286.怒り


 無理だ。に澪様は倒せない。

 澪様は三代目火影の右腕と呼ばれた人だ。諜報が専門で表には滅多に出なかったため、その実力を知らない者もいたらしいが、父も一目置いていた実力者。たとえ忍猫がいなかったとしても、戦闘においてそれが不利な要因になることはない。

 は確かに強くなった。だが忍猫が力を貸したところで、澪様を相手にどこまでやれるか。

、お前の仕事は戦闘じゃない。ここは離脱して――」
「離脱させてくれるなら、ね」

 まぁ、確かに。離脱させるつもりがないから、カブトは今このタイミングで、ここに澪様を送ったんだろう。

「それならせめて、連携して俺たちが足止めする。お前が一人で戦う必要はない」
「分かってる。普通ならそうする。でも私に考えがあるから、ここは任せて」

 虚勢――ではないのかもしれない。だが、不安が残る。そうは言っても、澪様の他に現れた二人も霧と砂の手練れだという。ここは一旦、を信じるか。最悪、には忍猫たちの時空間忍術がある。

「深追いはするなよ。奴らは不死身だ」
「分かってる」

 そう言ってクナイを構えながら飛び出したを横目に、俺もまた反対方向へと踏み出した。

 分かっている。あれは虚勢かもしれない。だが俺がずっと父さんへの思いを胸の奥でくすぶらせていたように、もまた家族に対するわだかまりを抱えて生きてきた。それはきっと、今も。
 今ここで澪様を超えなければ、はこの先も、過去に縛られてもがき続けるだろう。

 は今、二十年抱え続けた痛みと向き合おうとしている。

 も、いつまでも子どものままじゃない。

 逃げることも立派な戦略の一つ。だが。

 忍びには、逃げてはならないときが、ある。


***


 強い。忍猫たちのサポートがなければ、とっくの昔にやられている。

 チャクラもスタミナも無尽蔵。どれだけ負傷しても痛みを感じない。破損した部位もすぐに復元する。いくら正面切って戦ったところで、こちらに勝ち目はない。
 一刻も早く動きを封じて、封印する。それしか方法はない。

 互いにクナイを合わせて押し合いながら、祖母が苦々しげに目を細めた。

「お前はカカシの何を見てきた。お前はまだそうやって、一人で戦おうとするのか。ゲンマはどうした」

 その名を聞いて、胸の奥に潜む綻びから怒りが噴き出すのを感じる。指先に力が入り、擦れ合う金属音が耳障りに響いた。

「うるさい! 私をひとり捨てていったばあちゃんに、私のことを否定なんかさせない!! ゲンマのことなんか……私のことなんか、ばあちゃんには関係ない!!」

 クナイを弾いて後ろに飛び退き、その場に起爆札を残す。四方から忍猫たちも起爆札を仕掛けるけど、祖母は不死身の身体であることを利用し、逆に火遁で威力を増して私たちを巻き込もうとする。

「薬師カブト……絶対に許さないにゃ」

 散り散りになった芥が再び祖母の形を取る様に、レイが身を低くして唸った。距離を保ちながら、私は少し息を整えて忍猫たちの位置を確認する。

「行くよ」

 私が小さく合図すると、三匹の忍猫が私の指示に応じて飛び立った。左から祖母の視界をかすめるように素早く斜めに跳び、右の猫は背後の高所から落ちる影を作る。
 祖母の目が瞬間的に左右に動いたのが見えた。

 三匹目の忍猫の口から煙玉が落下する音と共に、祖母の足元に煙幕が広がる。視界が奪われたその瞬間、私は身体を低く沈め、死角を狙ってクナイを投げた。
 祖母は瞬時に反応しようとしたけど、忍猫たちの陽動と白煙のせいでわずかに遅れたようだった。

 その煙の中から一閃する影が伸び、クナイや手裏剣が次々と迫ってくる。風遁でそれらの軌道をかわしながら、距離を取って後方へと跳ぶ。

 ――が、次の瞬間には、私は祖母の死角であるすぐ背後に立っていた。

「これで終わりよ」

 一時的に相手の動きを封じる術式が描かれた巻物を開いたとき、動けなくなったのは私のほうだ。

「甘いな、

 振り向いた祖母の目は、暗く冷たい。

 祖母がクナイを振りかざしたところで、私はまた先ほど飛んだ離れた場所に戻っていた。金縛りはすでに解けている。
 代わりに、全身をひどい倦怠感が包んでいた。

「進歩がないな。お前に忍猫との連携を教えたのは私だ。その程度の手札は容易に推測できる。チャクラの浪費だぞ」
「……うるさい」

 と契約した忍猫が時空間忍術を使えば、術者のチャクラを消費する。故に使い所は慎重に選ばなければならない。それがかつて、私が忍猫使いとして最初に祖母から教わったことだ。
 一瞬の隙をついて祖母の背後を取ったサクが私と入れ替わり、祖母の動きを封じる。それが失敗したことで、今度はサクが再び私と入れ替わって、瞬時に祖母から離れる。

 忍具もチャクラも、確実に減ってきている。それなのに相手は、不死身の身体。

「早く私を止めろ、。お前一人では無理だ」
「うるさい!」

 分かってる。そんなこと、分かってる。

 地力で私が、祖母に勝てるはずがない。

 握りしめたクナイを片手に、間合いを取る。私の肩に現れたトウが、次の作戦を提案した。