66.期待
「風遁対決か。はまだまだこれからって感じだが、力をつけてくれば分からんな」
「確かに。あれでそのうち千本も使いこなして忍猫使いともなれば、情報部は喉から手が出るほど欲しいだろうな」
「まぁ凪の例もある。どっちに転ぶか見ものだな」
予選会場を見下ろす足場の上で、少し離れたところにいる中忍らしき二人組が声を潜めてクツクツと笑った。俺はそちらを睨みながらも、何も言えずに押し黙る。凪とは確か、の母親の名前だ。ったく、の気持ちも知らず、好き勝手言いやがって。
そのとき俺の隣にいたチョウザ先生が、大きく咳払いをしてみせた。ヒソヒソ話していた中忍二人が、慌てた様子でこちらを見やる。
「あ、チョウザさん! すみません、チョウザさんの担当でしたね……」
「何だ? 分かっていて俺に聞かせたかったんじゃないのか?」
「とんでもない!」
血相を変えて首を振る中忍に、俺は内心で唾を吐く。分かっていてやったなら悪質だし、気づかずにやったことなら不注意が過ぎる。あれでよく中忍が務まるな。
チョウザ先生は徐ろに腕組みしながら二人組に視線をやった。
「お前たちの言う通り、はまだ若い。未熟な部分はあっても、それを埋めていけるだけの努力ができるやつだ。だがそもそも、忍猫は努力したからといって従うわけではないし、そんなことはの人間が一番よく分かっている。そのために、今は他の武器を増やして磨くことに専念しているんだ。我々外野がとやかく口を出すことではないな」
「……し、失礼しました」
気まずそうに目を逸らし、中忍たちはそそくさとその場を離れていった。みっともない姿だった。中忍といえど、やはりピンキリだ。では俺が目指す中忍像とは何なのか。
「期待が大きければそれだけ、反動も大きくなる。だがは、お前がいれば大丈夫だ」
試合を終えたにひたすら大声で労いの言葉を喚いているガイの隣で、チョウザ先生が俺に笑いかけた。俺は一瞬どきりとしたが、慌てて顔を逸らしながら首を振る。
「俺はただのチームメイトですし……いつまでもあいつのそばにいられるわけじゃないですから」
「もちろん、いつか離れる日が来るだろう。だがお前との絆がずっとあいつの中であいつを支え続けるはずだ。お前も分かっているだろう?」
この一年、この人の下で学んできた。とのことを改まって話したことはないし、自分のことでさえあまり打ち明けてはこなかった。火遁の修行を再開したときも、俺の過去の話なんか何もしていない。それでもきっとこの上忍は、俺のことを分かっているんだろうなと感じることが時々あった。
きっと俺たちのことも、よく、分かっている。
「さて、次はお前の番だな、ゲンマ。お前のいつも通り、しっかり発揮してこいよ」
「ういっす」
「ゲンマっ!! しっかりな!! の分も絶対にリベンジしてきてくれ!!」
「リベンジとかねぇよ。俺は俺にできることをするだけだ」
息巻くガイに淡々と返して、俺は額当ての結び目をきつく縛り直した。チョウザ先生の言うように、いつも通りだ。それでいい。
足場に登ってきたが、疲れたように笑いながらも力強く拳を握ってみせた。
「ゲンマ、絶対勝ってね」
「おう」
もちろん、そのつもりだ。
俺は名前を呼ばれたあと、チームメイトの声援を受けながら会場へと静かに降りていった。
***
今回、中忍に昇格したのはゲンマを含めて合計三名という結果だった。因みに、シカク班からはライドウが昇格している。
分かっていたけど、ゲンマはやっぱりすごい。下忍になってたったの一年で中忍に昇格するのはレアケースらしい。
まぁ、一年も経たずにさっさと中忍になったカカシは論外だけど。
「おめでとう、ゲンマ。これからは、これまで以上にチームを引っ張っていってくれよ」
「ういっす」
チョウザ先生の言葉に、ゲンマは少し照れたように笑って口元の長楊枝を揺らしてみせた。
ガイは本選まで勝ち進んだけど、残念ながら中忍には選ばれなかった。チョウザ先生によると、力任せの戦い方が中忍には相応しいとされなかったのだろう。
一方、ゲンマは相手の攻撃パターンを読んで自分の持ち駒の活かし方を考えた、落ち着いた戦い方を展開した。決して派手さはないものの、先入観を持たず、冷静に状況を判断して最適な選択ができる能力が高く評価されたらしい。
やっぱりゲンマは、すごい。
「ゲンマ、ほんとにおめでとう! 中忍ベスト、すっごく似合ってるよ!」
「恥ずかしいからやめろ。似合ってねぇの自分で分かってるよ」
「似合ってるってば!」
真新しいベストは馴染むまで時間がかかるだろうけど、袖を通したゲンマはすごくカッコよく見えた。
チームメイトのゲンマが昇格して、私だって嬉しいし誇らしい。でも中忍以上になれば、いずれ戦地に駆り出されるだろう。私たち以外のチームを指揮することもきっと増える。
早く追いつかないと。ゲンマもカカシも、どんどん遠ざかってしまう。
「暗い顔してんじゃねぇよ」
家への帰り道、並んで歩いていると急にゲンマから頬をつねられた。
「し、してないっ!」
「してる。お前、挑戦したいって言っただろ? それは、こうやって置いていかれる覚悟もあるってことだぞ。なかったのか?」
「………」
ゲンマは私たちの中で中忍に一番近いと分かっていたし、置いていかれるかもしれないことなんて、分かっていた。
分かっていた、つもりだったけど。
「……私、ほんとに覚悟が足りないね」
「そうだな。だから早く追いつけよ。お前だって、確実に前に進んでるんだからな」
ゲンマが呆れたように微笑むのを見て、肩の力が抜けていくのが分かる。俺がずっと見てるって、ゲンマは昔から言ってくれていた。それは嘘じゃなかったし、たとえ離れることがあっても、これまでもらってきたゲンマの優しさが消えてなくなるわけじゃない。きっと、私の中にずっと残り続ける。
私たちはもうアカデミー生じゃない。国の、里のために戦う、戦争の駒――忍び、なんだ。
『道具が理由なんていちいち求めない』
カカシの声が頭の奥で響く。
そうだね、カカシ。理由なんかなくても、私たちは忍びだ。
でも、理由なんかなくたって――やっぱり誰かのことを思って戦うから、何度迷っても、前を向けるんじゃないかな。
「ゲンマ……今までありがとね」
「えっ? 何だよ、別にチーム解散とかじゃねぇんだから」
「あっ、そういう意味じゃなくて! ほんとにずっと、ゲンマがいてくれたから私ここまで来れたなって思って……早く追いつけるように、頑張る。これからも宜しくね」
ゲンマは照れくさそうに笑って、長楊枝の先を上げた。
中忍ベストを着たゲンマの背中は、やっぱり前より少し大きく見えた。