53.揺れ


 Cランクが増え、里から離れての任務も多くなってきた。身辺警護は忍びでないとはいえ荒っぽい連中の相手をしなければならないこともあるし、素行調査は対象に気取られないように迅速に情報を集める必要がある。盗賊への応戦など物理攻撃はガイを主砲に、情報収集など心理戦が必要になる任務はゲンマを中心に動くことが多かった。私はあくまで、彼らのサポートだ。

 今日は一般人の足で里から二日かかる温泉街への護衛任務。依頼主は地元の商人で、運搬物資も日用品やありふれた食材などで危険度は低い。これがもっと高価な品や貴重な薬草などになればランクは一気に跳ね上がる。私たちはまだ、着実に実績を積み上げなければならない時期だ。

 無事、温泉街に到着したのは夕暮れ時。依頼主は翌日の取引を終えればまた里まで帰還するため、同じ宿で待機しながら一泊することになった。
 もちろん、私たちは観光に来たわけではないから、一部屋で雑魚寝の上に携帯食。

「めちゃくちゃ良い匂いする~」

 他の部屋から漂ってくる美味しそうな香りに、お腹が鳴ってしまった。チョウザ先生は少し外に出ていて、私たちは隣室の依頼主を気にかけながら待機。
 軽く荷物の整理をしていたゲンマが呆れた様子で振り返った。

「宿に泊まれるだけありがたく思え」
「そりゃそうだけど……」
「無事に任務達成できたらまた飯でも奢ってやるぞ。今は辛抱だ」

 戻ってきたチョウザ先生が開口一番にそう言った。手にした袋を掲げながら、

「温泉まんじゅうだ。これでも食って元気出せ」
「わー! 何ですかそれ、美味しそー!」

 私とガイがすぐに袋を覗き込んで歓声をあげる中、ゲンマはやれやれと息をついて忍具の整理を始めた。ゲンマは私たちの中で一番やる気なさそうに見えるくせに、根は本当に真面目で責任感が強い。

 私はガイとこっそり目を合わせ、お互い片手に一つずつおまんじゅうを持ってゲンマの背中に近づいた。

「ゲーンマっ!」
「わっ! な、何だよ」
「ゲンマも食べよ。どっちにする?」
「ボクのまんじゅうか、のまんじゅうか」
「お、俺はいい、後にする」
「一緒に食べよ〜!」
「やめろっ!!」
「お前ら、あんまり騒ぐんじゃない」

 私とガイに飛びつかれて畳に転がったゲンマが赤くなって怒鳴り、私たちは声をあげて笑う。チョウザ先生はそんな私たちを見て、肩をすくめながらも気楽に微笑む。
 ここのところ緊迫した任務も多かったから、久しぶりに仲間と肩の力を抜いて笑い合えた気がした。

「せっかくだ、交代で風呂でも行ってこい。ここの宿は、この地域でも有名な源泉から引いてきてるそうだぞ」
「えっ、いいんですか?」

 思わず目を輝かせた私に、チョウザ先生は笑って頷いた。
 幼い頃、ばあちゃんに連れられて里の銭湯に入ったことは何度かある。でも木の葉に温泉はないし、噂を聞いたことがあるだけで本物は初めてだ。

 私が真っ先に行きたいと手を挙げても誰も止めなかったので、簡易の着替えとタオルを持って、意気揚々と部屋を出た。ここは温泉街といっても木の葉よりずっと小規模だし、宿も庶民向けの安宿。大浴場の浴槽も、里で入った銭湯より少し大きいくらいで、特別広いわけではない。でも乳白色のお湯は滑らかで、少し熱めの温度が冬で冷えた肌にじわじわと染み渡っていった。

「あ~、幸せ」

 ここのところ野営続きだったし、確かにゲンマの言う通り、宿に泊まれるだけでもありがたい。その上、こんなにあったまる温泉に浸かれるなんて本当に最高。温泉って、いいんだな。

 湯船に浸かってしばらくぼんやりしていると、ばあちゃんくらいの年の人が二人入ってきた。聞き耳を立てるつもりはないが、静かな浴室では耳に入ってしまう。
 二人はどうやら観光客のようだったが、北では激しい戦闘が繰り広げられていて、もう十年近く故郷に帰っていないという話だった。
 きっと何度も、戦争を経験したのだろう。戦うのも忍び、無関係の人たちを巻き込むのも忍び。私たち忍びの歴史は、戦いの歴史だ。

 この戦争が始まって二年。戦局は大きく変わらず、土との国境線が最も荒れているらしい。かつてサクモおじさんの判断で落とされた拠点は、多くの犠牲を経て奪還したと聞いた。
 何が正しいのか、何が間違っているのか。おじさんがたった一人を見捨てたら、失われなかった命がある。サクモおじさんが間違っていたとは思えないのに、戦争のことを考えたら私は何を信じていいのか分からなくなりそうだった。
 カカシもきっと、揺れ続けているのではないか。そんなことを、勝手に妄想する。

 もしも目の前で大切な仲間が危険に晒されたら、今の私はどうするだろうか。迷わず仲間を助けられるんだろうか。
 そのためにも、私が弱いままでは話にならない。強くなければ、何も護れない。

 あんなに強いサクモおじさんでさえ、あんな結末になったのに。

(……荷が、重すぎる)

 平和を成すこと。それが家が代々受け継いできた使命。
 誰も成しえていないから、今、世界は争っているのに。

『凪があの状況では、お前が家を背負って立つしかないんだ』

 ばあちゃんの声が脳内にこだまする。
 そんなの、知らないよ。ほったらかしのまま、勝手に期待だけされたって、知らない。

 少し離れたところで湯船に浸かっている老婆の話題が、知らない間に孫の成長へと移っていた。私は首まで深々と沈んでいた身体を起こし、後味の悪い思いで浴場をあとにする。

 分かっていたはずだ。
 私たち忍びの道は、後ろ暗い道だと。

 平和が成されないのは、私たちのせいだ。