291.夜


 瞼が、重い。開こうとしても、わずかに震えるだけで思うように動かない。
 身体もまるで石にでも縛られたかのように、指先ひとつ満足に動かせない。

 遠くで人の声がするけど、何を言っているかよく分からない。喉が焼けつくように渇いて、息を吸うだけで胸の奥がひりつく。

 それでも――この痛みは、生きている証。

 不意に指先に温かなものが触れて、強張っていた筋肉が緩んだ。この感触、きっとサクだ。良かった。彼らも無理をした。最後は、あんなに大きな技まで。

 そこまで考えて、一気に記憶が蘇ってきた。そうだ、今は戦争中だ。穢土転生の手練れたちが現れて不死身の身体で戦わされている。祖母もそのうちの一人だった。こんなところで寝ている場合じゃない。

 急いで起き上がろうとしたけど、全身に鋭い痛みが走ってそのまま地面に倒れ込んだ。祖母との戦闘でチャクラは尽きたし外傷もそれなりに受けた。忍具も、補給しないと。

さん、もうしばらく寝ててください」

 目を開くと、夜空の下だった。ここは恐らくテント村だ。どれくらい、眠っていたんだろう。
 私を覗き込んでいるのは、サクラだった。

「サクラ……戦況は、どうなってるの?」
「大丈夫です。穢土転生は解除されました。あとは二人のマダラを押さえるだけです」
「二人の……マダラ?」

 私が寝ている間に何があったのか。口を挟んできたサクによると、面の男の他に、穢土転生体のうちはマダラが現れたらしい。しかも本物のマダラは穢土転生の契約解除法を知っていた。術そのものが解かれても、マダラは不死の身体のまま、消えずに残っているそうだ。
 今は、五影が戦っている。

「不死のマダラ……じゃあ、仮面の男は……」
「オビトに決まってるにゃ」

 あっさりと言ってのけるサクに、心臓がぎゅっとなる。サクラが私の腹部に両手を当ててチャクラを流しながら、訝しげに聞いてきた。

「オビトって、誰ですか?」
「……何でもないの。こっちの話」

 うちはマダラを名乗った仮面の男。この戦争を始めた男。
 まさか、こんなことを、あのオビトが?
 カカシを恨み、木の葉を恨み、世界を憎んだというの?

 サクラのお陰でだいぶ楽になったけど、もうしばらく寝ていろと言い含められて、私は地面にぐったりと横たわった。サクラたち医療忍者は慌ただしく辺りを行ったり来たりして、私の他にも、倒れている忍びたちが何人もいる。
 もう少し休んだら、前線に行かなければ。みんな、傷つきながらも命を懸けて戦っている。

「サクたちは……大丈夫なの?」
「山で休んできたにゃ。大丈夫にゃ」

 いつか、サクに聞いたことがある。木の葉から離れた火の国の外れに、忍猫たちがふらりと訪れる山間がある。生まれ故郷、というわけではない。でもなぜか、そこにいると不思議と癒やされるらしい。回復も早いと聞いた。忍猫だけの移動なら、彼らの微量のチャクラで済む。初めての技で、彼らもかなり消耗したはずだ。今は、休ませるしかない。

(……ばあちゃん)

 ばあちゃんは、何も言わなかった。ただ、自分の責任だと言っただけだ。何で死んだのか、何があったのか、何も言わないまま。
 言い訳してほしかった。弁解してほしかった。それなのにばあちゃんは、自分のせいだと言って詫びただけだ。そんなことで、この二十年の痛みがなかったことになるわけじゃない。なぜ、どうして。それを知りたかったのに。

『時神社の隠し部屋に、凪の日記を隠した』

 母さんの、日記。そんなものがあったなんて。

 ペインの術で、里は大半が消し飛んだ。家にあったのなら、とっくに失われたはずだ。でも、の神社は里から離れた場所にある。
 場所は、サクが知っているという。やっぱりサクたちは、ばあちゃんから何か聞いていたんだ。

 でもきっと、サクたちはばあちゃんが語った以上のことは話さない。

 私が自分で、探しに行くしかない。

 怖い。本当のことを知るのが、怖い。

 やっぱり愛されてなんかいなかったと分かれば、私はどうすればいい? 母はやっぱり、父ではない人を愛していたと知れば、私の存在は血の呪縛だけから生まれたことになる。

 でも、きっと真実を知らなければ前へは進めない。

 私はずっと、過去に囚われて逃げ続けてきたのだから。

(言い訳してほしかったよ……ばあちゃん)

 本当は私を、愛していたんだって。

 そのとき、指先に硬く滑らかなものが触れた。腰に提げた忍具ポーチ。もう、中身はほとんど空っぽだ。あるのは数少ない手裏剣とクナイ、そして筒状のホルダー。
 ゲンマから二度贈られたものだ。

『離れても……ずっとお前の、そばにいたい』

 ――ゲンマ。

 こんなものなくたって、あなたはずっと、私のそばにいてくれた。

 ずっとずっと、ずっと。

『お前は本当に、いい男に巡り合ったんだな』

 そうだよ、ばあちゃん。私、本当に素敵な人と巡り合ったんだよ。

 こんな私を見捨てないで、ずっとずっと、待っていてくれたんだよ。

 この戦争が終わったら、絶対に伝えるから。

、面の男の正体が分かったにゃ」

 テント村も少し騒がしくなってきた。シズネやサクラたちが前線へと移動することになり、私も彼女たちと共に出発する予定だ。

 忍具の補充を終える頃、煙のように現れたレイが淡々と告げた。

「うちはオビトにゃ」