63.相性


 私は烈風掌が完成してから、手裏剣と合わせて威力をあげる修行や、ゲンマの火焰砲との連携術の練習を始めた。チョウザ先生はすごく感慨深そうだったし、ガイも私の地道な修行を近くで見ていたからか、感極まって泣いていた。
 私以上に私のことを喜んでくれる仲間や、いつもそばで見守ってくれる仲間がいる。やっぱり私は幸せだなと感じた。

 休憩中に腰から外した忍具ポーチを確認しながら、私は小さく息を吐く。

 中にはヒルゼン様から贈られた筒型のホルダーを納めていた。

「開けてみろ」

 あの夜、ヒルゼン様に促されて蓋を開けると、中には見慣れない忍具が入っていた。
 細長い針のような忍具――千本だ。
 知識としては知っている。暗殺や医療に用いられる、扱いが難しい特殊な武器だ。自分に縁のないものだとずっと思っていた。

「何で私に、千本を……?」
「千本は風遁と相性が良い。会得した烈風掌は飛び道具との合わせ技でこそ真価を発揮する。千本はコントロールこそ難しいが、威力を上げて命中させれば致命傷を与えることも可能だ」

 私は不安を覚えた。風遁で千本を急所に当てるなんて、そんな精密な技が自分にできるだろうか?

「お前に千本を贈る理由はもう一つある。それは、澪が最も得意とする武器の一つだ」
「ばあちゃんが、千本を……?」

 手元の千本を見つめる私の胸の奥で、何かが微かにざわめいた。幼い頃、忍びとしてのばあちゃんの話を周囲の大人たちから聞いた記憶がぼんやり蘇る。雲をつかむような話ばかりで、右から左に流していた私が――今、その背中をほんの少しだけ追いかけているような気がした。

「ばあちゃんも風遁使いなんですか?」
「いや、澪は唯一風遁だけが使えない。あいつは忍猫との連携技や、諜報活動において千本を余す所なく駆使した。里でも一、二を争う千本の使い手だ」

 ばあちゃんがどうやらすごい忍びだというのは何となく分かっていたけど、初めて現実味を帯びて私の胸に突き刺さった。でも、忍猫との連携や諜報活動なんて今の私には無縁の世界だ。今の私とばあちゃんでは、フィールドが違いすぎる。
 私の心配なんてお見通しみたいに、ヒルゼン様が言ってのける。

「確かに今のお前は、忍猫使いとしても諜報員としても何の芽も出ておらぬかもしれん。だが千本の基本的な扱い方はどの立場にいようと変わらない。基礎は澪から教わることだ」
「……でも、ばあちゃんは時々、夜に帰ってくるくらいです。そんな時間……」
。澪は、お前の祖母だ。何の気兼ねも要らん。まずは話をしてみることだ。我儘を言ってもよい、家族なのだからな」

 ヒルゼン様の言葉に少し肩の力が抜ける自分と、でもやっぱり反発したい自分とがいて私の心は揺れた。ヒルゼン様はもともと、息子のために修行をつける時間を取ろうと意識している人だ。その人にとっての『家族』と、私にとっての『家族』はそもそも意味が異なるだろうなと感じた。
 ばあちゃんが私のために時間を割いてくれないことが分かったら、私はまた無駄に傷つくことになる。

の者たちはみな、本当に不器用だな。澪もお前も、凪も標も」

 私の様子を見て少し苦笑いしたヒルゼン様が、肩をすくめながらそう言った。
 まさかここで、標ばあちゃんの名前まで出てくるとは思わなかった。

「ヒルゼン様は、ばあちゃんだけじゃなくて……母さんのことも、標ばあちゃんのこともよくご存知なんですか?」
「……そうだな。澪とは子どもの頃からの付き合いだ。あいつの家族のことも、よく、知っておるよ。はみな不器用者だ。幼い頃の真っ直ぐすぎるほどの気持ちを、いつしか胸の奥に封じてしまう。お前はまだ芽吹き始めたばかりだ。その無垢な心を、忘れぬようにな」

 無垢な心と言われて、途端に居心地が悪くなった。私だって昔はただ純粋にばあちゃんや母さんが大好きで、その背中を追いかけていた時期があった。
 でも、二人ともいつしか忙しくなって、どれだけ呼んでも私のことなんか顧みないことが増えていった。その度に少しずつ、私の中の何かが削り取られていくような気がした。

 本当はもっと、昔のことを聞きたかったけど。ヒルゼン様がそろそろ、と話を締めようとしたので、私はおとなしく引き下がった。多忙な火影を、こんなことで煩わせられない。

 あの夜以来、私は忍具ポーチの中に千本の収納ケースを入れている。でも一度も使ったことはないし、ばあちゃんに会ってもいない。むしろ会えないほうが良かった。千本の基礎を教えてほしいなんて、どうやって切り出せばいいか分からない。

 そもそも私は、千本を使いたいと思っているのだろうか。いくらヒルゼン様がプレゼントしてくれたと言っても、風遁の合わせ技という意味なら無理に千本である必要はない。
 ヒルゼン様は、私とばあちゃんを繋ぎ止めるために、あえてばあちゃんの得意な武器である千本を選んだのではないか。気持ちはありがたいけど、私はもう無駄に傷つきたくない。

 家族のこととなると、私はどうやら他のことより臆病になるらしい。

、もう一回やるぞ。いいか?」
「あ、うん!」

 ゲンマの声で、私は我に返った。千本のことはひとまず脇に置いておこう。今はゲンマとの連携術や、手裏剣の威力をあげる練習が先だ。

 ゲンマの火焔砲との連携は、互いの術のタイミングや威力の調整をメインに練習した。最初はタイミングもなかなか合わなかったし、タイミングが合えば威力が落ちるなど課題も大きかった。
 でも連携術といえば、チョウザ先生の得意分野だ。

「お前たちの連携術は、一人の力だけで完成するものではない。お互いのリズムを理解し合うのが最も大切だ。術だけではない、息遣いや動き、全てだ。まずはお互いの癖をしっかりと見極めろ」

 息遣いや動き、互いの癖。私は横目でちらりとゲンマを見やる。ゲンマと出会って五年目。ゲンマはいつも私をしっかり見てくれているのに、私はゲンマ自身をあまり見ようとしていなかった気がする。私は本当に、自分のことばっかりだ。

 チョウザ先生のアドバイスで、私たちは毎日まずは組手から始めることにした。通常の対戦形式ではなく、カウンターの練習型だ。相手の攻撃に合わせて防御か反撃を行い、そのタイミングでまた相手が攻撃を仕掛ける。それをテンポよく繰り返し、途中でリズムを変えたりフェイントを加えたりして、その都度対応できるように訓練する。
 任務の日も、休みの日も、毎日毎日。

 連日の組手で、私はゲンマの動きの癖や息遣いが少しずつ分かるようになってきた。ゲンマは攻撃を仕掛ける前、少しだけ体重を後ろ足にかける。その癖をつかんだおかげで、私は反応が一歩早くなった。
 訓練を始めて三か月経つ頃には、私たちは範囲を絞って威力だけを上げた火焔砲を、八割程度の確率で当てられるようになっていた。もちろん、広範囲の攻撃も可能だ。

「この一年でお前たちはずいぶん成長した。まだまだ成長段階ではあるが、お前たちを中忍選抜試験の受験者として推薦しておいた」

 ある朝、チョウザ先生は開口一番そう言った。驚いて口をあんぐり開ける私に対して、ガイはパッと顔を明るくして握った拳を振り上げる。

「ほんとですか、チョウザ先生っ!!」
「本当だ。だがお前たちも知っての通り、中忍になるためには過酷な選抜試験が待っている。受験には三人一組のチームが必要だが、これは強制ではない。どうするかはお前たちでしっかり話し合って決めなさい」

 申請用紙を手渡された私たちは、思わず顔を見合わせた。目をキラキラさせているガイと、ちょっと驚いた様子のゲンマと。私もゲンマと一緒で、今年はまだ早いと思っていた。リーダーシップのあるゲンマ自身はともかく、私とガイはまだ自分や目の前のことをこなすのに精一杯だ。
 でも、チョウザ先生のことだから、まずは場数を踏ませるという意図もあるのかもしれない。中忍試験には命懸けの選抜試験も含まれ、死者が出ることもある。それは戦場に出るための覚悟を問われる最初の関門と言えた。

「さて……お前たちはどうする?」

 チョウザ先生が去ったあと、ゲンマが長楊枝を揺らしながら静かに口火を切った。