72.重荷


 が病室を出ていったあと、俺はの母親に向き直った。の母親は、娘の顔は見ないくせに俺の方はしっかり睨んでくる。だいぶ嫌われているなと分かったが、だからといって怯む気はない。に嫌われているのはあんたのほうだ。

と同じチーム……なんですってね」
「知ってたんですね。はい、もう二年になります。俺が中忍になって別々の任務も増えましたけど、俺たちは同じチームですから」
「……私の忠告を、覚えてると言ったけど」
「覚えてますよ。俺が誰と親しくしようと、あなたに制限される筋合いはありません。だって同じです。は俺を慕ってます」

 自分で言うのもどうかと思うが、疑いようのない事実なのだから仕方ない。はチームメイトになった今でも俺を実の兄のように慕っている。甘えすぎないようにと気を配っているときもあるが、俺だってチームの外で会えば結局、妹みたいにの世話を焼いてしまう。今だってそうだ。

 の母親はそれを聞いて小さく笑みをこぼした。その皮肉めいた笑い方に、苛立つ気持ちを何とか抑え込む。

「何かおかしいことを言いましたか?」
「……今はそれでいいでしょう。あの子があなたをとても信頼しているのは分かる。でもその信頼が、いつかあなたたちにとって重荷になる日が来る。そのときに離れようとしても傷は深いのよ」
「あなたに昔、何があったかは知りません。でもそれでのことを決めつけないでください。俺たちはすれ違いがあっても、その度にしっかり話し合ってここまで来ました。あなたはどうなんですか。と、ちゃんと話し合ってきたんですか」

 の母親がまた笑った。自虐的な笑みだった。目鼻立ちは確かに似ているのかもしれないが、が将来もしこの人に似た姿に成長するとしたら、俺はやはりを心配で放っておけなくなるんだろうなと思った。

「手厳しいわね」
「俺には、話し合わない家族のほうが不思議です。何で話をしないんですか。が一人で抱え込んだり自分に自信がないのは、家族に話を聞いてもらえないからじゃないんですか。あいつはあんなに頑張ってるのに何で見てやらないんですか」
「……あなたはとても、素晴らしい家族に恵まれているのね」

 の母親は静かにそう言ったが、まるで突き放すような口振りだった。そもそもの前提が違うのだと、最初から周囲に高い壁を築いていた。
 それは時折、からも感じる空気だ。

 疲れたように息を吐いて、の母親がまた窓の外を見やる。これ以上話しても、無駄だと諦めたようだった。

「あなたが大人になったとき、私の言葉を思い出すでしょう。距離を置けば良かったと、お互い後悔することになる」
「……あなたが変わらないように、俺の考えだって変わってません。あなたに俺たちの未来を決めつけられる筋合いはない。俺は今のチームメイトで、あいつの努力を尊敬してるし、あいつが悩んでるときには支えてやりたい。は俺の大事な仲間です」
「仲間……ね」
「あなたにとっては、仲間なんて不要なのかもしれないですけど」

 先ほどの母親と話していた、三忍のひとり、自来也。あの人の話から察するに、の母親は自暴自棄な戦い方をしている。娘が里で待っていようとそんなことはお構いなく、死に急ぐような戦い方をしている。そのことを実の娘に知られたところで、やましいとさえ思わない。心が壊れている、としか思えなかった。
 先ほどのやり取りを思い返すに、がはたけサクモに特別な思いを持っているのも、この母親の影響かもしれない。

 の母親がぽつりと漏らした言葉に、どうしようもなく苛立ちが募る。

「仲間なんて、重荷になるだけよ」
「それはあなたの考えです。は違う。俺たちは日々チームワークを磨いている最中だ。の邪魔だけはしないでください。失礼します」

 俺は返事も待たずにすぐさま踵を返し、病室をあとにした。やはり分かり合えないということが分かっただけだった。はあの母親から産まれた。そしてその母親が、親父や伯父の尊敬する『澪様』。
 『澪様』に会ったことはないのに、俺はもうの家族を誰も信用できなかった。先入観は良くないと、分かっているのに。

 はエントランスでひとり、ぼんやりと佇んでいた。俺に気づくと安心したように笑顔になって、小走りで駆け寄ってくる。はあの母親から産まれたのに、人を信用したいと願っている。俺は絶対に、これからものそばにいて、支えたいと強く思った。
 それはあの母親への反発と、意地かもしれない。それでもを護りたいと思った。

「ねぇ、母さんと何話したの?」
「俺の恥ずかしい話だって。そうだな、大人になったら話してやるよ。笑い話になったらな」
「えーっ!? 長いよ、やだよ」
「大人になったとき、お前がまだ覚えてたらな」
「もう! いじわる!」

 大人になっても生きて、の近くにいたい。その笑顔がかげりそうになったとしても、俺が笑わせてやりたい。支え合って、一緒に成長していきたい。
 頬を膨らませるの額を軽く弾いて、一足先に歩き出す。後ろを追いかけてくるが隣に並んで、二人でいつもの家路をたどる。小さなその背中を護ってやりたいと、何度も強く思った。

 俺がの母親に会ったのは、それが最後だった。