97.憧れ
「そっか。口寄せ、成功したんだな。澪ばあちゃん、喜んでただろ?」
オビトは私の話を聞いて、誇らしげに笑ってみせた。私は「まぁね」と曖昧に微笑んで、足元に視線を落とす。火影邸で聞いたことはすべて他言無用。ばあちゃんが病院にいるということも極秘事項とされた。
ライのことも、もちろん内通者のことも。
オビトは久しぶりに一日オフだから、標ばあちゃんにいっぱい作り置きをしておくんだと張り切って買い物してきたらしい。相変わらずおばあちゃん想いだな。
自分のおばあちゃんだけでなく、オビトは全般的にお年寄りに優しい。この前も知らないおじいちゃんの荷物を運んであげているのを見かけた。どうやら任務前だったらしくて、こっぴどくカカシに叱られたそうだ。リンから聞いた。
「でもオビト、リンはいいの?」
「え? 何が?」
「だってリンは来月の本選に出るんでしょ? 修行とか付き合ってあげればいいじゃん」
「今日はミナト先生と約束があるからって……俺じゃ役に立たねぇよ……」
オビトとリンは今年初めて中忍試験を受験した。オビトは残念ながら予選落ちだったけど、リンは本選出場が決まっている。任務がなければ見に行きたいな。
落ち込むオビトに、私はあっけらかんと声をかけた。
「でもミナト先生、さっき火影邸にいたよ。大事な話があるってまだ残ってるはずだから、リン、一人なんじゃないかな?」
「そっ! そうなのか!?」
オビトが慌てた様子で顔を上げたとき、ちょうど私の視界に金色の何かが飛び込んできた。私たちは近くの公園で並んでブランコに座っていたのだけど、公園の入り口からミナト先生が朗らかに歩いてくるところだった。
「やあ、二人とも。今からリンのところに行くんだけど、オビトも来るかい?」
「ミナト先生! あ、でも俺、荷物置いてからじゃないと……」
「急がなくていいよ。先に行ってるから」
ミナト先生はオビトにそう声をかけてから、私を見てニコリと微笑んだ。何でだろう。それだけでちょっと胸が苦しくなった。
「そのかんざし、澪様がずっとつけていたものだね。似合ってるよ」
そのとき、私は自分の心臓が突然早鐘を打ち始めるのが分かった。身体中が熱くなって、耳まで熱を帯びていく。ドキドキして声も出せなくなって、私は黙ってミナト先生の優しい瞳を見返していた。
里に帰還してからやっとこのかんざしをつけ始めたけど、誰かに指摘されたのは初めてだった。
「これから大変なことがたくさんあるだろうけど、頑張ってね。俺にできることがあれば何でも言って。じゃあ、また」
軽く片手を挙げて去っていくミナト先生の後ろ姿を見送る私に、オビトが怪訝そうな顔で近づいてきた。
「、まさか……」
「な、何よ」
私が眉根を寄せて低い声を出すと、オビトは周囲を見回してからこっそりと私に耳打ちする。
「ミナト先生、奥さんいるから。悪いことは言わねぇから諦めろ」
「………!!!」
ただでさえ心臓がバクバク破裂しそうだったのに、私は頭から火を噴く勢いで怒鳴り上げた。
「そんなんじゃないわよ!! オビトの、ばかっ!!!!!!」
***
その年、リンが中忍に昇格した。下忍二年目で一発合格。さすがだ。
リンは在学中から頭の回転が速くて機転も利くし、ここぞというときに度胸がある。そして何よりスタミナが化け物級。通常授業と並行して医療忍術を勉強していたから卒業自体はそれほど早かったわけじゃないけど、卒業してからはめきめきと頭角を現した。
私はといえば、時々自来也さんやいのいちさんの任務に同行するようになった。この戦時中に、里でゆっくり修行をつけるような時間はないのだろう。
いのいちさんは他の上忍や中忍と一緒の任務ばかりだったけど、自来也さんとはツーマンセルで動くことが多い。ツーマンセルと言っても、もちろん私なんか頭数に入ってないだろうけど。
自来也さんはとにかく、実践あるのみというタイプだ。様々な痕跡を見つけながら移動し、同時にこちらの気配を悟らせずに対象に接近する。敵地の深いところは当然危険が伴うから、まずは味方を相手に練習を重ねていった。
ある任務で自来也さんとの待ち合わせ場所に行くと、そこには先客がいた。
「……カカシ」
今日はもう一人メンバーがいると聞いていたが、まさかカカシだったなんて。カカシも驚いて目を見開いたけど、すぐにいつもの仏頂面になって眉をひそめた。
「何でお前がいる」
「自来也さんとの任務でしょ? 私もだよ。一緒に組むの初めてだね。宜しく」
「自来也さんってお前……『伝説の三忍』って呼ばれてる凄腕の上忍だぞ。気安いんだよ」
「じゃあなんて呼べばいいのよ」
「そこは、あれだな、お前なら『じらちゃん』とかでもいいぞ」
突然真後ろから声がして私は飛び上がった。全然気付かなかった。ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた自来也さんが顎を掻きながら私たちを見下ろしていた。
自来也さんが凄腕の上忍ってことは分かったし、すごく親身に真剣に教えてくれるから好きだけど、こういうときの笑い方は気持ち悪い。母さんがエロ男って呼んでた理由が分かった。
カカシが大げさにため息をつきながら、私を無造作に指差した。
「自来也様。こいつと一緒なんて聞いてません」
「言ってなかったかのう? 今日はと一緒だ。ほれ、今言ったぞ」
「私だって聞いてないわよ。いいでしょ別に誰でも」
「良くない。お前の顔なんか二度と見たくない」
露骨。二度とって言ったよ。まぁ、分かってますけど。
自来也さんは困ったように頭を掻いた。
「何だお前たち。アカデミーの同期と聞いたから顔合わせも特に必要なかろうと思ったが、そんなに仲が悪いのか」
「カカシが一方的に嫌ってるだけです。私は普通です」
「うるさい。嫌ってくれて結構だ。お前と組む気はない」
「あんたが決めることじゃないでしょ」
「いい加減にしろ、お前たち」
自来也さんの声が低くなった。叱るときのトーンだ。私だけじゃなく、不服そうな顔をしながらもカカシも口を噤んだ。
「俺たちはこれから重要な偵察任務につく。仲違いをしている間に、死ぬぞ」
自来也さんの厳しい眼差しに、心臓がきつく絞られるようだった。そうだ、喧嘩なんかしてる場合じゃない。生きるか死ぬかなんて、もう、経験済みだ。
カカシだって、中忍になって私なんかよりずっと長い。そんなこと、何回だってあったろうに。
今も足手まといは要らないって、思ってるんだろうか。
「それではフォーメーションを確認次第、出発する」