67.頼み
ゲンマとの朝一の組手は、今でも続けている。ゲンマも私も特別体術が得意なわけじゃないけど、息を合わせるという意味ではかなり上達してきたと思う。時々ガイと手合わせすれば瞬殺されるので、ガイともカウンターの練習型を取り入れて、修行に付き合ってもらうことが増えた。
そして、ずっと内緒にしていた千本のことを知られてしまったので、予選のあと私はチョウザ先生と話をすることになった。
「実は……烈風掌が完成したとき、ヒルゼン様からプレゼントしてもらったんです。風遁と相性が良いからって。でも、使える気がしなくて……ずっと、ポーチに入れたまんまにしてたんですけど、あのときは……使うしかなかったから」
「なるほどな。実際、使ってみた感触として、どうだ? 初めてにしてはなかなかのコントロールだったと思うぞ」
「あのときは、夢中だったから……正直、よく分かりません。でも、他の武器に紛れて使いこなせたら、目眩ましにもなるかなと思いました。今回は威力が足りなかったから、不意打ちくらいにしかならなかったけど」
ヒルゼン様から贈られた千本には艶消しの加工が施されていた。実際、アスマは手裏剣に気を取られて千本にはまったく気づいていなかった。軽く肩口に刺さる程度で、動きを止めるほどの威力はなかったので、結局は敗北したのだが。
威力と命中率を上げることができれば、充分に武器になるなと感じた。
問題は、誰から教わるか、ということだ。
「千本使いなら、木の葉で澪様の右に出るものはほとんどいない。お忙しい方だが、少し見てもらうといいだろう」
「……ほとんど? 他にもいるってことですか?」
「あぁ……言い方が悪かったな。かつて澪様から直接教えを受けた方がいらっしゃったが……今はいない。実質、千本の達人といえば今は澪様くらいだ」
結局、そこに行き着くのか。私は重苦しい思いでチョウザ先生から目を逸らす。あれから、ばあちゃんが帰ってきても私は千本のことを何も言い出せないままでいた。
一度武器として使えば、興味が湧いた。だから自分で調べて、ひとりでこっそり練習は始めたけど、独学でできることなんて限られる。
アカデミーの頃に手裏剣の練習で使っていた的を、私は数年ぶりに引っ張り出してきた。自宅の庭先で指の間に千本を挟み込み、集中して一気に投げつける。的に当たりはしたものの、千本は突き刺さることなくあっさりと弾き返された。
深々と息をつく私の耳に、馴染みの声が届く。
「おう、やってんな」
「……ゲンマ」
庭先に現れたのは、昔からのパーカーを羽織ったゲンマだった。ゲンマは任務の日にしか中忍ベストを着ない。多分、まだ慣れなくて気恥ずかしいんだと思う。もっと着て、早く慣れればいいのに。
「本気でやんならもっと広いとこでやったほうがいいんじゃねぇの?」
「……うん。そう、だね」
ゲンマの言う通り、本気で千本をやるつもりならもっと広い演習場でやるとか、誰かに師事したほうがいいに決まってる。でも私は結局こんなところで一人でコソコソやっている。
俯いて黙り込む私の隣に来て、ゲンマは手にした紙袋を差し出してきた。
「これ、差し入れ。母さんから」
「あ……ありがと。一緒に食べる?」
「おう」
中を見れば焼き菓子だったので、私たちは中に入って休憩することにした。今日は朝から一日オフだけど、私たちはいつものように朝一で組手して、しばらく演習場で修行したあとに一旦別れた。ガイは多分まだ、ひとりで演習場だと思う。本当に体力お化けだ。
お茶を淹れても、ゲンマにもう不味いって言われない。おばさんの作る料理は本当に何でも美味しかった。今日のパウンドケーキもクッキーもすごく美味しい。いつもこんな美味しい料理を食べれて、ゲンマは本当に羨ましいな。
「千本、ばあちゃんに教えてもらったか?」
「……まだ」
私がもごもご答えると、ゲンマは「そっか」とだけ言ってクッキーをかじった。千本の話はゲンマにもしたけど、木の葉で最高の使い手がうちのばあちゃんだと知ると、特に何かを強いてくることはなかった。
ゲンマは多分、私の家族を快く思っていない。幼い頃におじさんから聞かされてきた話以外は私を通してしか知らないんだから、しょうがないと思うけど。私が子どもの頃からしんどい思いをしてきたことを知ってるから、ゲンマは家族のことで私に何か強要することはなかった。
ただこうして、時々、思い出させてくれるだけだ。
「このあとまた演習場行くか?」
「あー……うん、行く」
庭先でコソコソ千本だけやってても仕方ない。どこからか現れたアイとサクが、大きくアクビしながら軒先で丸くなっていた。
結局、忍猫が手伝いらしい手伝いをしてくれたのは中忍試験の一次試験のときだけで、あれからはよく周りをチョロチョロしてたまにちょっかいをかけてくるくらいだ。そう簡単に上手くいくはずがない。分かってる。
演習場に向かう途中、ゲンマが思いついたように声をあげた。
「あ、そうだ。ちょっと頼みがあんだけど」
「ん? 何?」
「千本一本貸してくんね?」
「……一本? 一本で何すんの?」
「ちょっと試してみたいことがある」
「……何するつもり?」
「上手くいきそうならそのとき言うわ」
ヒルゼン様から贈られた千本は二十本。中忍試験で使用したのは五本。それ以降、練習で使用すればその都度回収するようにはしている。やはりヒルゼン様からの贈り物だと思えば特別な気がしたし、調べたところ千本は手裏剣やクナイより使い手が段違いに少ないため値段が上がる上、艶消しまでしてあるものはさらに高価らしい。
最もスタンダードな千本は頼めば里から支給してもらえるそうだけど、艶消しなどの加工品についてはそれなりに値が張るし、今はまだ自分で買い足すほどの気持ちになれなかった。
残り十五本。貴重な千本だったけど、ゲンマだったらいいかなって思えた。この五年、本当にいつも支えてもらってきた。これくらいのことで少しでも役に立てるなら、安いものだなと思った。
「いいよ。一本でいい? 五本くらいいいよ」
「いや、一本でいい。気ぃつけるけど……失くしたら悪い。そのときは弁償する」
「いいってば。私が穴開けた本弁償しようとしたときだって、ゲンマ、払わせてくれなかったじゃん」
出会った頃のことを持ち出すと、ゲンマは小さく吹き出して笑った。あの頃のことで今もこうして笑い合えることが単純に嬉しかった。
「価値が違うだろ、価値が」
「あの本だって珍しいやつだったんでしょ? 結局、読めたの?」
「いや、肝心のところが読めなかった」
「ほら! ごめんって〜」
「いいよそんなもん。それよりお前といるほうが楽しいしな」
ゲンマはさらりとそう言ったあとに、気まずそうに目を逸らした。多分、無意識に言っちゃったんだと思う。すごく恥ずかしそうに目を泳がせているのを見て、私はとても嬉しくなった。
「私も、ゲンマといるのすごく楽しいよ。あのとき声かけてくれてありがとね」
あのとき――そう、アカデミーの校庭で初めてゲンマが声をかけてくれた。
あのときはまだ、カカシと向き合って話ができていたのに。
思い出ばかり振り返っていても仕方ない。私は今、こうしてゲンマやガイたちと、前に進むしかないんだから。
渡した千本を、ゲンマはすぐ忍具ポーチに仕舞い込んだ。ゲンマが何をするつもりかは分からないけど、その日の午後、ゲンマはひたすら長楊枝の修行に明け暮れていた。