54.誕生日
今日、私は九歳になった。忍びになって、チョウザ班に配属されてもうすぐ一年だ。
ゲンマのおばさんに誘われて、今日はゲンマの家でお祝いしてもらうことになっている。うちはずっとばあちゃんがケーキを買ってきてくれていたけど、戦争が始まってからそれもなくなった。七歳の誕生日からだ。
去年もおばさんに呼ばれて誕生日当日に不知火家に行った。ばあちゃんも母さんも不在だったから、誰も気にする必要がなかった。気にしなくていいことが、とてつもなく悲しかった。
でも、もういい。家族がいなくても、私には大切に思ってくれる人たちがいる。それだけで、充分だ。
「、誕生日おめでとう」
夕方には、リンとオビトが家まで来てくれた。任務でいないかもしれないからと、二人で焼き菓子だけ作って持ってきてくれたらしい。リンが強引にオビトを誘ったのかもしれないけど、オビトも嫌そうな顔はしてなかったから、私はホッとして二人にありがとうと笑いかけた。
「オビトは明日誕生日だよね? ごめん、何も準備してないや」
「いいよ、別に。お前も忙しいだろ」
「ごめんね、今度何か埋め合わせするよ」
「いいって」
オビトは私の又従弟で、誕生日もたった一日違いという不思議な縁だ。でも家の事情で複雑な関係にあるから、もう何年も互いにお祝いらしいお祝いなどしていなかった。今日だって、リンの誘いがなければオビトは特に何もしなかっただろう。でも、私の存在が、二人を少しでも繋げるきっかけになっているのなら、嬉しい。
オビトは昔からリンが大好きで、私は親友のリンが結ばれるとするなら、彼女を強く想っているオビトがいいなと思っているからだ。
「はこれからどこか行くの?」
「うん、ゲンマの家でお祝いしてもらうんだ」
「そうなの? やっぱり二人はすごく仲が良いんだね」
「へへ。おばさんが可愛がってくれるから」
リンの言葉に、照れくさい気持ちになりながらも私は素直に笑った。二人に見送られながら、弾む思いでゲンマの家へと向かう。たとえ家族がいなくたって、友達が祝いにきてくれて、ゲンマやおばさんが家に呼んでくれる。それだけで、私には充分だ。
今日もおじさんはいなかったけど、おばさんは前より落ち込まなくなったと思う。今日は私の誕生日だから、余計にそう振る舞ってくれているのかもしれないけど。おばさんのケーキは、おじさんの大好物だ。もちろん、私もゲンマも。
次のお祝い事のときはまた、おじさんも一緒に食べられるといいな。
「、ちょっと来てくれる?」
片付けも終わって、お腹いっぱいになって居間でゲンマとゆっくりしていると、おばさんが奥から顔を覗かせて聞いてきた。
いいよーと答えて、私はそのままおばさんについていく。居間から奥に入るのは初めてだった。隣の小さな部屋で、おばさんが少し声を低めてウィンクしてみせる。
「、良かったらこれもらってくれる?」
おばさんがそう言って渡してくれたのは、小さな手縫いのお守りだった。全体は薄紅色で、表には鈴蘭の刺繍が施されている。私はびっくりして目をぱちくりさせた。
「これ、私に作ってくれたの?」
「そうよ。あ、ゲンマには内緒ね? お揃いって知ったらあの子、恥ずかしがるでしょうから。もゲンマも、大変な仕事でしょう。無事に帰って来られますように、幸せが続きますように――いつも祈ってるわ」
おばさんの言葉を聞いたら、私は涙があふれて止まらなくなった。実の家族だってそんなことは言ってくれないのに、血も繋がってないおばさんが口にするその言葉は素直に信じられた。愛にあふれたゲンマのおばさんは、ゲンマやおじさんだけではなく、私のこともいつも思ってくれている。私がしんどいときに、ゲンマと一緒にいつも惜しみなく助けてくれる。
この気持ちを、いつか返せるだろうか。私がこの人たちにできることは、何があるだろうか。
今はただ、無事に、帰ってくることしか。
そっと抱き締めてくれるおばさんの胸にすり寄って、私は前からずっと気になっていたことを聞いてみたくなった。嗚咽を飲み込みながら、なんとか問いかける。
「おばさんは……何でおじさんと結婚したの? 忍びだって……危険な仕事だって、分かってたはずでしょ? 嫌じゃなかったの?」
「そりゃ、ね。嫌だと思うこともあるわ。あの人だけじゃないわ、ゲンマもあなたも、危ない仕事なんてしてほしくない。でも、仕方ないじゃない? あの人を好きになって、あの子が生まれて、あなたに出会って。みんな、忍者になることを選んだ。私はそれを受け入れて、ただ、待ってることしかできないの」
涙のにじむ目で見上げると、おばさんは優しく微笑んでいた。すごく、穏やかな顔だった。
「嫌だったよ、忍者の妻なんて。いつ死ぬか分からないじゃない。でも、あの人は諦めないでずっと私にアプローチしてくれた。何年も何年も。好きになっちゃったら……もう、しょうがないじゃない? 好きになっちゃったら、たとえ離れていたって愛してしまう。想ってしまう。それならせめて最後まで、あの人の帰る場所でいたい」
どれだけ嫌だと思っても。おじさんへの愛情が勝ってしまうんだ。ゲンマの伯父さんが殉職したとき、おばさんが一番動揺してたって昔ゲンマが教えてくれた。次は、おじさんかもしれない。ゲンマかもしれない。ひょっとして、私かも。そんなふうに怯えながらも、おばさんはもう、覚悟を決めている。
おばさんの温もりの裏に、これまでどれだけの涙や不安があっただろう。私は初めて、それがほんの少しだけ分かったような気がした。
思い切って、最後に、尋ねる。これまで誰にも、聞いたことがなかった問いだ。
「平和って……何だと思う?」
忍びが幾度となく争いを起こすこの世界で。忍びではないおばさんが、私たちをどう思っているのか。それは考えるだけで怖くて、逃げたくなる疑問だった。
平和とは、何なのか。どうすればそんなものが、成せるというのか。
でもおばさんは、優しく微笑んで言った。
「私にとっての平和は、家族。夫と息子。もちろん、あなたもよ。」
「え?」
「あなたはゲンマの大切な人。私も夫も、あなたが大好きよ。だからあなたももちろん、私にとっての平和。あなたたちが無事に生きて帰ってくれること――それ以外に、私の平和はないわ」
もう収まったと思っていたのに、また涙があふれて声が出なくなった。平和なんて、本当はない。ただ一人一人の中にいる大切な人が、今日も無事に過ごせることを願うだけ。そう、言われたような気がした。
私にとっての平和もきっと、大切な人が無事にいられることだ。不知火家の人たち、リン、オビト、ガイ、チョウザ先生、アスマ、紅、シカク先生――もちろん、カカシもだ。
そこに、自分の家族がいるのか。その答えは出せないまま、私はおばさんにもらったお守りを胸に抱き締めた。