100.傷
「他所の家族のことを誰かに軽々しく話すなんて、諜報員失格なんじゃないか?」
「軽々しくなんか言ってない。ガイに許可は取ってる」
ガイだってカカシの態度については以前から気にかけている。それでも彼は昔のように、ただ純粋にカカシに勝負を挑んでいる。
嫌われるのは、私だけでいい。
「あんただってこれまで色んな人の最期を見届けてきたでしょう。それでも何も思わないの? 一人でできることなんか限界があるでしょう」
「何回も言わせるな。足手まといなんだよ、お前たちは。一人のほうがよっぽど気楽だ」
「、そんなやつ放っておくにゃ。そのうち一人で勝手に死ぬにゃ」
声が聞こえると同時に、頭の上にどっしりした重みが載った。アイだ。尻尾をパタパタ振ると、ちょうど顔に当たって気が散る。
険悪に眉をひそめるカカシを見据えながら、私はアイを怒鳴りつけた。
「それが嫌だから! こうやって話してんでしょうが!」
「ずいぶん偉そうな言い様だな。俺の心配ができるほどお前は強いのか?」
私は一瞬言葉に詰まったけど、そんなことは今関係ない。思わず語気が強くなった。
「強くなることは大事だけど、そのとき周りに誰もいなかったらあんたはそれでいいの?」
「どうせ俺はもう一人だ。俺には何もない。一人でやれることをやる。それで死ぬなら仕方がないことだろ。お前には関係ない」
カカシの投げやりな言葉を聞いて、胸が締め付けられて、きつく痛んだ。やっぱりそうだ。サクモおじさんが自分を残していなくなった時点で、カカシはもう全てを諦めてしまったんだ。自分は一人だって、他の全てを閉ざして。
「……ガイのおじさんが来てくれなかったら、私たちは死んでた。ガイはアカデミーの頃からずっと、ずっとずっと、あんたに声をかけ続けた。あんただってそれに応えてきた。ガイがいなくなったとしても、あんたは平気なの? あんたに何があったってガイはそんなこと関係なしでずっと声をかけ続けてきたのに。それでもあんたは、俺には何も、誰もいないって言うの?」
私のことを嫌ったって疎んだっていい。別に好かれたいなんて思ってない。ただ、放っておけないだけ。サクモおじさんのことで傷ついて心を閉ざしたカカシが、おじさんみたいに消えてしまうのが怖いだけ。私がただ、怖いだけ。
でも、あんなに一途にまっすぐあんたをライバルだと信じて関わろうとし続けるガイを前にしても、あんたは自分には何もないって言うの?
「戦って死ぬなら仕方のないことだし、戦いもせずに死ぬのは忍びとして最低のやり方だ」
カカシが淡々と口にしたその言葉を聞いて、私の中で溜まっていた何かが爆発した。胸がざわついて沸騰し、勢いに任せてカカシの胸倉に掴みかかる。カカシも一瞬で顔色を変えたが、それより先に私は抑えようのない衝動で怒鳴った。
「サクモおじさんは戦った!! 仲間を守るために戦い続けて迷い続けて苦しんだのに!! あんたが一番それを近くで知ってたはずでしょうが!! おじさんを否定して何になるのよ!! それであんたが仲間が死んでも仕方ないって割り切ったってそれであんたの傷が癒えるわけ!? あんたはただ拗ねてるだけじゃない!! 五年もずっと、ただ拗ねてるだけよ!! それで今いる仲間を拒んでほったらかしにして仲間を危険に晒して、いい加減にしなさいよ!! 今目の前にいる仲間のことを見なさいよ!!」
掴みかかる私をカカシはしばらく睨みつけていたけど、やがて片手でこちらの肩口を乱暴に引き寄せた。その目は数年前、居酒屋でサクモおじさんの話を持ち出したときに彼が見せた荒々しい眼差しと同じだった。
あの頃からきっと、カカシは全く変わっていない。
「お前のそういう決めつけるやり方が俺は大嫌いだ!! お前が俺の何を知ってる!? お前が父さんの何を知ってるって言うんだ!! お前の考えが正しいのか? 父さんが絶対に正しいのか? 俺は絶対に認めない――お前らが間違ってるって絶対に証明してやる!!」
そんなことのために。おじさんを失って傷ついた気持ちはよく分かる。でも、そんなことしたってあんたの何が変わるのよ。それで癒されるの? それで気持ちが収まるの? 収まらないから何年経ってもイライラしてるんじゃないの?
そんなの、放っとけるわけないでしょう。
カカシの胸倉を掴む手に力を入れて私がさらに怒鳴り返そうとしたとき、火影邸から出てきたツイさんが割って入ってきた。先ほどまでカカシと三人で任務に出ていた、日向家の上忍だ。私とカカシが全く連携できないことで終始頭を抱えていた。
「お前たち、こんなところで何してる! 仲良くしろとは言わないがもう少し大人になれ!」
「……すみません」
私はおとなしく頭を下げてカカシから手を離したけど、カカシは険しい顔をしたまま払うように私のベストを遠ざけた。そのまま何も言わずに背中を向けて去っていく。
ツイさんはカカシの後ろ姿を呆れた様子で見送っていたけど、すぐに私を見下ろして神妙な顔をしてみせた。
「、君は火影様にも期待されているし、もっと上手いやり方があるはずだろう。カカシは誰の下についてもずっとあの調子だ。君がもう少し大人になって上手くあいつを使ってやってくれ」
「……はい」
私だって任務のときは何とかカカシと連携できないか調整はしてみている。ことごとくカカシがそれを拒否するだけだ。
そもそも上手く使うって何? その場凌ぎならそれでいいかもしれないけど、私はいつかカカシにも他の考え方があるかもしれないことを知ってほしいんだ。だからずっと、正面切って向き合うことを諦めないでいたい。
自分だけが正しいなんて思ってない。それはあんただって、そうでしょう?
時々ツイさんの下に入ることがあるリンに、私たちの喧嘩の話が届くにはさほど時間はかからなかった。
「、聞いたよ。カカシと掴み合いの喧嘩してたって……」
「あぁ……ツイさんね……」
あの人は意外と、口が軽い。病院の近くでたまたま会ったとき、リンは躊躇いがちに聞いてきた。
「はどうしてそんなに一生懸命カカシに関わろうとするの? ひょっとして……カカシのこと、好きなの?」
「ないない、それはない。ほっとけないだけだよ。あいつ、危なっかしいし」
リンにそんな風に思われていたなんて驚いた。私は気楽に笑って首を振る。リンは心なしかホッとしたように見えた。やっぱり、リンは。
「リンは……カカシのこと、好きなんでしょ?」
リンにその話をするのは初めてだった。リンはちょっと目を見開いたあと、照れたように苦笑いして頬を掻いた。
「やっぱりバレてたかぁ」
「まぁ……昔からそうだよね。最近どうなのかなって思ってたけど」
「あはは、バレバレだった?」
「まぁね……」
オビト、やっぱりまだ、あなたの気持ちは届いてないみたい。
カカシよりも絶対、オビトといるほうが幸せになれると思うけど。そんなこと、私にどうこう言えるような権利はない。
リンはちょっと遠くの空を見上げながら、ぼんやりと呟いた。
「ねぇ、」
「うん?」
「カカシは……私が弱いから、何も話してくれないのかな。みたいに強かったら……もっと色々、話してくれるのかな……」
私は驚いてリンを見た。そうか。私がカカシと喧嘩してたって聞いたから、きっとカカシが私には色んなこと話してると思ったのかもしれない。私は慌てて首を振る。
「関係ないよ。私は別に強くないし、カカシは私にも何にも言わないよ。むしろ私がうるさいから嫌われてるだけだよ……だからリンは、そのままでいて」
「……」
「カカシはきっと、うるさいこと言わないでそばで見守ってくれるほうが安心すると思う。あいつ、家族を亡くしてるから……自分は一人なんだって、思い込んでるし。そばにいて見守ってくれる人がいるっていつか気づくと思うよ。だから、リンはそのままでいてあげて」
リンがサクモおじさんのことをどれくらい知ってるかは、知らない。だからふんわりと、それだけを告げる。でもリンは涙のにじむ目で微笑んで、ありがとうと言ってくれた。
いつかリンや、オビトの優しさが、カカシに届く日が来ますように。