70.病室


 久しぶりにゲンマも一緒の任務を終えて火影邸を出たら、リンたちのチームと鉢合わせになった。リン、オビト、そして――カカシ。
 カカシは相変わらず表情の読めない顔をしていて、私たちに気づくとクルリと背中を向けた。

「おい、カカシ!」

 ガイがすぐさま声をかけたけど、カカシは振り返りもせずに去っていった。
 私の顔なんかきっと、見たくもないんだろうな。

 ツンツンしていたのはカカシだけではなく、見慣れないゴーグルを頭につけたオビトも、カカシの後ろ姿を睨みながら息巻いていた。

「ほんっとに! ムカつくやつだ!!」
「まぁまぁ、オビト」

 オビトを宥めながらリンが曖昧に笑う。リンは今、カカシのことをどう思ってるんだろう。アカデミーの頃は間違いなく好きだったと思うけど。今のカカシを見ても、気持ちは変わらないんだろうか。それとも。
 どうして上は今さら、カカシをリンたちと同じチームにしたんだろう。

「やぁ、君がだね。ちょうど良かった」

 そのとき、リンとオビトの後ろに立つ金髪の男性が私を見て声をかけてきた。すごく優しそうな人で、多分リンたちの担当上忍だ。イクチと同じくらいの年に見えるのに、すごい人だな。

「俺は波風ミナト。リンやオビトたちの担当だよ。宜しくね」
「あ、はい……宜しくお願いします。です」
「君のことは知ってるよ。澪様には俺もお世話になったからね。さて、挨拶はこれくらいにして、伝えておくね。凪さん、さっき面会できるようになったそうだよ」

 突然出てきた名前に、私は目を見開いた。母さん? 面会? 何の話? 母さんが戻ってきてるなんて話、聞いてない。面会って、何のこと?
 私がポカンとしているのを見て、ミナト先生は驚いたようだった。それから気まずそうに顔を曇らせながら、私のそばまで近づいてきて声を潜める。

「ごめん……聞いていなかったんだね。凪さんは任務で重傷を負って一昨日帰還していたんだ。そのまま入院して処置を受けていたから、きっと周りもバタバタしていて君への連絡が滞ったんだろうと思う。でも峠は越えたそうだよ。もう心配要らない。顔でも見せてあげたらどうかな」

 ミナト先生の話を聞いて、私は鼓動が脈打つと同時に急速に冷えていくのを感じた。きっとミナト先生は、私を気遣って今の言い方をしてくれたんだろうけど。ただ連絡が滞っただけ、という説明を素直に受け入れるには、私の心はすでに捻くれすぎていた。
 ばあちゃんの耳には母さんの怪我のことくらいすぐに入るだろうし、私に知らせる気があるのなら忍猫を走らせれば済む話だ。

 すぐには返事ができずに黙り込む私に、ミナト先生も無言のまま立ち尽くす。リンやオビトたちも心配そうにこちらを見守る中、徐々にベストが馴染んできたゲンマが、軽い調子で口を開いた。

「ちょっと覗いてくりゃいいだろ。峠越えたって言うならもう大丈夫だろうし」
「うん……でも……」
「俺も行くわ。久しぶりに挨拶しときたいしな」

 挨拶って、保護者みたい。思わず突っ込みかけたけど、ゲンマが当たり前みたいに言ってくれたことが嬉しかった。私の不安を分かってくれている。それだけで、心が安らぐのが分かった。

、よかったら俺も行くけど」

 オビトも声をかけてくれたけど、私はちらりとゲンマを見てから、静かに首を振った。

「ううん、大丈夫。ありがとね、オビト」


***


 後方支援といえど、戦争の生々しさを知るという点では充分に過酷な任務だった。

 俺たちが送られたのは、比較的安全とされるエリア。前線で負傷した忍びが治療を受けるための一時的な中継地だった。周囲の森は深く、感知タイプが包囲網を張り巡らせているため敵の奇襲はほとんどないとされていたが、負傷者が運ばれてくるたびに俺たちは神経をすり減らした。大きな怪我、火傷、時には毒――重傷者は応急処置だけ済ませてすぐに里へと移送される。

 俺たちの任務は、拠点周辺の警戒と物資の管理だった。任務自体は危険が少ないはずだったが、輸送中の負傷者が奇襲を受ける可能性がゼロではない以上、油断はできない。仲間と共に森を見回るたび、無力感に苛まれた。焦っても仕方ない。俺たちは一つ一つ、経験を積んでいる最中だ。

 そんな中、たちとこなす里周辺の任務は、俺にとってむしろ息抜きになるほどだった。の無邪気な笑顔やガイの真っ直ぐな姿勢が、戦地で緊張しきった心を不思議と軽くしてくれる気がした。任務が息抜きだなんて、決して口には出せないが。
 とガイはまだ下忍だ。今はまだ、戦地のことは知らなくていい。彼らはこれからも今まで通り、中忍になるための鍛錬を重ねるだけだ。

 今日は近くの村で尋ね人探しの依頼だった。さほど時間はかからずに解決し、報告まで終えた帰り道。卒業したばかりのリンたちのチームと鉢合わせた。リンにオビト、そしてどういうわけか、カカシという奇妙なチーム編成。
 通常、カカシほど経験を積んだ中忍であれば、今さら新米の下忍と組まされてDランク任務なんて有り得ない。まぁ、それだけカカシの単独プレイぶりが問題視され、鍛え直されることになったと考えるのが妥当だろう。

 担当の波風ミナトの話は、イクチから聞いたことがある。イクチより一年先輩らしいが、在学中から天才と名高かったそうだ。十五には上忍に昇格し、この大戦でもすでにいくつも功績をあげているという。見た目はかなり……穏やかそうだ。

「凪さん、さっき面会できるようになったそうだよ」

 ミナト先生の話を聞いて、はショックを受けているようだった。きっと母親の負傷も帰還も知らされていなかったのだろう。本当にひどいな。家族に知らせるなんて、当然のことだろうに。『澪様』の耳には、絶対に入っているのに。

 もう、無理に家族なんか会わなくていい。そう、何度も口にしそうになって踏みとどまった。家族の愛を信じられる環境で育った俺からしてみれば、の家族は信用ならない。だからといって、他人の俺がから家族を遠ざけるのも、それは何だか違う気がした。

「俺も行くわ。久しぶりに挨拶しときたいしな」

 俺が同行を申し出ると、不安そうなの顔が少し落ち着きを取り戻した。本当に、過保護だという自覚はある。ただのチームメイトが、家族の見舞いについていくなんて普通じゃない。
 だが俺は、ただのチームメイトじゃない。ガキの頃からをよく知る幼なじみだ。

 オビトからも同行の申し出があったが、は断った。そのとき少し、ホッとした。が同級生より俺を選んでくれたようで嬉しかったのだ。みっともない優越感だ。分かってる。

凪の病室を教えてください。娘のです」

 受付で話をしているの後ろ姿を眺めながら、昔のことを思い出す。
 の母親には、あの一度きりしか会っていない。には関わらないほうがいいと――深入りすれば、互いにつらい思いをするだろうからと。

 あれから二年ほど。俺たちはチームメイトとなり、互いに高め合ってきた。俺たちは上手くやれている。心配される筋合いはない。せめてそう、言葉には出せずとも見せつけてやりたかった。
 家族だからと、まともに関わろうともせずにのことを勝手に決めつけるな。

「ごめんね、ゲンマ。もうここで大丈夫だから」
「いいって言ってんだろ。おばさんに挨拶しときたいから病室まで行くよ」

 母親の状態も分からないのに、他人の俺が出しゃばるところじゃない。そう自覚している自分もいるのに、俺はそこでと別れる気にはなれなかった。
 病室に向かい、扉の前で立ち止まる。は小さく息を吐いて、気持ちを落ち着けようとしているようだった。

 が扉に手を伸ばしたとき、中から男の声が聞こえた。