55.又従姉
の家にリンと一緒にクッキーを持っていったあと、俺は足早に帰路についた。本当はもっとリンと過ごしたいけど、作り置きを切らせていたから早く帰ってばあちゃんに飯作ってやらないと。
ばあちゃんは数日前からまた風邪を引いて寝込んでいる。俺がしっかりしないと。ばあちゃんに、また負担をかけてしまう。
「オビト、いつもすまないね。明日は好きなもん買ってきていいからね」
「うん。あんがとな、ばあちゃん」
誕生日には、ばあちゃんが毎年ケーキを焼いてくれる。が、今年は無理そうだ。もう家族で無理に祝わなくても、と思わなくもないが、ばあちゃんは俺を可愛がることが生き甲斐みたいなもんで、俺がリンと過ごしたいからってそれを奪うのは忍びない。
それに、先ほどのの顔を思い出したら、やはり家族が祝ってくれるのは有難いことなんだろうなと思った。
『ゲンマの家でお祝いしてもらうんだ』
はそう言って嬉しそうに笑っていたが、裏返せば自分の家では何も予定がないということだ。のおばさんも、澪ばあちゃんも、戦争に駆り出されて忙しいのは分かる。中忍以上の忍びはみんなそうだ。うちのばあちゃんは足を悪くして俺が生まれるだいぶ前に引退した。だからずっと家にいる。それだけ。
だって別に、他の家と事情は変わらない。でも俺は昔からばあちゃんに家のことを聞かされてきたし、も澪ばあちゃんも、凪おばさんのことも知ってる。
が孤独なことなんて、当然、知ってる。
俺も幼い頃に両親を亡くしたし、うちがうちは一族の中でも特殊な立場にあることで、ずっと孤立感を感じてきた。お前らはうちはじゃないと口にする連中もいるくらいだ。
でも俺にはいつも、ばあちゃんがいてくれた。記憶の中の両親も優しかったし、俺にとって家族とは温かく見守ってくれる存在だ。
「のところに行ってきたのかい?」
布団に横になったままばあちゃんが突然そう聞いてきて、俺は驚いて飛び上がった。ばあちゃんの口からの名前が出るなんて、何年ぶりだろう。それくらい、久しぶりに耳にした。
「あ……ごめん、ばあちゃん」
「どうして謝るんだい。あの子ももう九つか。大きくなったんだろうね?」
「まぁ……身長は、俺の方が大きい。多分。でもあいつはもう下忍だから……なんか、どんどん逞しくなるよ。俺も頑張んないと、いけないんだけど……」
言いながら、自分がどんどん惨めに思えてくる。飛び級なんてとんでもない。俺は本当に落ちこぼれだ。
うちはもも里創設以前から続く旧家で、俺はそのどちらの血も継いでいるのに、一日違いで生まれたに追いつくどころか、その背中さえ見えない。混血が、うちはを名乗るなと陰口を叩かれたこともある。
早くに追いつきたいのに、もう、とっくに諦めている自分もいる。
それでも何とか食らいつこうとしていられるのは、リンがそばで見守ってくれるからだ。
『私も、早くに追いつきたいなと思ってるよ』
リンはそう言って、いつも俺の背中を押してくれる。
『一緒に頑張ろう、オビト。いつかの役に立てるように、オビトの役に立てるように、私も早く医療忍者になれるように頑張るから。私がみんなを助ける。だからオビトも、後ろなんか向いてる暇はないよ』
リンの前向きな笑顔が、俺のいじけた心に明かりを灯してくれた。きっかけはただ、の隣にいる子が可愛いなと思っただけだ。でもいつからか、俺の意識はかつて遠ざかった幼なじみではなく、リンそのものへと向かうようになった。
リンが大好きだ。もっと一緒にいたいし、笑顔を見たいし、たまにはかっこつけたい。でもそんなことをしたってきっとリンには全部お見通しなんだろうけど。
「は、お前はお前だよ。気にする必要ない。さて……はいつまで持つかね」
ばあちゃんがぽつりと漏らした言葉に、俺は顔を上げる。はリンの親友だ。そして俺とリンとを最初に繋いでくれた。俺は唯一の家族であるばあちゃんを裏切れないけど、やっぱりのことだって、もう知らぬ存ぜぬではいられないと思った。
「ばあちゃん、それ、どういう意味?」
「……あの家は、負わされるものが多すぎる。心を失くすか、心を病むか、二つに一つなんだよ」
そこまで話して、ばあちゃんは急にむせ返った。俺は慌てて背中をさすりながら、布団をしっかりと肩までかけてやる。
「ばあちゃん、無理すんな。ゆっくり休んでていいから」
「……すまないね、オビト。つらい思いを、させて」
「何言ってんだよ。俺はばあちゃんが大好きだし、友達にも恵まれてる。勉強は、まぁ……大変だけど、何とかするよ。ばあちゃんは何も心配しなくていいからさ」
申し訳なさそうに微笑むばあちゃんにもう一度笑いかけて、俺はそっと部屋を出た。
忍びになるのが当たり前の環境で、紛い物扱いされて育ち、うちはであることを証明したくて、それなのに自分はやはり紛い物なんじゃないかといつも悩んで。
でもばあちゃんから聞かされたじいちゃんの話や、父さんの話。うちはの中でも自由で柔軟な考えを持ち、取り分けじいちゃんは同族婚が慣例のうちは一族にあって、他所の旧家の出身であるばあちゃんと結婚するという変わり者。
じいちゃんは俺が生まれるずっと前に死んだけど、ばあちゃんはそんな変わり者のじいちゃんが大好きだったそうだ。
そんな家族のもとに生まれた俺が、順風満帆にいくわけがない。
(ちょっとくらい、波乱万丈じゃないと面白くねぇよ)
家族のことを思えば、そんな誇らしいような気持ちも湧いてくる。
いつかうちはの連中に俺のことを認めさせて、『友達』じゃなくなったリンと、一族のことなんか気にしないでじいちゃんみたいに結婚するんだ。
そのとき結婚式には、も参加してもらわなければ困る。俺とリンを繋いでくれたに、俺たちのことを見届けてもらうんだ。
だからそのとき、には元気でいてもらわないと、困る。
は俺なんかよりずっと先を行っているし、仲間だっている。でも誰も知らない家の重圧だってあるだろう。もし、が心を病んでしまいそうになったとき――少しでも、力になれるようになりたい。
やっぱり俺は、を嫌いにはなれないらしい。
『後ろなんか向いてる暇はないよ』
リンの言う通りだ。
リンにもにも、少しでも頼ってもらえるように。
俺だって、いつまでも世話を焼かれる側のままなんて、嫌だ。
だから――早く二人に、追いつかないとな。