84.ベスト
翌年、十一歳の夏。三度目の正直とばかりに、私はようやく中忍試験に合格した。
これまでの反省を活かして、距離を取りつつ仮説を立てて検証、限られた武器で確実に敵のスタミナを削って最後に大技で仕留める。上手くいったのは運もあったものの、この一年で会得した風遁・真空玉をタイミングよく当てることができ、私は上級生を相手に余力を残して勝利した。観戦に来ていたアスマも褒めてくれた。
同じタイミングで、ガイと紅も中忍に昇格した。同期が三人も同時に昇格するのは珍しいらしい。私たち三人は同じチームを組んでいたし、これでチョウザ班とシカク班は全員中忍になった。
額当てをもらったときよりも、中忍ベストを手にしたときのほうが、もっとずっと嬉しかった。
アカデミーの卒業試験は、正直まったく難しくなかった。チーム編成にハラハラはしたけど、結局二人ともよく知っている相手だったし、額当てをもらったときは一つの区切りというだけの認識だった。
あのあとすぐに忍猫との契約や家の使命など重い話が続いて、額当てをもらったことへの感慨などほとんど覚えていない。
でも、今。初めての中忍試験から、仲間と共に踏ん張ってきたこの二年がある。振り返り、反省を活かし、次に繋げる。その繰り返しで、ようやく手にしたベストだ。
ものすごく誇らしかった。
その誇りに水を差したのは、やっぱりばあちゃんだ。
結果発表の夜に帰宅したばあちゃんは、私を居間に呼んで、机にかんざしを一つ置いた。濃い紫の棒部分は一般的なものより少し短めで、控えめな装飾には銀細工の花があしらえてある。
ばあちゃんが、頭の上で一つにまとめている髷にいつも差しているかんざしだった。
「中忍になってようやく一人前だ。お前にこれを託す。が代々受け継いできたかんざしだ。戦闘時にも使えるよう、私が改良した」
そう言って、ばあちゃんは手にしたかんざしから装飾部分を引き抜いた。中から現れたのは、数本の千本だ。私はかつてヒルゼン様から贈られた千本を部屋の引き出しに封印してあることを思い出した。
「戦争が続き、かつての私は祈りよりも戦うことが優先されるべきだと考えた。母は私を理解しなかったが、目指すものは同じだ。平和な世界を作りたい。この藤の花を身にまとい、私は戦い続けてきた。結果は見ての通りだ。世界は争い続けている」
「……世界が争ってるんじゃない。争ってるのは忍びでしょう。忍びなんかいなければ、戦争は終わるんじゃないの?」
「そう思うか?」
かんざしを元に戻しながら、ばあちゃんは眉をひそめた。小さく息を吐いて、続ける。
「忍びがいなくなったとして、また別の人間同士が争うようになる。戦争はなくならない」
「……平和なんか絶対に来ないって言ってるの?」
「違う。事はそう単純ではないと言ってるんだ。忍びさえいなくなればすべて解決する――そんな短絡的な考えでは何も変わらない」
「じゃあ、どうすりゃいいのよ!」
人には訳知り顔で説教するくせに、何も成し遂げてなんかいないじゃないか。
もどかしさに声を荒げたけど、ばあちゃんは淡々と口を開く。
「人に答えを求めるな。自分で見つけるしかないんだ。正しい答えがあるのなら、世界は争ってなどいない」
そしてかんざしを指でこちらに押しやり、静かに立ち上がった。
「次代としての誇りを持ち、戦場に立て。里を守ることが仲間を守ることになる。里がなければ平和もない」
「……私は、里のために努力してきたんじゃない。仲間のためにここまで頑張ってきた。たとえ任務が失敗したとしても、目の前の仲間を選ぶ」
私が誰を思い浮かべて言っているか、ばあちゃんなら分かるだろう。
でもばあちゃんは、顔色一つ変えなかった。
「それが本当に仲間のためになるか、よく、考えろ」
足元に控えていた忍猫たちと一緒に、ばあちゃんは居間を出ていった。相変わらず隅で丸くなっているアイとサクは尻尾も動かさない。静まり返った部屋の中、私は渡されたかんざしを手に取り、きつく握りしめた。
叩きつけようと思ったけど、それは、どうしてもできなかった。
***
中忍になって二か月くらいは、他のチームの小隊長を務めることが多かった。ミナト先生とカカシ不在のミナト班や、これまで全く関わりのなかったチーム。今年もまた中忍試験に落ちたトンボとカザミの上に就かなければならなくなったときは、めちゃくちゃやりづらかった。
耐えろ。こんなこと、これからいくらだってあるだろうから。
ゲンマやガイは任務の日しか中忍ベストを着なかったけど、私は修行のときも身につけるようにした。これは私にとって、仲間との絆の証だ。
それに結構、胸元の収納が便利だ。
「ゲンマももっとベスト使えばいいのに」
「うるせぇ。俺の好みじゃない」
好みって。まぁ、ゲンマってこだわりなさそうに見えて実はめちゃくちゃ強いけど。額当てだって、こんな結び方してるのゲンマくらいだよ。
「それ言うなら私だって別に好みじゃないけど。いいじゃん、便利だよ」
「ま、お前はベストでも全然困んねぇよな。コマノなんかベスト着たらしんどいってよ。お前は胸なんかあってないようなもんだもんな」
「むっ……」
ゲンマがいきなり胸とか言い出したからびっくりした。思わずベストの胸元を隠したら、ゲンマは咥えた千本を揺らして小さく吹き出した。
「ないもん隠してどうすんだよ」
「ゲ、ゲンマ、そんなとこ見てんの?」
「アホ。お前みたいなガキのまな板なんか興味あるかよ。心配すんな」
ゲンマがそんなこと言うのは初めてで、私はびっくりして思わず後ずさった。
そういえば、ゲンマと同じ年に中忍に昇格して、ゲンマやライドウと組むことの多いコマノは顔立ちもキレイだし、何と言っても胸が大きい。元々ゲンマの同級生だったらしいけど、一年飛び級して卒業したそうだ。
「……ゲンマ、コマノのことそういう風に見てるんだ」
「は? 何だよ、デカい胸が目の前にありゃそりゃ目が行くだろ」
「開き直ってる! やだ、ゲンマ、やらしい!」
「お前な……男に夢見てんな。男なんかそんなもんだよ。心配しなくても、お前をそんな目で見たことは一回もない」
そんな目で見られるのも嫌だけど、一回もそんな目で見たことないと言われるのもちょっと複雑。
いや、別にいいんだけど。私だってゲンマなんかそんな風に思ったことないし。私は恋愛なんか、絶対にしないし。
「とにかく、強制じゃねぇんだからベスト着る着ないは俺の自由だろ。口うるさく言うな」
「むー……」
ベスト姿のゲンマ、けっこう好きなんだけどな。
頬を膨らませながらも、私はそれ以上ベストの話をするのはやめにした。それよりゲンマがコマノを好きかもしれないことのほうが興味を引かれて、根掘り葉掘り聞いてしまう。
でも結局、「胸が大きいから揺れると目立って目が行く」以上の情報は得られず、ゲンマも男の人だったんだなというそれだけの結論に至った。それにまぁ、私だって視界で揺れてるものがあれば一瞬見ちゃうもんね。
でももしゲンマに好きな人ができたら、応援したいな。大好きな優しいゲンマには、幸せになってほしいもん。
横からニヤニヤ覗き込む私の頬を、ゲンマが無遠慮につまむ。私は反射的に怒鳴ったけど、やっぱりゲンマといるのは楽しくてすぐに声をあげて笑った。ゲンマも笑って、並んで家路を歩く。
このままずっと一緒にいられたらいいなって、また噛み締めるように、思った。