96.行く末


 ゲンマとガイが執務室を出て行ったあと、また全員の視線が私に集まった。口の中が渇くような感覚に思わず唾を飲みながら、私から口を開く。

「……ばあちゃんのことですか?」
「それもある、が。、お前は忍猫の口寄せに成功したと聞いておる。通常の口寄せ動物であれば術者の力量により扱える力に制限が出るが、忍猫は他の口寄せ動物に比べても非常に独立心が強い。一度その覚悟を認めた家の者には、何があっても付き従う。たとえ術者が未熟だとしても、彼ら自身の意思で行動するのじゃ。次の世代を導くために」

 ヒルゼン様が滔々と語るも、私の肩に乗ったアイとサクは素知らぬ顔で大アクビをする。その様子を見て思わず笑みがこぼれたけど、私はまた表情を引き締めてヒルゼン様を見た。

「忍猫は諜報活動に非常に長けており、澪も十三で忍猫使いとして目覚めたあと、彼女のもとには様々な情報が集まるようになった。仲間の些細な出来事から、時には国家を揺るがすような機密まで。情報は時としてお前の身を危険に晒すことになる。心して扱わねばならぬ」
「本来であれば忍猫や情報の扱いについて澪様から直々に教わるべきだが、澪様がいつ回復するかは分からん。そこで俺といのいちが時間を見つけて、交代で情報に関するいろはをお前に教える。それで良いな、チョウザ?」

 自来也さんが腕組みしながら片眉を上げると、チョウザ先生はもちろんですと頷いた。
 わけが分からず目をぱちくりさせる私に、ヒルゼン様が補足した。

「自来也は私の弟子だが、かつて澪から諜報活動を叩き込まれておる。いのいちは精神介入の秘伝忍術を得意とする山中家の出身で、この若さで情報部の副部長だ。情報部で澪の教えを直接受けたいのすいの息子でもある」

 私は驚いて自来也さんといのいちさんの顔を見た。自来也さんは身体も大きいし堂々としていて、母さんの病室で会ったときにも思ったけどすごく気さくそうな人だ。でも母さんに「エロ男」って呼ばれてた。いのいちさんとは何度か一緒に任務に出たことがあって、すごく謙虚で周りをよく見ている人だ。
 全然嫌じゃない。嫌じゃないけど。

「……皆さんお忙しいのに、私なんかに時間を割いてていいんですか?」

 すると自来也さんは高らかに声をあげて笑った。

「確かにお前にずっと構うような余裕はない。だが澪様不在の今、次の忍猫使いを育てることは里としても急務。これはお前のためではない。里の行く末を見据えた大切なことだ」

 里のため。急に肩に伸し掛かる重圧に、鳩尾のあたりがきりきりと痛んだ。里のためなんて、自分には関係ないと思っていた。でもの忍猫と共に戦うということは、里と共に生きることなのかもしれないと初めて思った。
 私は、一人で生きてるんじゃない。

 ばあちゃんも、ずっと里のために戦ってきた。たとえ戦地に出ることがなくなったとしても。家族のことを顧みないとしても。

 ヒルゼン様はこちらを見て小さく頷いてみせた。

「さて、そうと決まれば本題じゃ。水の国は先の大戦で勢力を広げ、かつての渦の国の領土を一部取り込んでおるが、もともと島国。霧隠れの里は今も深い霧に覆われた難攻不落の要塞じゃ。安全策として、決められた時限までに澪が戻らなければ、里から逆口寄せする手筈になっておった」
「逆口寄せ……?」

 聞き慣れない言葉に眉をひそめると、自来也さんが説明してくれた。

「逆口寄せとは、口寄せ動物が契約者を逆に口寄せすることだ。契約者のチャクラを使用をするため、契約者の状態によっては危険な場合もある」
「左様。澪はすでに深手を負っておりそのまま意識を失い、今も目を覚まさぬ。だが七人衆や情報漏洩の件もある。負担をかけることは重々承知で、我々は澪へ精神介入を行った」

 精神介入。いのいちさんに視線を移すと、彼はヒルゼン様に目配せしてから話し始めた。

「澪様の記憶は断片的にしかたどることができなかった。その中で……澪様を逃がすために、忍猫が一匹、命を落とす光景が見えた」

 忍猫が? 忍刀七人衆を前にしても、時間稼ぎが可能な彼らが? 一体誰が死んだっていうの?
 衝撃に目を見開いた私の肩で、サクが小さく鳴いた。

「やっぱりそうにゃ」
「……何が?」
「嫌な予感がしたにゃ。ライがあれから戻ってきてないにゃ」

 驚いたのは私だけじゃない。ヒルゼン様も自来也さんも目を見開いて固まった。

 ライはばあちゃんが子どもの頃から一緒にいると聞いた。きっと私にとってのアイやサクのような存在だ。
 忍猫は年老いたからといって弱みを見せたりしないし、戦えなくなるくらいなら自ら姿を消すとばあちゃんから聞いたことがある。ライは五十年近く生きても、忍猫たちの中で一目置かれるほど強力な力を持っていたそうだ。

 そのライが、殺された。いざというときは、時空間忍術で飛ぶことができるのに。

 ヒルゼン様の眼差しは暗く、重々しかった。

「――ライほどの忍猫を殺せる者が、霧隠れにいるということじゃ」


***


 チョウザ先生たちはまだ話があるからと、私が先に帰された。当然、ゲンマたちはもういない。火影邸を出た私は、アイとサクの後ろを重苦しい足取りで歩いた。

 ばあちゃんは重体。ライは霧隠れで死んだ。

 私が物心ついてからばあちゃんは里を離れることはなかったし、忍猫が死ぬなんてことも知らなかった。寿命が近づけば人知れず姿を消すとは聞かされていたけど、彼らは隠密行動が得意だし、敏捷性は忍犬を圧倒するくらいだし、いざとなれば時空間忍術で飛ぶことができるので、倒されることなんてまずないと言われていた。それが他国から忍猫使いが恐れられる理由だ。一度情報を奪われたら、取り戻すことができない。

 その中でも屈指のライが殺された。アイとサクはいつもより少し静かだったけど、それでも淡泊なものだ。猫なんて、そんなものかもしれない。十年以上そばにいた仲間がいなくなっても、それまで通りの日々を送っていく。

 いや。ライはばあちゃんを庇って死んだんだ。五十年そばにいたばあちゃんのために、自分が犠牲になっても。
 ヒルゼン様も言っていた。一度認めたには、何があっても付き従うと。たとえ術者が未熟でも、次の世代を導くと。

 忍猫たちは死なないと思ってた。でも、死ぬこともあるんだ。
 私がいつまでも半人前じゃ、アイたちも危険に晒してしまうんだ。

「アイ、サク〜!!」

 思わず膝をついてふたりに飛びつくと、ふたりともシャー! と唸って後ろに跳躍した。

「お前ら、何やってんだ?」

 地面に膝をついて這いつくばる私と、毛を逆立てて唸る忍猫が二匹。
 そんな私たちを見下ろして声をかけてきたのは、買い物袋を両手に提げたオビトだった。