292.再会
穢土転生の死者たちが消え、俺たちはうちはマダラと戦闘中のナルトやガイたちに合流するよう命じられた。マダラといっても、本物のうちはマダラは穢土転生で蘇った。つまり面の男は、マダラを名乗る何者かということだ。
ライドウたちと移動中、そっと腰のポーチに触れた。この十年ずっと共に歩んできたそれの表面はすっかり柔らかくなり、しなやかに馴染んで吸い付くような感触さえある。
必ず生きて帰る。この戦争が終わったら、絶対にもう一度伝えるんだ。
「ゲンマにゃ」
突然俺たちの前に、ひとりの忍猫が現れた。タイミングが良すぎる。名前は、何だっけか。藍色の忍び服で、ガキの頃から時々見かける奴だ。
俺たちと並んで軽々と走る姿に、思わず早口で問いかけた。
「は? 近くにいるのか?」
「あっちにゃ。面の男がうちはオビトって分かってパニックにゃ」
忍猫は平然とそう言ったが、俺の頭も一瞬で混乱した。本物のうちはマダラが穢土転生で復活したとシカクさんに聞かされたときより混乱した。
「うちは……オビトだと? あいつは前の大戦で死んだ!」
「生きてたにゃ。レイが顔を見たにゃ。本部にも伝達済みにゃ」
まさか、そんなことが。ライドウも俺の後ろで息を呑むのが分かった。
この戦争を始めたのは、面の男だ。五影会談に乱入して宣戦布告。全世界を幻術にかけて、永遠の夢を見せようという。二度と、覚めることのない夢。
そんなもの、死と同じだ。
オビトは先の大戦で一度死んだ。だから、変わってしまったというのか。
はオビトの親戚で、幼なじみだった。俺たちが出会うずっと前――それこそ、赤ん坊の頃から知っていると。オビトは誰がどう見てもリンが好きだった。リンはの親友で、二人との繋がりがにとっても大きな支えだったと思う。
は多くのものを失ってきた。もちろん家族もそうだ。だがあの二人の喪失が、にとっては一つの平和の終わりだったのかもしれない。
オビトが生きていて、この戦争を始めた張本人だとしたら、冷静でいられるはずがない。
今すぐ駆けつけてやりたい。だが、今は戦争中だ。にじむ汗に、喧しく打ち付ける鼓動を無視して、何とか静かに声を出す。
「……あいつが無茶しねぇように、頼むぞ」
「もう遅いにゃ。勝手なことするにゃって言われてるのにひとりでさっさと行っちゃったにゃ」
「な……こんなとこで悠長に話してんなよ!! 止めろよ!!」
忍猫のこういうところは、昔から腹が立つ。が、彼らに人間の物差しを当てたところで意味がない。
忍猫が跳躍しながら呆れたように息をついた。
「しょーがないにゃ。サクが連れて行ったにゃ。オレは情報収集を頼まれてるだけ――」
そこで忍猫が言葉を切り、ハッと顔を上げた。すぐにまた、深々と嘆息する。
「呼ばれてるにゃ。行くにゃ」
「なっ、おい――」
呼びかけの途中で、その忍猫は煙のように姿を消した。
がサクでもレイでもなく、他の忍猫を呼んだ。
とてつもなく、嫌な予感がする。
「うちはオビト……木の葉のうちは一族ということか? 奴らは滅んだという話だが」
一緒に穢土転生の包帯を追っていた眼帯男が、先頭を走りながら振り返った。
何も言えない俺の代わりに、ライドウが苦々しげに答える。
「第三次大戦で死んだと思われていた……俺たちの、仲間です」
***
勝手な行動を取るなと言われた。シズネさんからも、シカクさんからも。私がひとり先行したところで、何ができるのか。
でも、本部から全部隊への指示は、ナルトくんとキラービーの援護。
私は一足先に、目的地へ向かうだけだ。
「サク、お願い。今の私には、あなたたちがいる。オビトと話がしたい」
「奴は昔のオビトじゃないにゃ。話ができるような奴ならこうなってないにゃ」
「分かってる。それでも――」
「話してどうするにゃ。お前の気分が晴れるにゃ?」
ゆらりと現れたレイが、冷ややかに聞いてくる。まだ痛む脇腹を押さえながら、私は首を振った。
「晴れるわけない。そんなことじゃない。でも、この戦争を始めたのがオビトだとしたら……カカシの、オビトの、リンの友として、私が諦めるわけにいかないから。ゲンマが私を諦めないでくれたみたいに……最後まで、私はオビトを諦めない」
本当は気づいていたのに、私は気づかない振りをした。カカシに中途半端に打ち明けただけで、仮面の男がオビトだという可能性を本気で上には報告しなかった。信じたくなかった。過去の美しい記憶のまま、オビトには笑っていてほしかった。
でも、違う。それは過去の傷ついたオビトも全部、否定することになる。
リンを守ると約束した友が、そのリンを殺したと知ればどう思うか。リンは自らカカシの術に飛び込んだ。それしか、里を守れないと思ったから。でもそのことを知らないオビトが、カカシを憎んだとしたら。
私だって結局、リンのために何もできなかった。ただ、泣いていただけだ。
オビトが生きていたとして、その心を置き去りにした。
レイがやれやれと息を吐いた。
「本当にお前たちはみんな大馬鹿者にゃ」
「……分かってる」
「それでもお前は、アイツに似てるにゃ」
レイの言葉に眉をひそめたけど、レイはもうこちらに背中を向けたところだ。
「サク、先に行くにゃ。うちは後から行くにゃ」
「分かってるにゃ」
レイの姿が消えると同時に、サクが私の肩に飛び乗って覗き込んできた。
「死ぬ覚悟はできてるにゃ?」
「できてるわけないでしょ。私は絶対生きて帰らなきゃいけないんだから」
「ま、骨くらいは拾ってやるにゃ」
「それはあんたが生きてる前提の話でしょ」
尾獣を集められるような集団を率いていた人間が相手だというのなら、忍猫だって無事ではいられないだろう。ライやアイの死が、そのことを証明した。忍猫も、敗れることはある。
「、行くにゃ」
「いいよ」
生きては戻れないかもしれない。
ゲンマの顔が脳裏を過ったけど、止まるわけにはいかない。
視界が一瞬霞んで、次に目を開くとこれまでとは全く違う、拓けた景色の中に立っていた。
「木の葉の忍猫使い、か」
あのときと、同じ台詞で。
巨大化した忍猫よりもさらに大きい人型の化け物の上に、男がふたり、立っていた。