288.遺志


 トウの作戦は、こうだ。といってもトウだけじゃない。忍猫たちの総意。私や忍猫たちだけでは威力に欠ける。ここは強力な一撃必殺が必要。

 カカシを呼ぶ。

「でも……」

 私ひとりでけりをつけると啖呵を切った。思わず口ごもる私に、トウは冷ややかに畳み掛ける。

「お前ひとりでどうにもならないから今こうなってるにゃ」
「それは、そうだけど……」
「お前がここで死んでも何の意味もないにゃ。それでいいなら好きにするにゃ」

 忍猫たちは、私に何かを強いたりしない。勝手にすればいいと突き放す。時々傍らで、お前はアホだなと呆れながら。

 私が死んだとしても、きっと彼らは嘆かない。アホな奴だったと、すぐに忘れるんだろう。

「……分かった。それで、どうするの?」

 トウは言った。自分がカカシと入れ替わる。私だと油断させておいて背後からカカシの大技を決める。範囲が大きければ大きいほど、復元にも時間がかかる。

 忍猫が以外を飛ばせることも知らなかったし、トウがそれほどカカシに気を許しているとも思っていなかった。トウはペイン襲撃のあのときから、カカシのそばに好んで行くようになった。彼女なりに、恩義でも感じているのか。パックンたち忍犬ともそれなりに親しくしているらしい。

「でも、そのあとは? 私もカカシも、封印術は持ってない」
「じきに封印班が来るにゃ。それまで少しでも時間を稼ぐにゃ」
「……分かった」

 それしかないか。私ひとりじゃ、どうにもならない。全て、削り取られていくだけ。

 祖母の背後に突如として現れたカカシの千鳥が、祖母の腹部を完全に貫く。カカシの術の中でも最強の一点集中型。
 でも穢土転生体である身体はすぐに復元してしまう。

 ――が、千鳥の威力が効いたのか、三分の一ほどが吹き飛んだ祖母の身体の復元は、これまでで最もゆっくりだった。祖母の黒い瞳が見開かれ、驚いたようにカカシを見つめているのが分かった。

「まさか忍猫が……でない者と連携するとは」

 もしかしたら、本体の動揺が穢土転生体に影響を与えるのかもしれない。後退したカカシの傍らに移動し、声を掛ける。

「カカシ、このまま畳み掛ける。火遁をお願い」
「えー、火遁は苦手なんだけど」

 苦手だといったって、私より強いのは知ってる。カカシの火遁に私の風遁を追い風として、復元しかけた祖母の身体を再び削り取る。何度か連続攻撃を仕掛けて、芥の動きはどんどん鈍っていった。

 ほとんど塵になったそれがまたゆっくりと人の形を取っていく様を見据えて、告げる。

「忍猫たちにも意思がある。私たちだって日々進化している。忍連合軍がその何よりの証。後の世代を舐めるな」

 封印班は、まだか。チャクラも忍具もほとんど尽きた。カカシだって、ここまでで相当消耗しているはずだ。早く――早く。

、いくにゃ」

 息を整える私の肩に、ひらりとサクが載ってきた。サクも何度か時空間忍術を使って疲弊している。それでもまっすぐ祖母を見つめ、私にそう囁いた。

「何?」
「澪は必ず、あるべき場所に帰すにゃ。お前が時間を稼ぐにゃ。ボクらがついてるにゃ」
「だって……チャクラはもうほとんど……」

 そのとき不意に、誰かがもう片方の肩に載った気がした。この感触、なんだかとても懐かしい。

、いくにゃ』

 ハッとして、顔を上げる。目の前にいるのは、欠けた祖母の穢土転生体じゃない。淡い色合いに包まれた見たこともない空間に、ひとりの忍猫が座っていた。

「……ライ」

 二十年前、霧で祖母を庇って死んだとされる忍猫。祖母が生まれたときからずっと、祖母のそばにいた相棒。の忍猫の中で、最も強いとされた者。幼い私にいつも、厳しい眼差しを向けていたように思う。
 そのライが、やはり厳しい瞳で私を見据えながら、小さく頷いてみせた。

 私の左肩に載るアイが、少し硬い肉球で私の頬をグイグイと押した。

、お前ならやれるにゃ。澪を何とかしてやるにゃ』
「……アイ……アイ……ッ!!」

 十五年前の九尾襲来の夜、命を落とした私の相棒。生まれたときからずっとそばで、私を見守ってくれていた。今はニコニコ、能天気に笑って。
 右肩のサクは私と違い、泣かずにじっと兄弟猫を見つめている。私が、こんなところでメソメソしているわけにいかない。

 祖母の魂は、私が必ず浄土に戻す。

 死者とは本来、相容れないもの。

 涙のにじんだ瞳を再び開くと、目の前には祖母の復元しかけた半分ほどの身体があった。

、早く次の策を打たないと――」
「分かってる」

 分かってるよ、もう。

 私のやるべきことは、アイとライが教えてくれた。

 印が不思議と、頭の中に浮かんでくる。イメージも。こんなことは、初めてだ。

 初めて忍猫たちが呼びかけに応えてくれたときはとにかく必死で、ほとんど覚えていないから。

「百猫一魂!!」

 全ての印を結び終えたあと、私の背後で何か大きな気配が聳え立ち、強い風が吹いて低い唸り声が鳴り響いた。


***


 の背後に突如として現れた山のような獣。地鳴りのような声だが、よくよく見れば巨大な猫だ。まぁ、猫というより虎や獅子に近い。の忍猫たちがひとつになり巨大化したようだった。初めて見る術だ。

 まだ、こんな大技を使うチャクラを残していたのか。

 いや、とてもそうは見えない。きっとはいつ倒れても不思議じゃない。

 もしものときは、俺が決めなければ。

 だが巨大猫が身を低めて澪様の胴体に食らいつくと、戻りかけていた塵芥がピタリと止まった。まるでそこだけ時間が止まったかのように。

「一体どうなってる?」
「ボクらが捕まえてる間は、術は無効にゃ。穢土転生の解除まではできにゃいけど、復元は止められるにゃ」

 姿形は見えないが、の相棒であるサクの声がする。忍猫はサクとトウしか見分けられないし、名前も覚えていない。トウの鳴き声が聞こえたところを見ると、一体化してもそれぞれの意識ははっきりあるようだ。

 これなら、澪様の攻撃は抑えられる。あとは封印班の到着を待つだけだ。
 それまで、が持つかどうか。

 の顔も青いが、今の彼女のチャクラ量でこれだけの術を使えるとは思えない。きっと、忍猫たちの意思そのものに因るところも大きいんだろう。

 一瞬悩んだが、背中に手を貸して支えると、は力なく微笑んだ。

 腹部が一部欠けたまま巨大猫に食いつかれている澪様が、と同じ表情で笑うのが分かった。

「……強くなったな、。やはりお前に、私は必要なかったようだ」

 その言葉に、の身体がピクリと揺らいだ。