80.澪
任務から戻ってきたおじさんは、客間にいる私を訪ねてきて少し話そうと言った。私はちょっと緊張しておじさんと向かい合った。おじさんは任務で家にいないことも多いし、食事以外だと、改まって話をするのは初めてかもしれない。
「、澪様と少し話してきたよ。君のことを心配しておられた」
「……嘘だよ。もし心配してたんだったら、私のことじゃなくて周りの目じゃないの?」
「まぁまず話を聞いてくれないか。心配、にも色々な形がある」
おじさんはそう言って足を少し組み直した。その動かし方がちょっとゲンマに似ていて、私は少し頬が緩んだ。
「澪様は君のことをとても心配しておられるよ。君に強い忍びになってほしいと願い、俺たちが君に干渉しすぎることを心配しておられる」
「……おじさんやおばさんがってこと? おじさんにそんなこと言ったの?」
「まぁ、今回はゲンマが君を無理に引っ張ってきたって聞いた。確かにそれは少し強引だったかもしれないな」
「だってそれは……私が頑固だから……」
「自覚があるならいい。君も凪も、少し繊細すぎるところがあるからな」
おじさんの口から母さんの名前が出るのは初めてだ。驚く私に、おじさんは少し目を細めた。ゲンマによく似た、鋭いけど優しい目。
「凪と親しかったわけじゃないよ。何度か同じ任務についたことがあるだけだ。だが直感が鋭く、感知タイプではなかったが、味方の危機を素早く察知して得意の幻術で時間を稼ぐ――そういう戦い方をする人だった」
そういえば、母さんが幻術が得意だって話はサクモおじさんから聞いたことがある。幻術特化型は戦闘能力が低いから基本的に前衛に出ることはない。そんな母さんが前に出れば、あんな戦い方をするなと釘を差されても仕方ないだろう。
「俺は澪様を尊敬しているよ。戦いに明け暮れる中で、若い頃の俺はいつも迷っていた。目の前で味方が傷つき、死んでいくのに、何のために生きているのかいつも悩んでいた。だがあの頃は澪様もまだ戦場に出ていらしたし、若い俺たちを鼓舞してくださった。お前たちはただの道具なのか、大切な者が里で待ってるんじゃないのか。何のために戦ってるのか、それを忘れるんじゃない、とね。あれからずっと、俺の中には澪様の言葉が生きている。だからここまで自分を見失わずに戦い、この家に戻ってこられている」
いつもゲンマが止めてくれていたからか、おじさんは私にばあちゃんの話をしたことはほとんどなかった。でも今、おじさんが本心からばあちゃんを尊敬しているのが伝わってきた。
でも私にとって、おじさんの語る澪と、私の中のばあちゃんとが一致しない。家族を蔑ろにしても、守らなければならない平和なんて要らないって思ってしまう。
それは私がまだ、戦争を知らない子どもだからだろうか。
それとも母さんも、同じように思ったりしたのかな。今となっては、それも分からないけど。
「とはいえ、君にとっての家族が、心安らぐ存在とは言い難いことは俺だって分かっているつもりだ。澪様は少し、変わられた気がする。第二次大戦の終盤に払った犠牲があまりに大きく、ようやく終戦を迎えたと思ったのに、二年余りでまた戦争が始まった。家の掲げる『平和』という使命は、あまりに重すぎる。また戦争を止められなかったことに、澪様の心も揺らいでしまったのかもしれない」
家の使命。どうしておじさんが知ってるんだろう。目を見開く私に、おじさんは淡々と言ってくる。
「木の葉の歴史を知る人間ならそれくらいのことは知っているよ。はもともと平和のために祈りを重視してきた一族だ。だが澪様は力も必要だとして、家が代々続けてきた神事を捨て、里を守るためにずっと戦ってこられた。それでも未だ、平和を成せていない。君に強くあってほしいと願うのも、君が希望の光だからだろうな」
「……そんなの。勝手に期待されたって、こんなに放ったらかしにされて、家のために、里のために何かしたいなんて思えないよ。分かんないよ、そんなの……ばあちゃんが伝統を捨ててまで平和を達成しようとしたのにずっと無理だったこと、私に何かできるわけないじゃん……」
はもともと巫女の家系で、木の葉に移り住むまで忍びではなかったらしい。それでも最初は里のために舞い、人々のために祈りを捧げていた。でもばあちゃんの代になったとき、ばあちゃんは神事を捨て、完全に忍びの道を歩き始めた。それがばあちゃんの答えだ。平和のためには力が必要だって。
でも、その道を選んだ結果が今の戦争だ。
祈りも力も、平和は生み出さない。
俯いて唇を噛む私の頭を、おじさんがそっと撫でた。ゲンマみたいに優しかった。
「君はまだ子どもで、全て背負う必要はないし、これから多くの経験を経て君なりの答えを探していくだろう。大人になるまでの間、子どもには安心して帰れる場所が必要だと俺は思っている。下忍だろうが中忍だろうが、一人の人間としてね。ゲンマが君を妹のように大事に思っている以上、俺たちにとっても君は家族と同じだ。それはこれからも変わらない。帰りたいと思える場所がないと感じるなら、いつでもここに来るといい。澪様だってそれを止める権利はないよ。誰でも、安心して帰れる場所が必要だ」
おじさんの優しい言葉に、鼻の奥がツンとして涙が込み上げてきた。不知火の人たちは、本当に温かい。おじさんはばあちゃんや母さんのことを知っていてもなお、それでもここにいていいと言ってくれた。
いつまでも甘えてちゃいけない。でも、今はここにいたい。
母さんが死んで、ばあちゃんにも撥ね付けられて、私はもう家に帰りたくない。
あんな冷たい家には戻りたくない。そのことを初めて、痛烈に実感した。
快活に笑うばあちゃんと過ごしたあの頃の家は、もうどこにもない。
「おじさん……私、まだここにいたい……おじさんとおばさんと、ゲンマと一緒にいたい……」
「ん。分かった。だが俺もゲンマもいつまでも家にはいられないし、中忍試験もあるからな。しっかり準備して臨みなさい」
「……うん。分かってる」
絶対に勝つ。ばあちゃんのためじゃない。この家の人たちのために。不知火が甘やかすせいだって言わせないために。
おじさんはそのあと、将棋にも付き合ってくれた。ゲンマなんか目じゃないくらいめちゃくちゃ強くて瞬殺された。おじさんはおじさんで大人げないなってくらい楽しそうに笑って、その笑い方がやっぱりゲンマにそっくりで私もつられて笑ってしまった。
この家にいると、自然に笑顔になれる。
大丈夫だ。私はまた、前を向ける。