74.利害
母さんはしばらく入院したあと、半月くらい自宅療養してからまた戦場に出ていった。私も任務や修行があったし、ほとんど顔は合わせなかったけど、居間でばったり鉢合わせたとき、母さんが口にしたのはまたゲンマのことだった。
「今日も不知火くんと一緒なの?」
「……ゲンマは別の任務だよ。何で?」
「いいえ……不知火くんって、ずいぶんしっかりしてるわね」
母さんがゲンマについて何か意見を言うのは初めてだった。かといって特に表情が変わったわけではない。いつものぼんやりした眼差しを、私ではなくどこかへ向けている。
私も母さんからそっと目を逸らして口を開いた。
「うん……ゲンマは昔からしっかりしてて、色んなこと教えてくれるよ。強くて優しいし、すごくあったかい人だよ」
「……そう。でも、あまり頼りすぎないことよ。誰かに寄りかかってしまうと、いざというときにつらい思いをするのは自分だから」
珍しく話しかけてきたと思えば、私がゲンマと親しくするのが気に入らないんだろうか。仲間を軽く見るような戦い方をする母さんに、そんなこと言われなくない。
私が思わず顔をしかめると、母さんは静かに言葉を続けた。
「もちろん、信頼できる人がそばにいるのは素敵なことよ。でも、信頼する相手ほど、時には距離を置かないといけないこともあるの」
「……分かんないよ。大事な仲間なのに、何で離れないといけないの?」
「そうね、今のあなたには分からないかもしれない。でも、覚えておいて。誰かを想う気持ちが強すぎると、時にそれが自分を縛ることになるの」
「………」
私はそれ以上何も言わずに居間をあとにした。サクモおじさんのことが喉まで出かかった。でも、言えなかった。病院であの男の人がサクモおじさんの名前を出したときの、母さんの剣幕。あれを受け止めるだけの勇気は、私にはなかった。
母さんがサクモおじさんを失って傷ついたから? サクモおじさんが任務より仲間を守ろうとして非難されたから? 初めから仲間なんか作らなければ良かったと思ってるの?
私はそう思わない。仲間がいるから強くなれる。助け合おうと頑張れる。
ゲンマがいるから、私はここまで来られたの。
母さんは間違ってる。カカシは間違ってる。
私は、サクモおじさんの選んだ道を信じる。仲間は絶対に大切にする。
それから五か月後には、また中忍試験が控えていた。私たちチョウザ班はゲンマがすでに中忍となっているため、欠けているメンバーを補う必要がある。アカデミーの同級生で今年中忍試験を受験するのは、紅とアスマのみ。彼らは彼らで、補充の一人を探しているので、私たちとは利害が合わなかった。
「メンバー編成に必要な能力も、中忍になるための大切な資質だ。頑張れよ」
チョウザ先生はそう言って、チーム編成は私とガイに一任した。そうは言っても同級生以外で、知っている下忍なんて限られる。
ゲンマと同時に中忍になったのは、ライドウともう一人。つまりチームメイトが同時に欠けたチームは、チョウザ班を含めて三組。この三組が補充メンバーを探していることになる。
問題は、どう組むか、だ。
悩んでいるうちに、私は例の三組のうちのひとりから声をかけられた。
「中忍試験、受けるだろう? 俺たちのチームに入ってくれないか?」
トンボ――私たちより二つ年上で、去年チームメイトのコマノが中忍に昇格している。だから彼らも試験に申請するための臨時チームメイトを探していた。仲間の中忍不在のとき、何度か一緒に組んでCランク任務に当たったこともある。トンボは頭脳派で、周りをよく見ている。
「……何で、私?」
誰かと組まなければならないことに変わりないのに、私は決断を保留していた。ガイはガイでアスマや紅に暑苦しく声をかけていたけど、当然、彼らもあっさりとチームを分ける気にはなれないらしい。どうすればいいか考えあぐねていた。
トンボは口元はいつもニコニコしているのに、いわゆる糸目で表情が読みにくい。
「大物の身内がチームにいれば、それだけで注目度が上がるからな。実際、去年、君たちのチームからも昇格してるだろ? たったの一年で」
「……は? ゲンマのことを言ってるなら、実力に決まってるでしょ。そんなしょうもないこと言ってるなら他を当たって。まぁ、アスマも同じ反応でしょうけど」
隠しもせずに毒を吐くと、トンボは低い声で愉快そうに笑った。
「冗談だ。何度も一緒に組んでるだろ? うちのチームのバランス型はコマノだった。、君なら充分コマノの穴を埋められる」
「……今さらそんな機嫌取りされたって」
「冗談だって言っただろ? あんな見え透いた挑発に乗るところは子どもだよな。澪様に立ち居振る舞いを教わらなかったのか?」
また『澪様』か。どこに行っても付きまとう。ばあちゃんはそんなこと、何も教えてくれなかったよ。
「私に澪の孫としての何かを期待してるんなら期待には応えられないし、仲間を悪く言う人とは組みたくない」
「根に持つね。それならこうしよう。俺が君たちのチームに入るよ。君たちは二人だ。今、欠員を探してる。メリットは充分だろう?」
「……カザミはどうするのよ」
「カザミは俺が説得する」
「……あなたたちにメリットがないけど」
「他のチームと組む経験が、追々、俺たちの戦略に活きてくる。俺は君と組んでみたいしな」
私は唇を引き結んだままトンボを睨みつけた。正直、元からそんなに好きじゃない。何を考えているか分からないし、人を値踏みするような目で見てくる。私のチームは恵まれているんだなと感じた。
口元の笑みを深めて、トンボ。
「君も忍びなら、感情を殺して利害のために動くことを覚えたほうがいい。二人で中忍試験は受験できないんだからな」
「……私だけで決められない。考えさせて」
感情は殺して、利害のために動く。
任務達成のために、仲間を見捨てる。
似ているようで違うのかもしれないし、違うようでいて似ているのかもしれない。
モヤモヤするけど、私とガイだけで受験申請できないのは事実だし、ゲンマが抜けた今、頭脳派のトンボが適任なのも分かる。
ゲンマに相談したかったけど、これは私とガイの問題だ。ゲンマに甘えるところじゃない。ガイとも話し合って、私たちはトンボと組むことを決めた。ガイには嫌味も皮肉も通じないし、苦手な相手がいるようにも見えない。特に反対意見も出ず、ガイにはやる気がみなぎっていた。
中忍試験までの間、トンボとの連携攻撃にも時間を費やしたし、ゲンマがいない間はトンボと組むことが増えた。トンボは相変わらず何を考えているかよく分からないし、ふとしたときに捻くれた言い方をするけど、私とガイにはない視点が新しい戦い方を練るヒントになった。
好きではない、けど。利害のために組む。
嫌だけど。
ゲンマと一緒が良かったけど、いつまでもそんな駄々こねていられない。
私たちだって、いつまでもチョウザ班でいられるわけじゃないんだから。
そしていよいよ中忍試験を一週間後に控えた夜、私は帰宅したばあちゃんの口から母さんの死を知らされた。