98.撤退
自来也さん、カカシとの初めての任務は、岩隠れの前線基地の偵察だった。新たな拠点が築かれたという情報が入り、その裏付けのために私たちが派遣されたのだ。
忍刀七人衆の一件以来、私は霧隠れ方面の任務からは外されるようになった。新たな忍猫使いの誕生はとうに知られているだろうし、しばらくは標的にされる可能性が高いため、力量が伴わないうちは可能な限り霧との接触は避けるという里の方針だった。
正直、ありがたかった。ガイのおじさんや、ばあちゃん、そしてライ。彼らのことを考えると、霧隠れの忍びを前にして冷静さを保てるか自信がなかった。その気持ちが憎しみなのか何なのか、私にはよく分からなかった。母さんが死んだときには、感じなかった感情だ。
これが憎しみだとしたら、知りたくなかった。身近な人たちが殺されてこんな気持ちになるのなら、戦争がなくなるはずなんかないと思った。
横目でカカシを見ながら、考える。平和なんて、本当に実現できるんだろうか。そんなものはない。それが世界の答えなんだろうか。
任務の主な目的は、敵の兵力、物資、施設の状況を把握し、里に持ち帰ること。接触戦闘は避け、発見された場合には迅速に撤退すること。
「足を引っ張るなよ」
こちらに刺々しい視線を向けるカカシに、自来也さんが鋭く口を挟んだ。
「カカシ、は偵察任務が初めてだ。今回は俺たちがフォローする。いいな?」
何で俺が、と顔に書いてあった。でもそれを口にしないだけ、自来也さんはやっぱりすごい忍びだと思った。ミナト先生に口答えするカカシなら何回も見たことがある。さすが伝説と言われる忍びで、あのミナト先生の師匠だ。
初日は移動に集中して、国境線の近くに着く頃には夜だった。移動中は途中からアイとサクが出てきて肩に乗ったけど、彼らはカカシというか忍犬使いが気に入らないので早々に消えてしまった。口寄せすれば出てきてくれるだろうが、今は機嫌を損ねてまで出てもらうタイミングではないと思った。
「……お前たち、まさか口寄せまで仲が悪いのか?」
「猫は好き嫌いが激しいんでしょう。話にならない」
「あんたがそれ言う?」
腹立つ。そうこうしているうちに国境線が近づいてきたので、私は歯ぎしりしながらも口を噤んだ。
結論を先に言えば、任務そのものは成功した。でもチームワークなんてあってないようなものだった。自来也さんが先に基地の場所を確認に行き、私はカカシと周辺の罠をチェックするよう指示を受けた。私の実地訓練でもあるので私がメインでと自来也さんから言い含められていたのに、カカシはさっさと一人で行ってしまった。
そりゃ、私が慎重すぎたのが悪いかもしれないけど。足手まといは要らないって背中が雄弁に物語っていて、私はどうしようもなく虚しくなった。
置いていかれたことが、じゃない。カカシには誰の言葉も届かないのかと思った。サクモおじさんが死んで五年、これまで色んな人がカカシに声をかけてきたはずなのに。
誰も、あんたに声をかけないの? そんなわけ、ないよね?
チームワークが一番大切だって、ミナト先生が言わないわけないよね。ヒルゼン様だって言わないはずないよね。
一人でぼーっとしていても仕方ない。私がアイたちを呼ぼうかと考え始めた頃、背後から殺気を感じた。
気づいたときには、近くの木の上から岩隠れの装束に身を包んだ男が一人、どさりと地面に落下した。
続いて姿を現したのは、険しい顔をした自来也さんだ。
「カカシはどうした?」
私の顔を見て、すぐに察したらしい。やれやれとこめかみに手を当てて、自来也さんは私と一緒にすぐに移動を開始した。
カカシはすでに単独で任務遂行に必要な情報をすべて集めていた。もちろん自来也さんだってそんなものはとうに揃えていただろうけど、自来也さんはそれよりも、指示を無視して私を置き去りにしたことの理由を問うた。
カカシの答えは当然決まっていた。
「足手まといは必要ありません」
分かってるよ。あんたがずっと前から――もう何年も前から、ずっとそう思ってること。でも。
私が歯痒さに唇を噛み、自来也さんも厳しい面持ちで口を開こうとしたとき、突然足元に現れたアイが鋭い声を出した。
「、急ぐにゃ! 気取られてるにゃ!」
「何だと」
自来也さんが慌てて顔を上げる。まだそれらしい気配は感じなかったものの、アイは低く唸りながらカカシを睨んだ。
「犬使い、お前のせいにゃ!」
カカシはハッと目を見開いたけど、すぐに自来也さんが撤退の指示を出すと、行きのフォーメーションで先頭を走り出した。
道中、アイが私の肩に乗って声をあげる。
「、お前はチャクラに余力があるにゃ。サクが拠点で待機してるにゃ、ボクの合図で逆口寄せできるにゃ」
「何言ってんのよ! 私一人で逃げろっていうの?」
「お前がこの中で一番弱いにゃ! 先に退くのもチームワークのうちにゃ!」
「うっ……」
まさか忍猫にチームワークを説かれるとは思わなかった。思わず息を飲んだけど、後方を警戒している自来也さんが吹き出すのが聞こえた。
「確かに、その手のチームワークもありだな」
「自来也さん……」
「だがそれは最後の手に取っておいてくれんか。今はの力が必要だ。実際、お前がいなければ今頃もう囲まれていたかもしれんしのう?」
私は何もしていない。アイが自発的に周囲の様子を探ってくれていただけだ。
忍猫たちはいつも力を貸してくれるわけじゃない。気まぐれに現れて、気まぐれに手を出して去っていく。でもガイの父親を亡くしたあの日から、口寄せの印はまだほとんど結んでいないけど、確かに私の周りにはこれまで以上に彼らの影を感じるようになった。
ちらりと視線を上げて前方のカカシを見たけど、カカシは一度も振り返らなかった。速度を上げながら、私たちは最寄りの拠点まで最優先で撤退した。
自来也さんが離れたところにいるカカシに声をかけに行ったけど、私には二人が何を話しているかは全く分からなかった。