95.潜入


 今でも時々、母さんの墓参りに行く。

 墓参りと言うと語弊があるかもしれない。別に掃除をするでも何か供えるでもなく、ただ、足を運ぶ。母さんを偲んでいるわけでもない。恨み言を言いたいわけでもない。里の外れにあるこの場所に来ると、静かに考えに耽ることができる。ただ、それだけ。
 慰霊碑は、墓地の片隅にひっそりと建てられている。

 ガイはその前にひとりで佇んでいた。

 私たちは墓地の入口で立ち止まり、しばらく黙ってガイの背中を見守った。

「ゲンマ。私、先にガイと話して来ていい?」
「……いいけど」

 物言いたげなゲンマに小さく笑いかけて、私は墓地の中に足を踏み入れた。母さんの墓、サクモおじさんの墓、そして私の幼い頃に亡くなった父親の墓を通り抜けて、慰霊碑に近づく。
 気配に気づいて振り向いたガイの目は赤く腫れ上がっていた。

「……
「病院出るの早すぎ。探したよ」

 軽い調子で声をかけると、ガイは腕で目元を拭って前を向いた。私はその隣で足を止め、無数の名前が刻まれた石碑を見上げる。母さんの名前も父さんの名前も、ここに刻まれている。
 サクモおじさんの名前は、ない。

 彫られたばかりと思われる父親の名前を見つめながら、ガイが静かに口を開いた。

「……の両親も、確か」
「うん。二人ともいないよ。母さんは、二年前だったかな。どんな最期だったかも知らない」

 私があっけらかんとそう言うと、ガイは言葉に詰まったようだった。そんな顔しなくて、いいんだよ。私は母さんのこと、大好きとは言えなかったもの。
 ガイの潤んだ瞳を見返しながら、私は微笑んだ。

「おじさん、かっこよかったよ。めちゃくちゃかっこよかった」

 ガイは大きく身震いすると、ポロポロと涙をこぼして静かに泣き始めた。私はガイから視線を外して、また目の前の慰霊碑を見上げる。

「ガイ、昔おじさんのこと、かっこ悪いって言ったよね。今も、そう思う?」
「思わない……思わないよ……パパは……最高にかっこよかったよ……」

 パパ、か。私は思わず笑みをこぼし、ガイが顔を覆って泣きじゃくる姿を横目で眺めた。

「私もそう思う。最高のお父さんだよ」

 息子の危機に駆けつけて、笑って命を懸けるなんて。なかなか、できることじゃないよ。
 私の母さんには、絶対にできないことだよ。

 ううん。私にきっと、そんな価値を感じられなかっただけかな。

 声をあげて泣き出したガイの肩を私が撫でて宥めていると、後ろからゲンマの呼び声がした。

、ガイ!」

 振り向くと、ゲンマとチョウザ先生がこちらに向かって歩いてくるところだった。帰還した日以来、チョウザ先生に会うのは初めてだった。

「お前たち、三代目様がお呼びだ。すぐに火影邸まで来なさい」
「ヒルゼン様が?」

 まさか、ガイの処遇が決まったんだろうか。それとも七人衆の件だろうか。
 急いで涙を拭うガイの肩をもう一度叩いて、私はチョウザ先生とゲンマに駆け寄った。


***


 火影様の執務室に入るのは初めてだ。報告はいつも任務受付所で済ませるし、難しい話になると上忍が引き継いでくれる。

 少し緊張しながら中に入ると、執務室にはヒルゼン様の他、シカク先生、いのいちさん、ミナト先生に、以前母さんの病室にいた男の人がいた。
 確か名前は、自来也さんだ。第二次大戦で活躍した『三忍』の一人らしい。

 シカク班は来ていなかった。

「おう、久しぶりだのう。見込み通り、順調に成長しておるようだな」

 私を見て目を輝かせる自来也さんに気圧され、思わずゲンマの後ろに隠れる。ミナト先生が苦笑いを浮かべて自来也さんに声をかけた。

「自来也先生。が困ってますよ」
「困り顔がますます凪に似てきたのう。これは良い女になるぞ」
「自来也、戯言はそこまでじゃ。、お前たちに大切な話がある」

 ヒルゼン様がそう切り出すと、執務室の空気が一段と張り詰めた。自来也さんの軽薄な笑みも鳴りを潜め、私たちチョウザ班は横に並んで緊張しながら姿勢を正した。

 ヒルゼン様は小さく息を吐いてから私を見た。

、落ち着いて聞いてほしい。澪が深手を負って今、木の葉病院で治療を受けておる。予断を許さない状態だ。無論、面会はできぬ」

 私は驚きのあまり息を呑んだ。忍猫の口寄せに成功して初めて里に帰還したとき、ばあちゃんに会わなければと思った。家族や家への不信感が払拭できたわけじゃない。でも私は忍猫たちと共に、仲間のために戦うことを決めた。
 彼らは、個人じゃない、家の一員である私の呼びかけだからこそ応えてくれたのだ。そのことを受け入れて、それでも前に進むと決めた。それをせめて、ばあちゃんにも伝えたいと思った。

 でもチョウザ先生から聞かされたのは、ばあちゃんは里を離れているということだけだった。物心ついた頃にはばあちゃんは正規部隊を引退していたし、あくまで火影のアドバイザーとして里の中で動いていた。外に出ることなんて一度もなかった。珍しいなと思っただけだった。

 ゲンマとガイも、息を呑んで私を横目で見ているのが分かった。チョウザ先生も自来也さんもミナト先生たちもみんな、一様に私を見ていた。

 私が絞り出した声は、思うようにならずにか細く震えた。

「何で……ばあちゃんが? ばあちゃんが外に出るような仕事、これまでなかったのに」
「澪様が霧隠れに送り込んだ忍猫からの情報によると、水影の周辺でかなりきな臭い動きがあるそうだ。今は岩隠れとの戦闘を最小限に抑えることが里としては最優先。霧隠れとの衝突は可能な限り避ける必要がある。だからこそ澪様はより確かな情報を得るために単身潜入調査に向かった。お前たちが今回受けた妨害作戦も、霧の進行を遅らせるための重要な計画の一つだった」

 淡々と答えたのは自来也さんだった。私は自分が呆けたように口を開けていることに気づいて慌てて口を噤んだ。
 ばあちゃんが現場に行くことなんてないと思っていた。自分は安全地帯にいるくせにって怒鳴り散らしたかつての自分が恥ずかしかった。

「問題は、忍刀七人衆ほどの手練がなぜ国境線まで出てきていたか、だ」
「我々の推察では、こちら側の情報が漏れている。火の国の忍猫使いといえば諜報活動において五大国でもトップクラスの実力者。それが十年ぶりに出てくるとなれば当然、霧としても始末しておきたいところだろう」

 まさか。あのときばあちゃんが、本当に水の国にいたなんて。青ざめる私の傍らで、ゲンマが静かに口を開いた。

「忍刀七人衆は、確かに澪様のことを知っていました。猫使いが来ると聞いたから、俺たちが出てきたのにって」
「やはりそうか」

 ヒルゼン様は嘆息混じりに呟いて、それから徐ろにガイのほうを見た。ガイはそれまで以上に背筋をピシッと伸ばした。

「ガイ、すまなかった。お前の父親に七人衆の話を聞かれてしまったのだ。ダイはお前が心配で居ても立ってもいられなかったのだろう。私の落ち度だ。本当にすまなかった」

 ヒルゼン様が頭を下げるのを見て、ガイは言葉を失くしていた。里のトップが一介の中忍に頭を下げて詫びている。やっぱりヒルゼン様は素晴らしい里長だと思った。もちろん、ヒルゼン様以外に私は影を知らないけど。

「お前ら、七人衆が澪様に言及していたことを他の誰かに話したか?」

 いつも以上に険しい顔をしたシカク先生が聞いてくる。ゲンマがいいえと答えて、私とガイも首を振った。

「今ここで聞いたことはすべて他言無用だ。いいな?」
「……はい」

 私たちが一礼すると、またヒルゼン様が口を開いた。

「では、ゲンマとガイは下がって宜しい。は残ってくれ。アイ、サク、お前たちも頼む」
「分かってるにゃ」

 いつの間にか足元に控えていたアイとサクがのんびりと声をあげる。ガイは驚きのあまり悲鳴をあげて飛び上がった。
 ゲンマは気づいていたのか分からないけど、すぐに後ろに下がってガイの首根っこをつかんだ。

「ガイ、行くぞ。では失礼します」

 二人が執務室を去って、心許なさでいっぱいになる。

 里長に、上忍が五人。その中にたった一人残された中忍である私の肩に、まるで寄り添うように忍猫二匹が飛び乗った。