらは僕の妹だね!」
「え、なんで私が?ジェームズのほうが弟でしょ?」
「えー、だってはいっつも僕に心配ばっかりさせるじゃないか。まったく手のかかる妹で困っちゃうよ」
「うっわージェームズにそれ言われたくない!おばさん、聞いてくださいよ、ジェームズってば名高いいじめっ子なんですよ」
「ちょ、ママに言いつけるってそれ反則だ!」
「やだジェームズ、弱い者虐めなんて最低よ?今度そんな噂を耳にしたら吼えメール送るから覚悟しときなさい」
「してな……いや、しない。もう、しません」
ぎこちない言い方でぼそぼそと呟いて、ジェームズは受け取ったシチュー皿に突っ込んだスプーンをぐるぐる回し始めた。その隣に座ったシリウスもまた気まずそうに目を逸らして静かにシチューを食べ始める。別に、責めようと思って言ったわけじゃないんだけど。けれどもふたりが例のスネイプのことを思い出しているのだということは一目瞭然だった。
「ねえ、、その……スネイプの、ことなんだけどさ」
「うん」
たちの寝室は、二階にあった。シリウスはジェームズの部屋に、そしてはその隣にある、来客用の寝室を借りている。食事を終えて三人で階段を上がると、踊り場のところで突然振り向いたジェームズが口火を切った。
「エバンスにも約束した。もう……ああいうこと、しないって。だから……僕たちのこと、許してくれる?今さら、かもしれないけど」
正直に言って、もうスネイプのことなんてどうでもよかった。もともと好きではなかったし、リリーにあんなひどいことを言って、庇う必要性すら感じなくなっていたのだ。だが大好きなジェームズたちに、簡単に人を傷付けて、平気でいられるような人間になってほしくなかった。それでは、あのスネイプと同類だから。
「リリーはそれで、なんて?」
「……うん。まあ、そういうことは口じゃなくて態度で示してもらいたいわね、って」
「ふーん……で?」
「で?で?うん、まあ……許してくれたんじゃ、ない……かな?僕たちがこれから態度で示せば」
「ふーん」
あらぬ方向を向いて、鼻から気のない音を出してからはぐるりと視線を巡らせてようやくジェームズたちのほうを見た。
「だったらいいんじゃない?」
「え、あ、そう?」
「うん。私もスネイプのことで怒ってたの、リリーが怒ってたせいだし。だから半ば八つ当たり?ジェームズたちのせいでリリーに嫌われちゃった!って」
「あ……そうだったの?」
「そうだったの?って!……まあ、いーや。うん、それで私もイライラしてたの。だから、リリーがいいって言ったんならそれでいいんじゃない?私は別に、こだわってない」
やはりスネイプを擁護する気にはなれなかったので、素直な気持ちを、伝えた。私も、傍から見れば、嫌なやつなのかな。結局は、あんな横暴を仕出かしたジェームズたちの肩を持って、スネイプの邪悪性を探そうとしている。好きな女の子にあんなひどいことを平気で言えてしまうような男なんて、貶められて当然なのだと。
「?」
知らず知らずのうちに、顔をしかめて考え込んでしまっていた。その背を屈めて覗き込んできたシリウスの瞳と目が合って、慌てて笑顔を繕う。
「な、なに?」
「なにって……いや、お前、今ここにすごいシワできてた」
言いながら、シリウスの長い指がそっと持ち上げられてこちらの眉間をなぞる。その優しい手付きにどぎまぎして言葉を失っていると、すぐ傍からジェームズの呆れた声が降ってきた。
「こら。仲良しなのはいいけど人の目の前でいちゃつかないでおくれよ」
「うっせぇ文句あるならお前もエバンス連れてこい」
「エっバ……!」
咄嗟に名前を出されただけで赤くなったジェームズの顔を見て、こういうところは二人ともそっくりだなと思った。恋愛や友情に関して、本当に、純粋で。だからこそきっと、心から信頼できるのだ。そう
こんなこと、あのスネイプには絶対にできやしない。
「どうした?」
声を抑えて笑い出したを見て、シリウスが聞く。は小さくかぶりを振って、告げた。
「幸せだなって、思って」
毎日、噛み締めるような幸せを味わって。
ずっと、一緒だった。だからこれからも、彼らと共にいられることを、疑いもせずに。
新学期が始まる二日前、たちは教科書や学用品の準備でダイアゴン横丁にきていた。が手紙を書いて、リリーともイーロップのふくろう百貨店で合流することにしている。そのせいでジェームズは昨日からずっと浮き足立っていて、今日は朝の四時に目を覚まして、ひとりで勝手にやればいいものを人を巻き込んで今日の服はどれがいいか髪形はおかしくないかとしつこく聞いてくるので迷惑極まりなかった
とは、シリウス談。
ジェームズに続いて漏れ鍋の裏からダイアゴン横丁に出ると、まず気が付いたのはやけに人通りが少ないということだった。毎年、この時期になると新学期の準備でホグワーツ生が雪崩のように押し寄せてくるというのに。ハイストリートを通る親子連れは疎らで、足早に通り過ぎようとする人たちが多かった。
「ねえ……何で、こんなに人少ないんだろ?新学期、もう明後日だよね?ひょっとしてジェームズんちのカレンダー間違ってる?」
「いや、間違ってないよ」
あっけらかんと言ったジェームズの言葉を引き継ぐようにして、後ろから追いついてきたジェームズのおじさんが言ってくる。
「みんな、きっと警戒してるんだろう。ほら……先月、オーツ通りのほうで」
そのことは、もしかして、と考えていた。でも、そんなこと。彼女の不安をかき消すように、ジェームズは努めて明るい声で言った。
「みんな心配性なんだよ。あんなことがあって魔法省が警戒してないとでも?同じ場所で二度も事件を起こすようなそんな馬鹿はいないよ。まあ、犯人がその『馬鹿』でのこのこ現場に戻ってきて捕まってくれりゃあこっちとしては願ったり叶ったりだけど」
としてはそのどちらがいいのかよく分からなかった。フィディアスをあんなふうにした犯人が、早く捕まってほしい。けれどもフィディアスをあんなふうにした犯人が、もしも今ここに再び現れたとしたら。
「だけどこんなに閑散としてるんじゃ、ちょっと不気味ね。早く買い物すませて帰ったほうがよさそうだわ」
「えっ!僕、エバンスの顔見ないと絶対に帰らないからね!」
「はいはい。それじゃあとにかくそのエバンスさんを迎えにいって、ソフィーのところでお昼にしましょう」
嘆息混じりに言いやって、おばさんが先頭をきって歩き出す。そのあとにジェームズとおじさんが続き、そして最後に、はシリウスと並んでポッター一家についていった。あれ以来、ダイアゴン横丁に入るのは、初めて。
落ち着かないものを感じて胸元のネックレスに触れていると、傍らから伸びてきたシリウスの手が宥めるようにそっと背中を撫でてくれた。ああ、そうだ。私にはこうして、惜しみなく愛情を注いでくれる人がいる。
溶けるように微笑んだ彼女の前髪は、彼からプレゼントされたヘアピンで留められていた。
エバンス一家(もちろんペチュニアはいない)と合流したあとは、ずいぶんと賑やかなショッピングになった。まずケバブ・バーではソフィーがポッター一家とシリウス、そしてしか予約数の勘定に入れていなかったので(おばさんがリリーたちのことを伝えるのをすっかり忘れていた)、混み合ったランチタイムに空いた席がなかった。従業員がどこかから準備してきた椅子を詰めて並べ、なんとか席に着いてからはジェームズが喋りっ放しで、リリーの両親にマグル界のことをやたらと根掘り葉掘り聞きまくっていた。一方のリリーはジェームズのおじさんに魔法界での就職についていろいろと尋ね、はなんだかエバンス家とポッター家のお見合いに同席しているかのような奇妙な錯覚を覚えた。どうやらシリウスも少し居心地の悪さを感じていたようで、目が合うと曖昧に笑ってみせる。ジェームズとリリーが家族ぐるみでうまくやってくれるのなら、こんなにも嬉しいことはないけど!
食事を終えると、まずは最寄りの薬問屋、それからマダム・マルキンの洋装店に行って軽くローブの寸法を直してもらった。とはいってもとリリーはほとんど直す必要もなかったので、一足先に店先のベンチに座って屋台のおじさんから買ったソフトクリームを舐めていた。何がそんなに面白いのか、時折店の中からジェームズやシリウスの笑い声が聞こえてくる。
「ほんとに兄弟みたいね、あの二人」
フローリシュ&ブロッツ書店で新しい教科書を探していると、少し離れたところでクィディッチの雑誌をあさり始めたジェームズたちのほうを見て、リリーがくすりと笑った。
「うん、そうだね。おじさんもおばさんもシリウスのことすっごく可愛がってくれてるし、多分ふたりもそのつもりでいるんだと思う」
「だけどブラック、家には帰らなくていいの?」
あ、そっか。リリーは知らないんだ。
「シリウス、家出しちゃったの。だからもう、実家には帰らない」
「えっ!」
素っ頓狂な声をあげて、リリーが店先の雑誌コーナーを振り返る。何事かと不思議そうにこちらを見たシリウスたちに「何でもないよ」と口の形だけで伝えて、はリリーを彼らから見えない棚の陰に引っ張っていった。
「家出って……あなたはそれでいいの?私、ブラックの家のことは何も知らないけど、でも私たちまだ十六だし」
「うん、私も最初はそう思った。でも……会ってみたの、実際。シリウスのご両親に。そしたら、その……あんまりひどいから……最後には、私がシリウスのこと連れ出してきちゃった」
感心するやら呆れるやらといった様子でこちらを見返してきたリリーに苦笑して、続ける。
「あのままあの家にいたら、シリウスが潰れちゃうって思ったし……それにシリウスのおじさんにアルファードって人がいるんだけど、その人はシリウスに好意的で、学生の間はお金のこと援助してくれるんだって。おじさん、独身でけっこうお金持ちだっていうし多分大丈夫」
「ふーん……まあ、あなたたちがそれでいいなら、いいんだけど」
まだどこか腑に落ちない顔をしつつ、リリーがそう締め括る。は曖昧に笑い返して手元の新しい教科書リストに目を通した。リリーやシリウス、ジェームズも全員OWL試験は全科目パスしたので
しかもリリーとジェームズは『O』が九つも!シリウスは魔法史だけが『E』だった(「あんなので『O』なんてお前らみんなおかしいんだよ!」)
すべての教科書を揃えて戻るつもりだ。
「ジェームズ、シリウス!まだそんなところにいたの?そんなもの後でも見られるでしょう、早く必要なものを買ってきなさい!」
店の奥でリリーの両親と話し込んでいたジェームズのおばさんが、雑誌コーナーにいる息子たちに気付いて声を荒げる。ジェームズたちは飛び上がって、母親のほうを避けてこちらに駆け寄ってきた。
「まったく、ママってば怒鳴る口実ができたらここぞとばかりに怒鳴るんだから」
「仕方ないよ、早く買い物すませよ。そしたら後でゆっくりできるじゃない」
口を尖らせてぶつぶつ不平を漏らすジェームズに軽く笑いかけて、。NEWT対策の授業にもなると、教科書のタイトルにはほとんどすべて『上級』がついている。『上級魔法薬』……ついていけるかなあ。
「、リスト見せて」
「えぇ?持ってきてないの?」
はこちらの手元を覗き込んできたシリウスに非難がましい視線を向けながら聞き返した。悪びれた様子もなくシリウスが言ってくる。
「だって、どうせ取ってる授業全部同じだろ」
「そりゃそうだけど」
自分のリストくらい自分で持ってきてよね。すると今度はぱっと目を輝かせたジェームズがリリーの教科書リストを見やった。
「エバンス、僕にもリスト見せて!」
「え?あなたも?」
「僕は持ってきたと思ったんだけどなあ!どこかに落としたのかも、ごめんねエバンス。でも僕たちも選択授業一緒だよね?」
うわージェームズ白々しいよ!だがリリーはやんちゃな子供を持て余す母親のような表情で「仕方ないわね」と教科書リストをジェームズにも見えるようにした。なんか、いい雰囲気。こっちまでどきどきはらはらする……ジェームズ、がんばって!
「じゃあまずマグル学の教科書からでいい?ねえエバンス、僕もっとマグルのこといろいろ知りたいんだけどオススメの本ってある?あと、こういう場所に行ってみたらどうかとか
」
うきうきと頬を上気させながら、ジェームズはリリーを連れてマグル関係の書籍コーナーに行ってしまった。必然的にふたりで取り残されたはシリウスのほうを見上げて、
「じゃあ私たちはルーン語のほう行く?」
「ああ。まあ、どっからでもいいけどな」
ジェームズたちの消えた方向を見て面白そうに目を細めたシリウスは、その反対側にある古代ルーン語の棚に歩み寄って平積みにされた教科書を見下ろした
『上級ルーン文字翻訳法』。
「これ?」
「うん、それ」
頷いて、はシリウスよりも先に分厚いその教科書を手に取った。ずっしりした重みは単に重量の問題ではなく、ほんの少し中身を捲っただけで頭が痛くなりそう。
「うっわーあ、吐きそう……」
「こんなとこで吐くなよ」
「じゃあ帰ったら吐いていい?」
「ああ、好きなだけ吐け。どうせジェームズの家だ」
軽い口振りで言ってから、シリウスはの手から取り上げた教科書をひらいた。
「吐きそうなくらい嫌いだったらやめればいいのに」
「べつに、嫌いじゃないよ。難しいだけ」
「だって吐きそうなんだろ?」
「うん、頭おかしくなりそう」
「だったらやめれば?使うかどうかも分かんないんだろ?」
「だって……シリウスは、やめるの?」
「やめないよ。俺は別に嫌いじゃないし」
「……じゃあ、私もやめない」
シリウスとふたりで勉強している時間が、好きだった。シリウスにしか聞けない。シリウスしか。その、時間が。
もしも本当に駄目そうだったら、そのときにまた考えよう。
「お、シリウスじゃないか!」
それぞれが『上級ルーン文字翻訳法』を持って他のコーナーに移動しようとしたとき、後ろから陽気な声がしてふたりはほとんど同時に振り返った。眉の形がよく似た父親らしい魔法使いと一緒に店内に入ってきたのは、もよく知る人物で。
「あ、も一緒だったのか。それじゃあ復縁したんだね?よかったよかった、おめでとう」
「あー……どうも。ダークも新学期の準備?」
「うん、まあね。ひとりで大丈夫って言ったのに、ここのところなにかと物騒だからってパパが」
の問いに声を潜めて答えながら、ダークは少し離れたところにたたずむ父親を軽く指差した。
「聞こえてるぞ」
「はーいはいはい、失礼しましたお父様」
大げさな身振りで肩をすくめ、ダーク。彼はグリフィンドールの監督生で、今年七年生になるたちの上級生だった。その人当たりの良さそうな優しいブルーの目が印象的。
「それにしても、?なんか急にきれいになったんじゃないの?なにかあった?」
「えっ!」
なっ、いきなり何を言い出すんだこの人!真っ赤になって口ごもるのすぐ隣で、険悪に眉をひそめたシリウスがわざとらしく咳払いした。それを見て、ダークは隠しもせずに失笑する。
「そんな怖い顔で睨まないでくれよ、シリウス。だからどうしようなんてそんなつもりじゃないから」
「べつに気にしてないけどな?」
「シリウス……そんな怖い顔で言われても説得力ないよ。ああ、分かった分かった、余計な口出しはいたしませんよ。今日は君たちふたりで?」
「ううん。奥にジェームズとリリーがいるよ。ジェームズのご両親とリリーのご両親が一緒で」
するとダークはまるで狐にでもつままれたかのような顔をして固まった。首を傾げながら、問いかける。
「どうしたの?」
「あ、ううん……少し驚いただけ。だって、あのふたりはあまり仲が良かった印象がないから」
「それが案外そうでもなさそうなんだよ。まあ、去年はいろいろあったけど……でも最近ちょっと、いい感じ」
「へえ……」
「ダーク、立ち話もいいが早くすませてくれないか。このあと、父さんは仕事があるんだ」
少なからず苛立った様子で父親が言ってきたので、ダークはこちらに顔を向けたまま少しだけ舌を出してみせたが、すぐに従順そうに戻っていった。開いた教科書リストを見ながら、奥の棚のほうに近付いていく。
「私たちも早くすませちゃお。えーと、次は変身術と……」
「」
「ん?」
振り向くよりも先にいきなり腰を抱き寄せられて、はぎょっと飛び上がった。
「ど、どうしたの?」
「べつに……いや?」
「いや、じゃないけど……ちょっと、動きにくい」
言うと、シリウスはおとなしくすぐに手を離した。少しふて腐れた顔で脇を向くのが、本当に子供らしくて。もちろん、妬いてくれるのは恥ずかしながらも嬉しいのだけれど。でもこの調子では、ホグワーツに帰ったら一体どういうことになるかと考えただけで先が思いやられる。
けれども、やはり込み上げてくる笑いは抑えきれなくて。
「じゃあ、帰りは手つないで帰ろ?そういうの、ちょっと憧れてた」
こちらを向いたシリウスの顔は、まさにご褒美を与えられた犬そのものだった。