61.アイ
ひとしきり泣いてスッキリしたらしいはそのあともしばらく俺にくっついて、時々俺の肩に顔を擦り寄せてきた。こうしてくると、だいぶ落ち着いたというのが分かる。ひとまずホッと胸を撫で下ろすが、俺たちはチームメイトだぞ? いつまでもガキの頃みたいに甘えてんなよ。
そう思う自分も確かにいるのに、俺はそれを口に出すことができなかった。ガキの頃みたいに甘えられて、喜ぶ自分も存在するからだ。結局、俺はの気が済むまで、黙ってその小さな背中を抱きしめてやった。温かい。単純に、それもの身体を離せない理由の一つだろう。
ようやくが俺から顔を離したとき、その目はまだ潤んでいたものの、俺を見上げてクシャッと微笑んだ。
こいつの笑顔を見ると、俺も心が和らぐ。
「ありがと、ゲンマ。勝ったのゲンマなのに、ごめんね……私、ゲンマに何したらいい?」
「いいよ、そんなもん。さっさと風遁の術完成させてくれ」
「うう……分かってるよ……」
恨めしげに目を細めるの額を軽く弾いて遠ざけてから、俺は散らばった駒を拾い集めた。も慌てて掻き集め、二人で箱の中に戻していく。アイとサクはストーブの前で時々アクビしながら、相変わらず丸くなって眠っていた。今日の話も全部『澪様』に筒抜けなんだろうか。まぁ、どちらでもいいが。
「はこの後どうすんの?」
「うん……風遁の修行したいし、ちょっとアスマのとこ覗いてくる」
「またかよ。いくら風のチャクラが珍しいからって、アスマに頼りすぎじゃね?」
「アスマは嫌なら嫌って言うよ。実際、何回も断られたことあるし」
「めげねぇな、お前……」
そのメンタル、カカシ相手にも発揮してほしい。もちろん二人の関係性や、カカシの身に起きたことを考えればそう簡単にはいかないのだろうが。
俺はこのあと演習場へ、はアスマの家を訪ねることになった。アスマがいなかったら私も演習場に行くよと言うに別れを告げて、俺はの家をあとにする。
が他のチームを頼るのは正直面白くないが、ひとりで何でも抱え込むよりいいか。家族を頼れないにとって、寄りかかることのできる場所は一つでも多いほうがいい。自分にそう言い聞かせて、俺はひとまず家路をたどる。
そのとき、頭の上に突然なにか重量のあるものが飛びかかってきた。
気配は全くなく、心臓が止まるかと思った。
「うわっ!!」
「ゲンニャ〜」
「おまっ! アイ? いや、サクか? 何の用だよ」
どうやら忍猫のひとりが俺の頭に飛び乗ったらしい。いつも忍び装束の色でどちらかを判断しているので、それが見えない今は適当に言い当てるしかなかった。がいないときに忍猫から俺に接触してくるのは初めてだ。
それにしても、けっこう重い。『澪様』は頭や肩にも忍猫を載せていたらしいが、めちゃくちゃ負担かかるぞ、これ。
「お前は本当にあいつに甘いにゃあ」
「何だよ。甘やかしすぎだって文句言いに来たのか?」
「お前がいつまでも甘やかすから、あいつはずっと甘にゃんなんじゃないにゃ?」
「甘にゃん……何言ってんだ、あいつは成長してるだろ? お前らだってそれが分かってるから前より顔出すんだろーが」
「お前、生意気にゃ」
ペチンと尻尾で顔を叩かれて、思わず顔をしかめる。退いてもらおうと俺は頭に手を伸ばしかけたが、昔、本に穴を開けられたときのことを思い出して慌てて引っ込めた。
「お前らこそ、あいつのばあちゃんに頼まれてるならもっとあいつに手ぇ貸してやりゃいいだろ。あいつは家族からほったらかしにされて、途方に暮れてんだよ。誰かがリードしてやんねぇとそれこそいつまでも『甘にゃん』だろーが」
「それがお前ってわけにゃ?」
「他に誰かいんのかよ」
探るような気持ちで、聞き返す。俺の頭の上に圧し掛かったままの忍猫の表情は読めないものの、小さく鼻を鳴らすのが聞こえたような気がした。
「それがのやり方にゃ。あいつが自力で見つけるまでボクたちはなーんにもする気はないにゃ」
「見つけるって、何をだよ」
「お前には関係ないにゃ」
すげなく切り捨てて、忍猫が音もなく地面に飛び降りる。忍び装束を見ればアイだった。俺は髪を簡単に直しながら、足元のアイを見やる。
「確かに甘やかすだけじゃあいつは成長しねぇだろうけど。そのためには安心して帰れる場所が必要なんだよ。あいつにはそれがない。お前の主人はそんへんどう思ってんだよ」
「主人って誰にゃ。澪のことにゃ?」
「他に誰がいんだよ」
「お前は何にも分かってにゃい。ボクたちはそういう関係じゃないにゃ」
アイは不服そうに尻尾を振ると、こちらにクルリと背を向けた。
最後の質問ははぐらかされたな――そう思っていると、アイが不意に立ち止まり、尻尾を揺らしたままぽつりとこう漏らす。
「いつまでも誰かといられるわけじゃないにゃ。帰る場所より、死ぬ場所を探すほうが大事にゃ」
そして最後に大きく尻尾を一振りすると、アイの姿は煙のように消えた。
初めて忍猫とまともに話した俺は、不思議と夢の中にでもいるような心地だった。だが、忍猫の発した言葉はひどく現実的なものだ。帰る場所より、死ぬ場所。忍びは、死に様。帰る場所を見つけるより、いかにして死ぬかのほうが大切だと改めて突きつけられたようだった。結局、忍びは死に様。『澪様』もそう思っているのだろうなと思った。
だが、死ぬそのときまでは誰だって生きてるだろう。一人では生きられないのだから、やっぱり誰にでも帰る場所が必要だ。
アイの重みを思い出しながら、俺は小さく息を吐く。俺の安心して帰れる場所――自宅への道を、しっかりと踏みしめて戻った。