272.帰郷
自来也さんの見立て通り、暁が大きく動き始めた。
ナルトくんが里に戻ってきてすぐ、砂隠れから救援要請が届いた。一年前に風影に就任したばかりの人柱力我愛羅が、里に侵入してきた暁に拉致されたという。奴らのあまりに大胆な行動にも、砂がその暴挙を防げなかったことにも驚いた。否応なく、三年前にイタチが里に現れたことを思い出した。
あのとき私たちだって、暁の侵入を防げなかった。いくらイタチが、里の監視網の穴を熟知していたとしても。
救援には、カカシ班とガイ班が向かった。五代目の下、サクラも立派な医療忍者になった。ナルトくんだって自来也さんのもとで三年も修行した。テンテンちゃんもネジくんもリーも、以前とは比べ物にならないくらい強くなった。
あぁ、ネジくんは先日上忍になったばかりだから、ネジさんって呼んだほうがいいかな。
「ネジくん、本当に変わりましたね」
ツイ班も、昨年全員が中忍になった。ネネコちゃんは二年前に昇格して、下忍を率いることも増えている。仲間の長所を伸ばすことが得意なので、色々なメンバーと組めるように配置されているらしい。
火影邸の前で久しぶりにツイ班と鉢合わせをして声をかけると、ツイさんは穏やかな顔で笑った。
「俺も安心してる。やっぱりあの中忍試験でナルトにやられたのが効いたらしい」
その話は私も聞いている。そのときの本選は見られなかったけど、幼少期から天才と呼ばれたネジくんが、落ちこぼれと言われてきたナルトくんにまさかの敗北。言ってみれば、カカシがオビトに負けるようなものだろう。会場は沸きに沸いたらしい。
ヒザシさんの一件も、ヒアシさんとの間で話し合いが行われたそうだ。それまでのネジくんはいつもどこかピリピリしていたのに、人が変わったように穏やかになり、体術の腕も桁違いに上がった。そして遂に、上忍に推薦されるまでに成長した。
やっぱりナルトくんには、人を変えていく力があるみたい。『ド根性忍伝』の主人公みたいに。自分を信じ、逆境を乗り越えて、その生き様が周囲を変えていく力。カカシだって絶対、ナルトくんに感化されている。
もしオビトが生きていたら、そんな風に周りを照らす光になったかもしれない。
オビトの死に様が、カカシの生き方を変えたように。
「私も今のネジは好きだよ! ミカゲはもーーっと好きなんだって!」
「ちょ! やめ、ネネコ、やめてっ!!」
「えへへへ、ごめん」
横からニヤニヤと顔を出してきたネネコちゃんと、その後ろで赤くなって怒鳴るミカゲ。まぁ、色恋が楽しい時期だよね。私はどうだったかな。ネネコちゃんたちの年の頃には、ゲンマのことなんかまだ好きだなんて気づいてなかったな。でもきっと、ずっと好きだったんだろうな。
風影は無事に奪還し、暁の一人を殺害、もう一人はカカシが腕を消したらしい。ただ、一尾は奴らに奪われたそうだ。尾獣を抜き取られて一度死んだ我愛羅を、砂の相談役であるチヨが蘇生させた。その代償として、チヨは命を落とした。砂のチヨの話は、昔祖母から聞いたことがある。傀儡には、忍猫の物理攻撃も情報戦術も効かない。
砂隠れから帰還したカカシは、ガイの背中でぐったりと泡を吹いていた。
「あんた、スタミナなさすぎでしょ」
「お前……ガイと比べてるんじゃないだろうな?」
「だって永遠のライバルなんでしょ?」
「……人には得手不得手があるでしょ」
カカシは写輪眼の多用で最低半月は入院することが決まった。元々うちは一族でない身体に写輪眼を移植したこともあり、左目を閉じることもできずにカカシは常にチャクラを浪費している状態だ。並の人間よりタフだとしても、そもそものスタートラインが違うんだから、比べること自体が不毛なんだけど。
個室のベッドに横たわるカカシが、不機嫌丸出しで口布の奥からくぐもった声を出した。こんなときくらい、口布外せばいいのに。
「何しに来たんだよ」
「仲間の見舞いに来ちゃダメなわけ?」
「……いちいち煽るな」
「は? 何言ってんの」
まぁ、ほんとは医療部に用事があったから、そのついでだけど。ついでって言ったらまた拗ねるだろうから、言わないでおいた。
イタチにやられたときのカカシは、もうちょっと素直だったんだけどな。
ここ最近のカカシは、なんか変だ。妙な絡み方をしてきて、やけにいじけて子どもっぽい。とりあえず前と同じようなインスタントスープを差し入れて、私は病室をあとにした。
***
大蛇丸は、元暁のメンバーだ。風影の一件で暁から情報を得たカカシ班は、大蛇丸のアジトの一つを発見することに成功した。もっとも、カカシは寝込んでいるから、暗部から木遁使いのテンゾウさんがカカシの代理に抜擢された。カカシ不在の今、人柱力の目付け役としては、彼を置いて他にはいない。九尾の力を抑え込めるのは、初代火影の木遁忍術と、うちはマダラの瞳術だけと言われているからだ。
テンゾウさんたちは大蛇丸のアジトでうちはサスケと対面した。でもサスケは、かつての仲間の呼びかけにも応じず、大蛇丸と共に消えたそうだ。
落ち込んだナルトくんは、新たな武器を磨くためとして、性質変化の修行を始めた。ナルトくんは何と、風の性質だったらしい。
「さんも確か、風をお持ちでしたよね」
「そうですけど、私は実戦タイプじゃないですよ。そういうのはアスマに頼んだほうがいいんじゃないですか?」
テンゾウさんとは諜報系の任務で何度か一緒になったことがある。出会ったときには彼はもう上忍だったから、タメ口でいいですよって言ったのに、私が年上であることや、彼の暗部の先輩であるカカシにタメ口をきいていることなどから、私にタメ口で話そうとすると息苦しくなるらしい。律儀。カカシとは大違い。
テンゾウさん――もとい、ヤマトさんの後ろ姿を見送りながら、私は懐かしく下忍時代のことを思い出していた。風のチャクラは木の葉では珍しいからと、シカク班にしばらくお世話になったっけ。
アスマはぶっきらぼうだけど、本当は面倒見が良くて優しい。思春期に少し拗らせたけど、守護忍十二士での経験がアスマを一回りも二回りも大きく変えた。よりを戻した紅も、今は本当に幸せそうだ。
だから、火ノ寺が暁の襲撃を受け、元守護忍十二士の地陸さんが殺害されたという知らせがもたらされたとき、アスマだけでなく私もまた大きな衝撃を受けた。