83.形見
ミナト班と同じ任務になることはあまりなかったけど、私はカカシを見かけると必ず声をかけるようになった。今は里周辺の任務がほとんどだから、前より遭遇率は高い。カカシは中忍だから時々ミナト先生と一緒に他のチームと組んで戦地に行く任務もあるらしいけど、基本的にはリンたちとCやDランクが多い。ミナト先生とカカシが抜けるときは、私たちチョウザ班がリンやオビトと組むこともあった。
「もガイも、めげないね」
ゲンマを隊長として、私、ガイ、そしてリン、オビトの五人でDランク任務を終えた帰り道。みんなで馴染みの甘味屋に寄ったとき、リンが感心したように言った。
「何が?」
「カカシのこと」
「あぁ……」
ガイは相変わらずカカシに勝負をふっかけているし、私はどれだけ無視されて逃げられても声をかけるようになった。今思えば、ガイの図太さをずっと間近で見てきたから、そのことも私の背中を押してくれた気がする。ガイのパワフルさは、やっぱり元気や勇気をくれる。
カカシは私のことは無視するけど、ガイの勝負には渋々といった様子で応じることが多い。余計なことを考えずに済むガイとの純粋な対決は、カカシにとって数少ない安らげる時間なのかもしれない。
「カカシは最近どう?」
「どうも何も、も見ての通りだよ。チームワークも何もあったもんじゃない」
「そっか……」
オビトが額のゴーグルを直しながら息巻くので、私は嘆息混じりにつぶやいた。
ミナト班が結成されて約半年。まぁ、半年なんて私たちだってまだうまく噛み合ってなかった時期だよな、多分。特にガイとの連携。
チョウザ班に配属されて、二年半か。あっという間だったな。ちらりと横目で見ると、ガイが昨日の修行のフォーメーションについて意気揚々と意見するのに、ゲンマがお団子の串を咥えながら淡々と応じている。
色んなことがあったけど、やっぱり私はこのチームで良かった。ガイのことが好きかと聞かれたら今もちょっと考えるけど、それでも彼の前向きさや元気が私にとって刺激になるのは事実だ。それは私にもゲンマにもないものだから。
「そういえばオビト、最近どうしたの? 目の調子でも悪いの?」
頻繁に目薬をさしているオビトに問いかけると、代わりにリンがにこやかに微笑んで答えた。
「オビトはいつ写輪眼が開眼してもいいようにケアしてるんだよね」
「リ、リンっ! 言わなくていいよ!」
オビトが赤くなって慌てて遮る。私はその横顔を思わずじっと見つめた。
私たちに近い代のうちはと言えばオビトくらいなので、直接よく知っているのは彼くらいだ。うちはは警務部をまとめているから任務でお世話になることもほぼないし、祈りの一族だったが良く思われていないことだって知ってる。うちは御用達の忍具店にいる忍猫たちが、の忍猫たちと犬猿の仲だってことも知ってる。だから私たちが、決して相容れないだろうなということも。
そしてうちはの血継限界である写輪眼が、眼球のケアくらいで開眼することなんかないってことも。
「……気休め?」
「うるさいなっ!!」
オビトが血相を変えて怒鳴るのを軽く笑ってかわしながら、私は残りのお団子を口に運んだ。
オビトはアカデミーを卒業してまだ半年だ。いつか一族の力が自分にも花開くことを夢見るのは当たり前だ。私だって当然、アイやサクたちと一緒に忍びになることを疑わなかった。
でも未だ、彼らはふと気まぐれのように現れて、気まぐれのように少しだけ手を出して去っていく。そんなことがほとんどだ。この前のCランク任務では、捜索対象のにおいがあっちからする、とアイが漏らしたので範囲を広げてみれば、アイの言葉通りの方角から見つかった。もちろん、たんまりおやつを要求された。
「まぁ、期待しすぎないほうがいいよ。開眼しなかった人もいるんでしょ?」
「それは、そうだけど……」
「そんな不確かなものに頼らなくても、できることはあるよ。そっちを磨くほうが大事」
「、カカシみたいなこと言うね」
リンがそう言って穏やかに微笑むと、オビトは分かりやすく顔をしかめて首を振った。
「あいつはこんなに優しくない。あいつの言葉にはトゲどころか毒しかない」
「でも言ってることはと同じでしょ?」
「あいつに言われても聞く気になんないよ」
「じゃあに言われたからもう聞けるね」
「んんん……」
苦虫を噛み潰したような顔をしながらも黙り込むオビトを見て、私は小さく笑った。相変わらずオビトはリンに弱いんだな。
二人のやりとりを見て微笑みながらも、私の頭の中にはカカシの顔が浮かんでいた。眉間にしわを寄せ、険しい表情をしてこちらからすぐに目を逸らすカカシの横顔が。
私に笑ってくれなくてもいいから。
絶対に、仲間のところに戻ってきてね。
***
苛々する。俺のことなんて、何も知らないくせに。俺の気持ちなんて、分かるはずないくせに。
今さらオビトやリンと同じチームになっただけでも腹が立つのに、あいつはまたしつこく声をかけてくるようになった。あいつは父さんを慕っていた。だがそんなもの、俺の気持ちに比べれば――。
『サクモおじさんがしたことは間違ってるって、私は思わない』
お前に何が分かる。
正しいことをしたなら、どうして死ぬ必要があったんだ。
背中に背負ったチャクラ刀に触れながら、口布の下できつく唇を噛む。これはあの日、澪様に手渡されたものだ。検死を終えた父が家に戻ってきた日、澪様はこれを俺の前に差し出して、徐ろに口を開いた。
「サクモの形見だ。お前ならきっといつか、あいつ以上に使いこなすことができるだろう」
周囲からの期待。里から求められる理想像。そんなものはもう、どうでもいい。
無感動に父の短刀を受け取る俺を見て、澪様は厳しい面持ちで目を細めた。
「……お前はサクモのしたことを、どう考えているんだ?」
目を閉じ、脳裏に浮かぶ父の姿を思い起こす。優しくも厳しい父だった。
あいつはきっと、父さんの優しい顔しか知らない。あいつは俺の――父さんの、どうせたったの一部分しか知らない。それなのに、知ったような口を利くのが許せない。
瞼を開いて、決然と澪様の瞳を見つめ返す。この人は、父が生前慕っていた忍びだ。
「俺が証明してみせますよ。父は、間違っていたと」
澪様は何も言わなかった。ただ苦々しげに目を細めて、視線を落とした。
あの日からずっと、俺は自分に立てた誓いを胸に突き進んできた。
父さんのしたことは間違ってる。の言うことは間違ってる。俺はそれを証明したい。
後から気づいたってもう、取り返しはつかないのだから。