256.相棒
シズネさんは五代目の恋人の姪で、第二次大戦で天涯孤独となった彼女を連れて五代目は里を離れたらしい。アカデミーには二年ほど通い、医療忍術を学び始めたけど、卒業とほぼ同時に里抜け。エビスの同級生だったそうだ。
中忍試験も受験していないけど、長年五代目の付き人であったことや、自来也さんやご意見番の推薦などがあり、この度上忍に昇格することが決まった。
シズネさんは順当な手続きを踏むべきだと辞退しようとした。でも、国力回復のためにも失われた上忍の補充は必要だ。実力のある者が上忍になるのは妥当だとして、辞退は認められなかった。私も、そう思う。シズネさんは、間違いなく上忍の器だ。
「さん、昨日の報告書の件ですが」
五代目は調べ物があるとかで席を外しているらしい。火影執務室で補足説明を終えたあと、私はシズネさんに声をかけた。
「シズネさんはもう上忍なんですから、下の者に敬語を使う必要なんてありませんよ」
「でも……ずっと里を守ってきた皆さんに、敬意を表したいんです。これまで私たちは、里のために何もしてはこなかったんですから」
その思い詰めたような眼差しを見て、思わず笑ってしまった。きょとんと目を見開くシズネさんに、笑いかける。
「これまではこれまで。今や綱手様は五代目火影で、あなたはその補佐。これから、証明していくんでしょう? あなたはもっと堂々としていてください」
するとシズネさんの顔つきが、変わった気がした。彼女は背筋を伸ばし、毅然と微笑んで見せる。
「分かりました。次の任務については追って知らせるのでそれまで待機していてください」
「了解しました」
敬語じゃなくていいって言った矢先にこれか。本当に、謙虚な人だな。
なぜだかやっぱりゲンマのことを思い出して、少し肩の力が抜けた。
***
朝晩は少し冷え込んでくる頃、私はアオバと一緒に国境線付近にいた。木の葉の戦力低下は他国にも知れ渡っているため、不穏な火種はいち早く消す必要がある。敵に攻め込まれた時点で、九尾襲来のときよりも情報戦が重要になる。情報部は昼夜を分かたず働いた。
もっとも、人手不足のため、どの部署も多忙を極めたけど。
十一月の中旬、一か月ぶりに里に戻れることになった。レイは五代目が気に入らないようで大抵余計な一言を付け加えるので、報告には主にサクやメイを行かせている。
一足先に里に戻っていたサクが再び私の前に姿を現したとき、久しぶりに落ち着かない様子だった。
「、急いで木の葉に帰るにゃ」
「何? 今度は何なの?」
吉報、のはずがない。仮眠しているアオバの傍らで、サクが私の袖を咥えて強く引っ張った。
「ゲンマが死にそうにゃ」
サクの急かすような仕草に、心臓が止まるかと思った。
***
うちはサスケが、大蛇丸の部下に連れられて里抜けした。俺たちが遭遇したのは、その道中だったらしい。
長期任務帰りでなければ、刺し違えることくらいできたかもしれない。これ以上、奴の好きにさせてたまるか。大蛇丸の部下ならば、消しておかなければ後々また厄介なことになる。
だが、呪印を発動した奴らにチャクラ切れの俺たちは勝つことができなかった。みすみす逃してしまった。里の上忍はほとんどが任務で出払っている。五代目は、なんと新人の中忍であるシカマルと、下忍を行かせたそうだ。死にに行くようなものだ。それなのに、こうして横になっていることしかできないのが歯痒い。
チームにシズネがいなければ俺たちは死んでいた。シズネはアカデミーで一つ下だった。エビスのクラスメイトで、エビスと学年トップを張り合う女がいたことは覚えている。それがどうやら、シズネだったらしい。もちろん、彼女はぱっとしない上級生の俺など知るはずがないが。
幼少期に五代目と里を離れたシズネが、医療忍術のスペシャリストとして戻ってきた。彼女がいなければ、俺もライドウもとっくに死んでいた。
大部屋に、ライドウと二人。五代目はあと一週間寝ていろと言うし、手持ち無沙汰にも程がある。こういうときは、じたばたしても仕方ない。そう分かっているのに、砂に頼らなければならない現状に胸がざわついた。大蛇丸に騙されていたとはいえ、奴らは音と組んで木の葉に攻め入った。所詮は同盟など、紙の上の約束に過ぎない。
仰向けになったまま、咥えた千本を落ち着きなく揺らしていると、勢いよく病室のドアが開いた。
「ゲンマ!」
その声に、心臓が一気に跳ね上がる。
現れたのは、諜報活動で国境線付近を行き来しているはずのだった。
***
平静を保っているつもりだったのに、目覚めたアオバに「何があった」と詰め寄られた。アオバは何事も、必要以上に詮索したりしない。その距離感が心地よかったのに、サクがゲンマのことを話してしまったから、私は一瞬言葉に詰まった。
「ゲンマが死にそうにゃ。、里まで逆口寄せしてやるからすぐに帰るにゃ」
「ばっ……いいよそんなの。アオバが一人になっちゃうじゃんか」
「猫、私情を挟むな。俺たちは帰還途中も情報収集を命じられている。それはひとり離脱するだけの充分な理由にはならない」
アオバとは十年以上組んでいるのに、未だに忍猫の名前を全く覚えない。覚えているのかもしれないけど、全く名前を呼ばない。サクたちはサクたちで、仕事上必要な連携はするものの、アオバに懐く様子は一切なかった。
サクが懐いていると言えるのは、後にも先にもゲンマくらいだ。
「お前は黙ってろにゃ、鳥頭」
「誰が鳥頭だ」
「サク……大丈夫だよ。里には五代目もシズネさんもいるんだから、里まで戻れてるなら……大丈夫」
そのとき、リーくんの顔が脳裏に浮かんだ。
ゲンマがどんな状態かも、分からないのに。何で無責任に、大丈夫なんて言ってるんだろう。どんな状態なんだって、何で私はサクに聞かないんだろう。
そもそも私に、ゲンマの心配をする資格なんかない。
あんな風に傷つけて、泣かせて、苦しめたのに。
もう、関わらないって決めたじゃんか。ただの、同僚だって。
「!」
袖をまたグイと引っ張られて、私は息を呑んだ。サクの鋭い視線が、私の心臓を貫いた。
サクは、私が生まれたときから、ずっとずっと、そばにいてくれた。
私なんかよりずっと、私のことをよく分かっている。
自分の唇が震えているのに気づいたのは、そのときだった。
「……ごめん、アオバ。私……すぐに、帰りたい」
ようやく私が声を絞り出すと、アオバは聞こえよがしに大きく嘆息する。
「お前、これは仕事だぞ」
「……分かってる」
アオバは手早く焚き火を始末しながら、サングラスの奥で冷たく言い放った。
「ぼさっとするな。一日で帰るぞ」
「え?」
情報収集しながらここから里まで戻るには、どう考えても三日はかかる。
ガイと違って、アオバはそんな無茶な精神論は口にしないタイプだ。
でも、一日で帰ると言ってくれた。
ここから私だけ逆口寄せで帰ったら、私は任務を放棄したことになるから。
「……ありがと、アオバ」
「無駄口を叩くな。行くぞ」
「……うん」
こんな風にアオバが気を回してくれるなんて、コンビを組んで初めてだ。
ありがとう、アオバ。
ほんとに、ありがとう。