90.錯綜
今回は、これまで任された任務の中で一番大きな作戦だった。チョウザ先生、シカク先生、いのいちさんたち上忍の指揮下で、霧隠れの補給地の妨害をすること。偵察や情報収集など補助を行う中忍は、私たちチョウザ班の他、シカク班の計六人。私たちはこれまで合同で任務をこなすこともあったし、連携しやすいという理由から選ばれた。
補給地を潰すことができれば、霧隠れの部隊の進行を遅らせることができる。つまり、拠点を守る敵側の警戒も厳しいことが予想された。
やれるだろうか。前回の霧隠れとの交戦から、一か月も経っていない。思わず手が震えたけど、私は深呼吸して気持ちを落ち着けた。やらなきゃ。敵の進行を遅らせることで、味方の準備時間をそれだけ確保することができる。
こんなことで、戦争が終わるわけじゃないのに。
ダメだ、こんなこと考えてたら。作戦の一つ一つが、今すぐ終戦に繋がらなくても、いつか必ずまた話し合いのテーブルにつくことができる。
私は家族と話し合うことも、できないのに。
国境線の近くまで来たところで、私たちは改めて作戦の確認をした。チョウザ先生たち上忍の担当は補給基地そのものの破壊。私たち中忍は、偵察や情報収集、周辺の敵の動向監視。
アスマたちシカク班は補給地周辺の情報収集、私たちチョウザ班は周辺の警備状況や増援の有無などの把握。合流地点では、情報共有のためにいのいちさんが待機。
「帰ったら、またみんなで甘味屋にでも行きましょう」
軽くウィンクしながら紅が微笑んだ。私は自分の顔が強張っていたことに気づいて、思わず笑ってしまった。すごいな、紅は。中忍になったのは同じタイミングなのに、明るく振る舞ってる。
「うん、みんなで行こうね」
私はちらりと横目でゲンマを見た。成功させて、絶対にまた里に帰る。ゲンマと、ガイと、仲間たちと一緒に必ず無事に帰る。
たとえ敵を殺すことになったとしても、絶対に生き延びてやる。
「そんじゃ、作戦開始だ」
シカク先生の一声で、私たちは散った。
***
チョウザ先生たちと別れて、私たちは座標を確認しながら指定のエリアへと向かった。すでに水の国に入っているため、慎重に周囲を警戒しながら進む。先月霧隠れの忍びと交戦になったのはぎりぎり火の国の領内だ。初めて国境線を越え、肌を刺すような緊張感に身がすくんだ。次第に木々が生い茂り、冷たい霧も深くなる。
「ガイ、少しペースを落とせ」
先頭をひた走るガイにゲンマが小さく声をかけた。私は最後尾で後方の警戒、ゲンマは異変に気づいたらすぐ私たちに指示を出せるように中央の配置。ガイが少し速度を落としたので、私は引き続き担当範囲の気配に意識を戻した。
辺りは静まり返っていて、ただ風が木々の間を抜ける音だけが耳に入ってくる。異常はない。そう思いながらも、何かが頭の片隅に引っかかる。
「何か……変じゃない?」
私のつぶやきに、ゲンマが首だけで振り向いた。中忍になって戦場での任務が増えてから、私は時々口では説明できないような感覚を覚えるようになった。もちろん毎回ではないし、私に感知能力なんかない。だから誰にも言ってこなかったけど、ゲンマのおじさんに母さんの話を聞いてから――もしかして、とは思っていた。
忍猫には柔軟性や俊敏性などの他、第六感が優れている者も多い。忍猫の信頼を得た忍猫使いは徐々に彼らの能力の一部を手に入れるとばあちゃんから聞かされてきたが、もしかしたらは生まれたときから彼らと共に過ごすことで、何かしらの影響は受けているのかもしれない。
母さんも、仲間の危機を素早く察知する力があったと、ゲンマのおじさんが言っていた。
「ガイ、止まれ」
もしかして、と思ってから一度ゲンマにその話はしていたから、ゲンマはその場で停止の指示を出してくれた。思い過ごしならそれでいい。敵地にいる以上、警戒してしすぎることはない。
私たちは足を止め、周囲に意識を集中させた。徐々に不安が高まり動悸が速まっていく中、目を凝らして視界の隅々まで確認する。
すると、突然。風の流れが変わるのが分かった。これまでに感じたことのない重い空気が立ち込め、ゲンマやガイも神妙な面持ちで周囲を見渡す。
「おい、話と違うぞ。ただのガキじゃねぇか」
霧の中から現れた複数の人影に、私たちは息を呑んで立ち尽くす。
姿を見せたのは、長大な刀を携えた強面の男たちだった。
***
私たちの任務は、補給地周辺の警備状況の把握。もちろん補給地付近の警戒が厳しいであろうことは容易に想像できたし、そのための偵察であり小隊での移動だ。
それなのに、男たちは待ち構えたように私たちの前に姿を現した。彼らはみな霧隠れの額当てを身に着け、長大な刀を携えた大人の男たち――一目見ただけで、これまで対峙したどんな忍びたちよりも強大な相手だと分かった。相対しただけで、背筋が凍りつくようだった。
「まさか……忍刀、七人衆?」
思わず口にした私の言葉に、霧隠れの男の一人が冷酷な笑みを浮かべながら片眉を上げた。
「へぇ。俺たちも有名になったもんだな。他国のガキにまで知られてるとは」
「そういうお前らは……ただのガキみたいだな」
「おかしいわね。確か情報では、猫使いのババアが来てるって話だったけど」
敵の一人が怪訝そうに首を傾げるのを見て、私はハッと目を見開いた。他国に知られた火の国の猫使いなんて、一人しかいない。
ゲンマもガイも、敵の正体を知って固まったようだった。中忍になって戦地に赴くようになってから、他国の強力な忍びについてはそれまで以上に知識を得るようになった。霧隠れで最も知られた残忍な忍刀使い――それが、目の前の七人。
他の男が嘲笑うように鼻を鳴らした。
「だから言っただろ。今さらあのババアが出てくるわけねぇってな。おかしいと思ったんだよ」
「たかがガキ三匹に、俺たちが出張る必要もなかったな」
七人衆は当然ながら、私たち三人を見渡して悠然と構えている。一方、私たちはそれぞれの武器を手に、一瞬でも隙ができないかを窺った。上忍クラスを遥かに超える七人衆を相手に、勝てるはずがない。補給地も近い、今回の作戦は失敗だ。早くチョウザ先生たちに知らせて退かないと。
だがもちろん、こちらは中忍三人に、相手は上忍クラス七人。隙さえ見せてくれるはずがない。
「何だって七人衆が……猫使いって、まさかのおばあちゃんの……」
「ガイ! 余計な情報を渡すな」
私を横目に見てそう漏らしたガイを、ゲンマが低い声で遮った。だがもう遅い。七人衆たちはニヤリと残忍に笑った。
「へぇ、いいことを聞いたな。そっちのお嬢ちゃんは、あの猫使いの孫ってわけか」
「そりゃあいい。いずれ邪魔者になる前に、その芽は摘んでおかねぇとな」
敵の関心が私に集中するのを察して、ゲンマが半歩前に出る。私は跳ね上がる心臓を鷲掴みにされるような恐怖に襲われながらも、手にしたクナイを握って顔を上げた。
私のせいだ。何らかの情報が錯綜し、彼らはばあちゃんを狙って私たちを待ち構えていた。そして今、忍猫使いの血を引く私を標的にしている。
ばあちゃんは忍猫を使った偵察任務が得意で、情報は外交において何よりも重視される。敵国から真っ先に狙われても不思議じゃない。
私のせいで、ゲンマたちを危険に晒した。今回の作戦も、七人衆に見つかった時点で失敗だ。それくらいの判断、私にだってできる。
「ゲンマ……少しでも隙ができたらガイと二人で逃げて。早くいのいちさんにこの情報を」
「バカか。お前一人で何ができる。死ぬぞ」
「三人で残ったってどうせ死ぬ。誰か一人でも……」
死にたくないし、きっと、七人衆なんて手傷を負わせることもできやしない。だったらせめて、ほんの一瞬でいい、少しでも時間を稼ぐ。一人でも多く、無事に帰還できるように。今の私にできることは、それしかないから。
ごめん、紅。でも、私が狙われてるんだから、私がやるしかないんだ。
「――作戦会議はもういいか? 猫使いはもちろん、誰一人、帰しはしねぇぞ」
「俺たちも舐められたもんだな」
やれる気はしない。でも、やるしかない。
後ろ手に忍具ポーチを探りながら、きつく唇を噛む。お前らが死んだら墓穴くらい掘ってやると笑ってみせた忍猫の姿を思い出した。
ねぇ、どうせどこかで見てるんでしょう? この状況でも、助けてくれないの?
一か八か、口寄せをやるか。いや、失敗したときのリスクが大きすぎる。その一瞬で、全員が死ぬ。
やっぱり、これしかない。
忍具ポーチの中の起爆札に触れた私の横を、一瞬で爆風が通り抜けた。何事かと目を凝らすと、つい先ほどまで誰もいなかった場所に、青白い光に包まれた男の背中が見えた。
「何とか間に合ったようだな」
何が起こったか、分からなかった。
私たちの目の前に突如として現れたのは、下忍であるはずのガイの父親だったのだから。