86.通過


 まさかゲンマに初めて生理がきたことを打ち明ける羽目になるなんて。恥ずかしすぎてつらい。

 でもあの場面では、本当のことを言わないとゲンマの追及が終わりそうになかった。血の臭いもバレたし、私の様子が前からおかしかったこともバレてたし、放っておいたら身体中調べられるんじゃないかってくらい詰め寄られそうになった。ゲンマは私のことなんか女と思ってないから、それくらいやりかねない。
 実際、死に物狂いで「生理が来た」と口にしたとき、ゲンマは言っている意味が分からなかったみたいで「整理? 何を?」とか素でボケた。

「ばか! ばかばかばか、ばか! 生理! 血が出たの! 初めて! 血が出たの! ばか!!」

 知識がないわけがないと思うから、頭の中の知識と、目の前の私とが全く結びつかなかったらしい。ゲンマはしばらく穴が空くほど私を見つめたあと、困惑した様子でちょっと目を泳がせた。

「あー、そう、か……悪い、俺、全然気づかなかった」
「……気づくほうが怖い。ううん、ごめん、私もテンパってて……ぼーっとしちゃって迷惑かけたのはほんとだし、私が悪いし」
「あー……その、大丈夫か? 必要なものとか」
「それは、ほんとに大丈夫。急にこういうこと起きたときのために、くノ一なら、準備はしてます……」
「そっか……初めてなら、分かるわけないよな。俺、きつく言い過ぎたかも……ごめんな」
「ゲンマが謝ることじゃないよ! 任務にそんなの関係ないし……う、お腹痛い……」
「大丈夫かよ」

 お腹を抱えてうずくまる私の背中を、ゲンマはしばらく黙って擦ってくれた。すごく安心したけど、すごく恥ずかしかった。状況が状況とはいえ、異性のゲンマに言うことじゃなかった。でも後悔したってもう遅い。

 ガイには腹痛とだけ伝えて、ゲンマは里までの帰路を少しペースダウンして進んでくれた。痛み止めがあるから大丈夫と言ったのに、今は無理しなくていいって言ってくれた。
 安心するけど、情けなかった。初めてのことで自分でもびっくりしたしショックを受けたけど、そんなことは言い訳にもならない。ゲンマの言う通りだ。私が運んだのは、ただの荷物じゃなかったのに。

 里に戻った日は、報告をあげてからすぐに帰宅して横になった。冬じゃなくて良かった。冷えるとさらに痛みがひどいって聞いた。アカデミーのくノ一クラスで基本的な知識は教わったけど、あれからもう何年も経つ。いつ来るかなんて分からないし、ポーチに最低限の備えはしてあるけど、やっぱり実際に来るとびっくりするな。

 生理は体調に直結するし、ストレスで負荷も大きくなる。くノ一にとって対策すべき重大な問題だ。周期をコントロールし、痛みを軽減する薬は病院で処方してもらえると習った。
 痛み止めくらいなら薬局で買えるけど、任務中に血が出るとしたら、事前にいつまで続くかとか把握できてるほうが絶対にいい。

 やっぱり、病院に行くのがいいかも。

 ばあちゃんには相談したくない。かといって、リンや紅とか同期に聞くのも気が引ける。ゲンマのおばさんも考えたけど、やっぱり曲がりなりにも異性であるゲンマのお母さんだと思ったら、気恥ずかしくて言えそうになかった。

 そうなったら、頼れそうな大人は一人しかいなかった。

「おばさん……忙しいのにごめん」

 私が訪ねたのは、木の葉病院に勤めるリンのお母さんだった。


***


 事務仕事をしているリンのおばさんに医療部の人を紹介されて、私は無事に薬を処方してもらえた。薬だけでなく、忍びとしてやっていく上での身体や心との付き合い方、男社会で生き抜くくノ一としての在り方など。
 アカデミーのくノ一クラスで一通りは教わった気がするけど、こうして一つの区切りを迎えて改めて聞かされると、実感が全く違った。大きく息をつく私に、担当の女性はニコリと微笑んで言ってくる。

「来てくれて良かったわ。誰にも相談しないで抱え込んで任務に集中できないって子が、毎年一定数いるのよね。突然のことでびっくりしたでしょ? しっかり処理して病院まで来てくれて、あなたは立派よ」
「いえ……もうパニックで。ぼーっとして任務でもやらかしちゃうし、仲間にも心配かけるし、情けなくて……」
「そんなの当たり前よ。命に関わる場面じゃなくて良かったわ。いきなり股から血ぃ出すなんて男じゃ耐えられないわよ。起きたことは起きたこと。これからは対策を立てて任務に当たればいいだけ。心配しないで、あなたなら大丈夫よ」

 医療部の人の温かい言葉がじんわりと胸に沁みた。放っておいたら駄目だって、思い切って病院に来て良かった。薬で管理できるところは管理して、それでも対応できないときは仲間に頼る。さすがにまたあんなことが予測不能なところで起きたら、一人で対応できない。

 出血は二日で落ち着いた。医療部のくノ一の話だと、本当の初経はもっと微量のことが多いから、気が付かないうちに最初の出血は終わっていた可能性があるそうだ。恐らく自分で気がついたときは、もう二日目か三日目。里を出て補給地まで五日だったから、移動に集中していて気が付かなかった可能性は充分にある。

「だるい〜アイ、もっとこっち〜」
「にゃ! やめるにゃ!」

 居間で丸くなっていたアイに飛びつきながら横たわると、するりと抜け出されて頭に軽くパンチを食らう。寝転がったまま頬を膨らませて拗ねていると、今度はサクがやって来て、わざわざ私のお腹を踏んでいった。優しさなんか期待してないけど、普通に痛い。
 アイとサクとはずっとこんな感じだ。気がつけばそばにいるけど、こちらから絡みに行くとかわされて、向こうの気が向いたときだけ気まぐれに手を貸してくれる。当てにしたら、痛い目を見る。

 時々、ひっそりと口寄せの印を結んでみるけど、やっぱりうんともすんとも答えない。
 本当に、私に彼らを呼び出せる日なんて来るんだろうか。

、大丈夫か?」
「うん、もう平気。薬ももらったし、心配しなくていいよ。ありがとう」

 あの任務から戻ってから、ゲンマはしばらく気を遣ってくれたけど、私がいつも通りに戻って、もうあの件には触れてほしくないという空気を出すと、それからは取り立てて何も言ってこなくなった。変に気を回されるよりいいから、ありがたかった。
 ゲンマはそういう気配りが上手い。打ち明けたのがゲンマで良かった。

 それから数か月が経ち、少しずつ戦地の後方支援も難しい任務を任されるようになり、私たちは他国の忍びと交戦することも増えていった。