94.女


 ゲンマが朝一番の組み手の時間くらいに来たから、また修行かなと思ったら、あとでガイを迎えに行こうという提案だった。私ももちろんそのつもりだったから、二つ返事でいいよって答えた。

「朝飯? 俺にもちょうだい」
「あれ? ごはんまだなの?」
「食ってきた。でもそれ美味そう」

 ゲンマが私のお皿に載っただし巻き卵を指差す。私は唇を尖らせながらも、一個ならいいよってゲンマのほうにお皿を少し突き出した。ゲンマはすぐに指で摘んで一口で口に放り込む。それから美味しそうにゆっくり頬張った。

「美味い。やっぱお前、どんどん料理上手くなるな」
「えへへ。でしょー?」

 ゲンマに食べてもらえるのは嬉しいし、褒められるのはもっと嬉しい。多分ゲンマにはまだ敵わないけど、いつかゲンマにも負けないくらい美味しいご飯を作れるようになりたいな。

 私がだし巻きの他、おにぎりや味噌汁を口に運んでいると、ふと視線を感じて顔を上げた。食卓の向かいに座ったゲンマが、感慨深そうにじっとこちらを見ていた。

「……何?」
「いや? お前も女だったんだなと思って」

 その言葉に、私は顔から火が出そうになった。ゲンマが初経のときのことを言っていると思ったからだ。思わず上擦った声が出てしまった。

「ば、ばか! もう忘れてよ!! あのときはビックリしたし、しょうがないでしょ!!」
「何言ってんだよ。あ、生理の話か」
「うわーーーー!! もう!! 言わないでいい!! ばか!!」
「うるさいにゃ、静かにするにゃ」
「眠れないにゃ」

 いつの間にか居間の隅で丸くなっていたアイとサクが、めんどくさそうに顔を上げた。私は歯噛みしながら口を引き結び、飄々とした様子のゲンマを睨んだ。

「ばかばかばかばか、ばか。もうその話しないで。変態」
「お前が言い出したんだろうが」
「ゲンマでしょ! もう、変なこと言わないで」

 私はモヤモヤしながら急いで残りのごはんを掻き込んで、ひとまず洗い物をシンクに置いたらすぐに居間を飛び出した。あれからゲンマは何も言わないから安心してたのに、やっぱり覚えてたんだ、生理のこと。そりゃまあ、忘れはしないかもしれないけど、別に言わなくていいじゃない。意地悪。私のことなんか女と思ってないくせに。

 ゲンマは相変わらず任務のときしかベストを着ないけど、私は今日も動きやすい服の上に中忍ベストを羽織った。コマノみたいにファスナーが苦しいくらいの胸なんか当然ないけど、これでも昔に比べれば多少大きくなって、最近はブラトップに替えた。それだけでもめちゃくちゃ恥ずかしかった。
 まぁゲンマからすればきっと、コマノくらいのサイズ感がなければ胸として認識しないんだろうけど。

(……何考えてんの、私)

 ゲンマが変なこと言うからだ。私のことなんか、女と思ってないくせに。私だって、ゲンマなんか別にそういう風に思ったことない。私たちは幼なじみで、ゲンマは私にとってお兄ちゃんみたいな存在だ。たまに意地悪なことを言う、お兄ちゃん。
 でもやっぱり、そばにいると一番安心する。

 着替えを済ませて居間に戻った私がまだ頬を膨らませているのを見て、ゲンマは困ったように笑った。ゲンマに頭をくしゃくしゃと撫でられるだけで機嫌を直してしまう単純な自分に、モヤモヤすることもあるけど。
 やっぱり私は、ゲンマが好きだなと思った。もちろん、幼なじみとして、だ。

 ガイに会ったら何て言おう。私はゲンマと並んで病院に向かいながら、ドキドキと考えた。下手なことを言って、傷つけたらどうしよう。そっとしておくほうがいいかもしれない。でもやっぱり、放っておけないし、ガイのおじさんが来てくれなかったら私たちは確実に死んでた。
 何か伝えないと。私たちは仲間で、これからも一緒にやっていくんだから。

 病院のエントランスでリンのおばさんに会ったら、ガイはもう退院したあとだと聞かされた。


***


 今日はガイが退院予定の日だ。
 あいつのことだから、早めに行かないとさっさと一人で帰ってしまうかもしれない。

 朝一番にの家を訪ねると、彼女は朝食を食べていた。居間の隅では、アイとサクがゴロゴロと横になっている。忍刀七人衆を相手に風のように飛び回っていたのと同じ生き物とは到底思えなかった。今はただの猫だ。服を着た猫。ついでにアイはいびきをかいている。

 家で飯は食ってきたが、出汁の良い香りがする。味噌汁は、今日は南瓜じゃないな。は味噌汁に進んで南瓜を入れるタイプじゃない。が家に来るときは、母さんはに合わせて具は茄子に変えることが多かった。
 代わりに指をさして、だし巻きをねだった。美味い。チームメイトになってから、時々タイミングが合うとと一緒に飯を食った。一度俺の作った飯を食ってショックを受けたらしいが、絶対にゲンマに勝つといって勝手に対抗心を燃やし始めたのだ。俺は別に何でもいいが、食うたびにの手料理がどんどん美味くなるから止めはしなかった。

 三角のおにぎりを美味しそうに頬ばるの顔はどう見ても子どものそれだ。だが俺は、水の国から命からがら逃げ帰ったときのことを思い出して目を細めた。

 あのときは逃げることに必死で、とてもそんな余裕はなかったが。
 ふと振り返れば、背中に負ぶったの身体は思っているほど子どもではなかった。腕を回した彼女の腰回りの丸みや、太ももの弾力。何よりベスト越しでも分かるくらい背中に押し付けられた、二つの膨らみ。

 それほど強い主張というわけではなかったものの、彼女の身体の変化に気づくには充分すぎるほどの柔らかさだった。

 あぁ。こいつも女なんだな、と思った。

 だからどうとか、そんなことは当然ない。だ。五年以上ずっとそばにいて、苦楽も全部、の涙も痛みも全部、すぐ近くで見守ってきた。こんなにまっすぐなが、帰る場所もなくふわふわと漂って消えてしまうのが嫌で、壊れそうなときに手を伸ばして繋ぎとめてきただけのことだ。が俺にとって、妹みたいに守ってやりたい存在だということに変わりはない。
 それは、これからもきっと。

 病院に到着すると、ガイはすでに退院したあとだった。遅かった。というか、早すぎだろ。まさかもう修行を始めてるんじゃないだろうな。
 ガイの禁術使用に関するペナルティについては、知らない。すでに結論が出ているのか、まだ議論されているのか。里に戻ってからすでに二日だが、俺はチョウザ先生にもまだ会えていなかった。

 俺たちはまずガイの家に行ってみたが、いるはずがないと思った。いつもの演習場だろうと思ったが、そこにもいない。俺にはもう心当たりがなかったが、は顔を上げて夏の空を仰ぎ見た。

「ひょっとして、あそこかも」