99.成長


 ガイの父親が死んで――つまり、が忍猫使いになってから、三か月。
 俺たちは前よりも、互いを信じて背中を預け合えるようになった気がする。命を懸けて、大切なものを守る。その生き様を見せつけられて、変われないわけがない。

 俺はガイにも伯父さんのことを話した。昔、には話したことがある。イクチの父親で、幼いなりに俺も尊敬する人だった。一族の中でも抜きん出て優秀な人だったという。それでも死んだ。どんなに優れていても、忍びは戦争の道具でしかないと思った。
 だが結局、忍びは死に様。どう死ぬかは選べる。そういうことなのかもしれない。

 人は必ず死ぬ。忍びなら尚更。

 どうせ死ぬなら、大事なものを守って死にたい。ガイの父親のように。
 そのためにもっと強くなりたい。一番大切なときに、後悔しないですむように。

 俺が死んだら、母さんは泣くだろうな。でも、俺は忍びだから。親父との子どもを産んだ時点で、母さんだってそんなことは分かってるはずだ。

 禁術、八門遁甲の陣について、ガイはあのあとチョウザ先生と話したようだった。ガイの父親がそうだったように、最後の門を開けば術者は必ず死に至るという危険な代物だ。
 だがあの術はいわば、父親の形見。ガイは父親と約束した自分ルールを必ず守ることをチョウザ先生に誓ったそうだ。自分にとって、本当に大切なものを守り抜くときだけだと。

「ボクはあのとき、とゲンマを死なせたくなかった。だからボクは、後悔していません」

 ガイがチョウザ先生にそう話しているのを思わぬタイミングで聞いてしまったとき、俺は涙が出そうになった。ガイが俺たちをそこまで思ってくれていたことも、きっともあのとき、同じように思って覚悟を決めたんだろうということも。

 俺にはやガイのような才能はない。だから俺にもできることで、二人を支えるしかない。

 は澪様が重体と聞いても、母親が死んだときのように不安定になったりはしなかった。むしろ忍猫使いとして目覚めた今、一日も早く一人前にならなければと気負っているようだった。
 諜報のスペシャリストである自来也様、情報解析が専門であるいのいちさんに教えを請うため、彼らの任務に同行するようになり、アイやサクたちが周りにいることも増えた。

 突然、の周囲に強力なバックアップがついたイメージだ。それだけ里にとって、忍猫使いという存在が希少だということが分かった。
 忍犬は訓練することができるが、忍猫はそうはいかない。遠い昔にの先祖が忍猫の始祖と交わした契約が今も生きているらしいと親父から聞いた。澪様がいなくなってもしまで消えれば、木の葉創設期から里と共に生きているはずの忍猫たちといえど、何の未練もなく去るだろう。

 そしてきっと、これだけ手がかけられるということは、が忍猫使いとして成熟すれば、いずれ情報部に引き抜かれる。

、聞いたよ。カカシと掴み合いの喧嘩してたって……」

 今日は久しぶりに休みだったから、ガイの訓練に付き合って夕方に帰宅する途中だった。覚えのある声が馴染みの名前を呼ぶのを聞いて、俺は足を止めた。
 病院の近くでとリンが立ち話をしていた。

「あぁ……ツイさんね……」
 
 俺は思わず、そばの木陰に身を潜めた。盗み聞きみたいな真似をしたいわけじゃないが、最近別の任務が多くなり、とはあまり会えていない。だからどうというわけではないが、カカシと掴み合いの喧嘩なんてこれまで聞いたことがなかった。

 苦笑いするに、リンが静かに問いかけた。

はどうしてそんなに一生懸命カカシに関わろうとするの? ひょっとして……カカシのこと、好きなの?」

 咄嗟に、まずいと思った。立ち聞きしていい話ではない。俺が聞いていたと知ればが本気で怒る話だろうと思った。
 だが立ち去るより前に、は気楽に笑ったようだった。

「ないない、それはない。ほっとけないだけだよ。あいつ、危なっかしいし」

 お前が言うなと、思わず突っ込みそうになった。だがは昔に比べればずいぶん成長したし、確かに今はさほど危なっかしいやつとは言えないかもしれない。殊に、ここ数か月の成長ぶりは否定すべくもなかった。

「リンは……カカシのこと、好きなんでしょ?」

 やはりさっさと立ち去るべきだった。が控えめに聞くと、リンは乾いた声で少し笑ってから、「やっぱりバレてたかぁ」と呟いた。
 悪い、リン。立ち聞きしちまった。知らないフリするから許してくれ。

 リンといい、コマノのいい、女はこの戦時でも恋愛ってやつができるんだなと、まるで別世界のことのように感じた。まぁコマノの場合は相手がいるんだから、相手の男もそうなんだろうが。

 俺は気まずい思いでその場を離れた。仲間たちの恋愛事情に興味はないし、カカシのことはもっとどうでもいい。相変わらず単独プレイで周りと馴染めず、ミナト班でもなかなか噛み合わないらしい。にも、何ならガイにも積極的には関わってほしくないと願っているが、俺にそれを止める筋合いはない。

 明日は久しぶりにと一緒に任務だ。何だか前より気が引き締まる。先ほど聞いた話は忘れることにして、俺は家路についた。


***


 いのいちさんとの任務では後方支援に回ることが多い。バラバラに集めた断片的な情報を整理して繋ぎ合わせる作業に、敵の動きから心理を読み取る方法、仲間や他のチームに素早く情報を届けて共有する訓練など。
 もちろんそんなことが一朝一夕にできるはずはない。自来也さんとの任務も同じで、とにかく教えられたことを繰り返すこと。一度に覚えられなくても何度も繰り返して頭に叩き込むこと。

 アカデミーの頃から座学は苦でなかったことが幸いして、暗記自体は順調に進んだ。あとは繰り返し、実践を積むしかない。

 自来也さんもいのいちさんも日頃は穏やかだが、厳しいときは当たり前のように厳しかった。昔の私なら、めそめそしてゲンマに泣きついたかもしれない。
 でも今は違う。私には、温かく迎えてくれる場所がある。ゲンマ、ゲンマの家族、ガイ、チョウザ先生。オビトやリンも、アスマや紅たちもみんな、大切な仲間だ。大切な仲間を守るために、命を懸けたって強くなりたい。

 ガイのおじさんが、そのことを教えてくれた。だからもう、迷わない。

「ガイのおじさんのこと、聞いてる?」

 ある任務のあと、火影邸の前でさっさと立ち去ろうとしたカカシに私は声をかけた。カカシだって忍犬使いで、自来也さんに目をかけられて諜報の指導を受けたらしい。それくらいのこと、耳に入っているはずだ。

 カカシは足を止め、首だけで振り向いた。その鋭い眼差しは、今私たちの間を吹き抜ける冬の風のように冷えきっていた。

「他所の家族のことを誰かに軽々しく話すなんて、諜報員失格なんじゃないか?」
「軽々しくなんか言ってない。ガイに許可は取ってる」

 ガイだってカカシの態度については以前から気にかけている。それでも彼は昔のように、ただ純粋にカカシに勝負を挑んでいる。
 嫌われるのは、私だけでいい。