262.当てつけ
諜報活動が少し落ち着いてきた頃から、ゲンマと組む任務が増えた。これまでは、護衛が必要なときは、護衛部や暗部から手が空いている忍びをつけられていたけど、最近、八割程度はゲンマと組まされる。二人だけのときもあれば、スリーマンセルやフォーマンセルのこともある。
またゲンマですか? と聞いたら、五代目はめんどくさそうに顔をしかめた。
「文句があるのか?」
「いえ……滅相もございません」
ここまで来ると、意図的なんだろうなと思う。私とゲンマは元チームメイトだから、連携しやすいと思ってるんだろうな。まぁ、それは別に間違ってないけど。
前の任務が長引いて、少し遅れて戻ってきたゲンマと火影室で合流し、シズネさんから詳しい説明を受ける。今回は二人だけの任務だ。ゲンマの手元の資料を横から覗き込んで、私は疑問点をいくつか質問する。私とゲンマが話していると、五代目はよくニヤニヤしながら見てくる。
まさか、誰かから聞いたのかな。私たちのこと。私たちがもう十年近く、近づいたり離れたりを繰り返してるってこと。そう思ったら恥ずかしすぎて消えたくなった。
「質問が終わりならさっさと行け。次が控えてるんでな」
五代目が虫でも払うように手を振ったので、私たちは一礼して火影室を出た。
扉の脇に立っていたのは、ポケットに手を突っ込んだカカシだった。
「あ、カカシ。帰ってたの?」
「まぁな」
カカシはここのところ単独任務も多い。また新しく下忍指導を任せるという話もあったらしいけど、カカシにしかできない難しい任務が続くとかで、五代目が下忍担当から外したそうだ。
カカシは気だるそうに目を細めながら、私を見下ろして小さく首を傾ける。
「お前は? またゲンマと一緒なの?」
「あ、うん……夜には出るよ。じゃあまた」
何だか見透かされているような気がして、落ち着かない。私はさり気なくカカシから視線を外して、ゲンマよりも先に火影室から離れた。
ゲンマは前の任務から戻ってきたばかりだ。そこまでゆっくりはしていられないけど、少し仮眠できるくらいの時間はある。待ち合わせの時間を決めて、私たちはいつものように私の家の前で別れた。
前のゲンマだったら、多分、うちに寄ってた。私も、きっと何か軽食くらい作ってあげたと思う。
でも、私たちはそうしなかった。ゲンマはあえて、一線を引こうとしている。私が怖がらないように。傷つけないようにって。
五年ぶりに気持ちを伝えられたあの日から、やっぱり私たちは何かが変わったわけじゃない。ただ、好きだって、視線や仕草で伝えてくれるだけ。でも決して、近づきすぎたりしない。
ゲンマの優しさが、苦しくて、もどかしくて、どうしようもなかった。
あれからゲンマは、私に指一本触れてこない。私が受け入れないから、ゲンマは距離を取っているだけだ。それなのに、触ってほしい、一緒にいてほしいと思ってしまう自分が嫌になる。
ゲンマが何も言わなくても、じっと目を見てくれるだけで胸がいっぱいになる。
本当にいいんだろうか。何も返せなくても、ゲンマのそばにいても。そんな風に思ってしまうこともあるけど、やっぱり私は、ゲンマに溺れるのが怖い。何も見えなくなることが、怖い。
ゲンマのことが大好きで、自制しなければ私は絶対に自分のことしか考えられなくなる。
自分のことだけ考えてればいいわけ、ないよ。
「ゲンニャ、あっちで変な臭いがしたにゃ」
サクは相変わらずゲンマによく懐いている。機嫌によっては、私よりゲンマに長時間くっついている。ゲンマは慣れた様子だけど、私からすれば自分の気持ちを反映しているようで恥ずかしくてたまらなかった。
サクは私じゃない。関係ないって、分かってるのに。
応えられなくて苦しい。でもやっぱり、ゲンマに愛されていることを実感できたらとてつもなく安心する。
恋人にも、家族にもなれない。それでもやっぱり私は、ゲンマから離れられないんだと思った。
「ちゃん、最近ゲンマおじちゃんと仲良いねぇ?」
ネネコちゃんは二年目の中忍試験に向けて、またツイ班の仲間と修行中だ。ツイ班は連携プレーも上達しCランク任務も受けるようになってきて、ツイさん不在のときには今も私が時々チームを任される。
任務中は「さん」と呼んで一定の距離を保つようになったネネコちゃんだけど、任務終わりに途中まで一緒に帰ったりするときは、相変わらず「ちゃん」と甘えてくる。やっぱりイクチの子どもだなと思った。
ニヤニヤと横から覗き込んでくるネネコちゃんに、私はちょっと動揺した。
「別に、普通だよ。同僚なんだから」
「えーーーだって前はさ、おじちゃんいてもほとんど目合わせてなかったじゃん。今は、ちゃんと目ぇ見て話してたし、おじちゃんもすごく嬉しそうだったよ」
「ふ、普通だってば!」
恥ずかしすぎる。周りからは、そんな風に見えてるのかな。私とゲンマが一緒にいるところをネネコちゃんが見ることなんて、本部でたまたま鉢合わせするときくらいなのに。
慌てる私の後ろから、突然おどけた声が聞こえた。
「ネネコ〜? ツイさんが戻ってきてたぞ? 修行の一つくらい頼んできたほうがいいんじゃないか?」
カカシだった。カカシも時々下忍の面倒を見ているから、ツイ班のメンバーとも面識があるはずだ。ネネコちゃんは明るい笑顔でカカシを振り返った。
「ほんとですか? 行ってみます! じゃあねちゃん、またー!」
そしてバタバタと走り去っていくネネコちゃんの後ろ姿を笑って見送ったあと、こちらに向き直ったカカシはなぜか真顔になっていた。
「……え、なに? なんか怒ってんの?」
「べつに」
カカシは眉ひとつ動かさず、ちょっと視線を逸らしながらそう呟いた。
その顔、絶対、怒ってるでしょ。こういうところは、大人になっても変わらないんだから。
私に何か用事があるのかと思ったら、カカシはそのまま家とは反対方向に去っていった。何しに来たんだろう。ネネコちゃんを呼びに来ただけ? そんなことある?
状況がよく分からない私はしばらくその場で首を捻っていたけど、こんなところにいても仕方がないのでひとまず家に帰ることにした。