69.選択
「お前……何やってんだよ」
久しぶりに不知火の訓練場を覗けば、ゲンマが楊枝吹きの修行をしている。
――と思いきや、楊枝吹きではなかった。あの飛び方、光沢、どう見ても楊枝じゃない。
ゲンマは木の上の俺をめんどくさそうに見上げながら短く答えた。
「千本吹き」
「千本って……あの千本か? お前、そんなもん口から飛ばす忍びなんて、歴史上探したってお前くらいだろうよ……」
「お前の歴史は浅いんだな」
あたかも俺の見識が狭いかのように言うが、絶対にいないからな。
ゲンマはすぐにまた千本を口に咥え、的をめがけて吹きつけた。重さ、バランス、飛距離、すべて楊枝とは勝手が異なるだろうから、会得にはまた時間がかかるだろう。
そもそも、実戦で使えるほどに馴染む保証もない。もっと堅実なやつだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
中忍に昇格したといえど、ゲンマはまだ戦場を知らない。戦場で使えない技に意味などない。そのときまでに、物にできるかどうか。
「それにしても……千本吹きとはな。ちゃんの影響か?」
俺の問いかけにゲンマは驚いたようだった。俺は地面に飛び降りてから、口元の長楊枝をゆったりと揺らしてみせた。
「俺の同期が予選の担当だったんだよ。ちゃんの試合、なかなか面白かったって聞いたぞ。見たかったな」
「見通しが甘かった。あいつも自分でよく分かってる」
「お前の本戦も見応えあったってな。任務がなけりゃ絶対行ったのに」
「見せ物じゃねぇんだよ」
「見せ物だよ。俺たちは所詮、里の持ち駒だ」
もちろん、ただの捨て駒だとは思わない。駒なりに俺たちにも矜持はある。それをもって親父が散っていったことも、今なら少しは分かる。きっとゲンマにはまだ、飲み込めまい。
ゲンマは次の千本を吹こうとして――溜息とともに、千本の先を下ろした。鬱陶しそうに俺を片手であしらいながら、言ってくる。
「そりゃ、あいつが使ってんの見て興味持ったのはその通りなんだけどさ。あいつ、ビビってて」
「……ほう?」
「俺が使ってんの見たら、もっと気楽に扱えるようになるかと思ってさ」
「……ほーん?」
俺がニヤニヤしながら少し顎を上げて見下ろすと、ゲンマは急に赤くなって眉間にしわを寄せた。
「なんだよ!」
「いや、お前がちゃん大好きなのはいつも伝わってくるよ」
「誤解招く言い方すんな!」
「誤解、ね。どんな誤解?」
「うっせーよ邪魔すんなら帰れ!」
やれやれ。中忍になったとはいえ、やっぱり中身はまだまだ子どもだな。
再び的に向き直ったゲンマがチャクラを練り上げて千本を吹き飛ばす。俺も即座に息を吸い、真っ直ぐに飛ばした長楊枝がゲンマの千本を弾き返した。
険しい顔で振り返るゲンマに、淡々と告げる。
「ちゃんを助けたい気持ちはよく分かる。お前にとって初めてできた妹分だからな。だからってこれまで鍛えてきた楊枝吹きを捨てる理由にはならない。今のお前の千本なんて、楊枝にも敵わないんだからな」
「……分かってる」
「何のためにそれを選んで、何のためにこれまでのものを捨てるのか。ちゃんと考えて選べよ」
ゲンマは視線を落としたまま何も答えなかった。思ったより堪えたか? それだけゲンマにとってちゃんの存在が大きいということだろう。
だが次に顔を上げたとき、ゲンマの目は真っ直ぐに的を見据えていた。
「……俺は、新しい武器が欲しい。ただでさえ未熟なのに、挑戦がなければ後退するだけだ。必ず物にしてみせる。戦場で使えるまで磨く。やってみなきゃ分かんねぇだろ?」
ゲンマはそう言うと、再び千本を口に咥えた。なんだ、分かってんじゃねぇか。
俺はそれ以上何も言わず、訓練場を後にした。心配は要らない。あいつは自分の頭で考えられるし、仲間の心強さもよく分かってる。ちゃんがチームメイトで本当によかった。
長楊枝を揺らしながら、久しぶりに慰霊碑に立ち寄った。親父の名前を見て、心が痛まないと言えばそれは嘘だ。もっと色んなことを教えてほしかったし、一人の家は広すぎるし、本家の嫡子という重責を負うには俺はまだ若すぎた。
だが、あれから六年。もう少し戦況が落ち着ければ、正式に俺が跡目を継ぐことになっている。伝統を引き継ぎ、また新しい風を吹き込む。結局のところ、俺たちの為すことは変わらない。
挑戦がなければ、後退しかない。
(……ほんとに、生意気なやつだな)
思わず笑みがこぼれる。幼い頃はもっと子どもらしい子どもだったゲンマだが、それでも時々、大人びたことを口にするやつだった。
いつかもっと成長した従弟と肩を並べられる日を願いながら、俺は慰霊碑を背に歩き出した。
***
ゲンマの中忍昇格から、三か月ほど。
臨時の中忍チームが編成され、ゲンマは時々、後方支援部隊の一つとして戦地に赴くようになった。チームは同じ中忍試験で昇格した三人で結成されているらしく、そこにはもちろんライドウもいる。
代わりに私たちは、そのとき手が空いている上忍や中忍を臨時の隊長として、Cランク任務に当たることが増えた。時々、ライドウ不在のシカク班と合同で任務に臨むこともある。
アスマは相変わらず風遁の修行に付き合ってくれるし、アスマの頼みで香の専門店に付き合ってからというもの、紅とも前より親しくなった。
そうしてチョウザ班としての在り方が少しずつ変わってきた頃、またアカデミーの卒業試験の時期が近づいてきた。
今年はリンたちが五年生の年で、リンは一年前倒しで卒業試験を受けることになっている。特別授業の医療忍術を並行して学びながらだから、本当にすごい。
基礎はほとんどマスターしたというから、下忍になれば即戦力として重宝されるだろう。
案の定、リンは卒業試験を難なくパスした。そして何と、私の在学中には授業に追いつくのもやっとだったオビトも無事に卒業が決まった。
めちゃくちゃ、頑張ったんだと思う。もちろんオビト自身も、彼に付き合ってくれたであろうリンも。
卒業生の班編成が発表される日、私は任務で里を離れていたから、リンたちのことを知ったのは少し後になってからだ。そのメンバーを聞いたとき、私は驚きのあまり言葉を失った
リンとオビトが配属されたチームには、なんとあの、カカシがいたからだ。