248.ヤツ


 試験開始から一時間半でゴールまでたどり着いたチームがいる。まさかの圧倒的新記録だ。紅班の日向ヒナタ、油女シノ、そして犬塚キバ。さすが、探索能力の高い感知タイプが揃ったチームだ。
 でも私は、塔で出迎えるのが役目じゃない。それは中忍たちの仕事だ。私はあくまで、塔周辺および、必要があれば森の中の監視。音隠れに本当に大蛇丸が関与しているとすれば、この第二試験は格好の隠れ蓑にもなり得る。森の中で、何が行われているかを全て把握することなど不可能だからだ。

 砂隠れのチームも同じくらい早かった。しかもそのうちの一人は、かすり傷一つ見当たらない。到底、下忍クラスの実力じゃない。得体の知れない薄気味悪さを感じた。

「あのガキンチョ、すごく嫌な感じにゃ」
「九尾みたいな臭いがするにゃ」
「……まさか」

 塔の入り口を見下ろせる木の上にひっそり佇む私を一瞥して、砂隠れの瓢箪使いは中に入っていった。
 ぞくりとするほどの殺気。九尾には無関係だとしても、少し気をつけておいたほうがいいかもしれない。もちろん、血の気の多い受験者は他にも多い。木の葉の下忍は大人しいほうだ。他里は、国の威信をかけてここに集まっている。

 第二試験に明確なルールはない。私たち試験官が受験者たちのサバイバルに直接関与することはない。ただ、常軌を逸した異常事態を感知すれば現場の判断で介入することを許されている。それが特別上忍である私の仕事だ。
 だから、忍猫たちを演習場の中に走らせている。

、まずいことになったにゃ」

 四組目が塔に到着した頃、私の肩に乗ったキュウが神妙な声を出した。

「どうしたの」
「ヤツが戻ってきたにゃ」

 今度は反対側の肩に現れたセンが、低く唸って身震いする。

「大蛇丸にゃ」


***


 やはり音隠れの忍びを送り込んできた時点で、大蛇丸の思惑があったんだ。

 巡回に出ていたセンが悍ましい気配を感じて駆けつければ、どう見ても大蛇丸の気配を放つ音隠れの忍びがナルトくんたちのチームを襲っていたという。
 本当の受験者であれば私が介入することではない。でもそれが大蛇丸だというのなら、絶対に放置はできない。

「間違いないの?」
「見た目は違うにゃ。でもあのチャクラ、まず間違いないにゃ」

 まさか、本人が現れるなんて。

 打ち捨てられた実験所で大蛇丸と対峙してから、十年。
 毒の回った私は瀕死の状態に陥った。シビさんの解毒がもう少し遅ければ危なかったそうだ。

 この胸の鼓動も、胃の捩れる感覚も、あの夜と同じか、それ以上の――。

「……セン、案内して」
「お前が行ってどうなるにゃ。あのときと同じにゃ。犬死にするくらいなら、ヒルゼンを待つにゃ」

 センは、正しいことを言っている。私が行ったところで倒すことも止めることもできないだろう。でも。

「……そんなもの待ってる間に逃げられたらどうするのよ!」
「お前が行ったところで死ぬだけにゃ」

 分かってる。でも、それでも。拳を握りしめて、俯きかけた顔を上げる。

「ほんの少しでも情報を引き出す。私が死ねば、その情報をあんたたちがヒルゼン様に伝えればいい」

 それが、諜報のプロとしての意地だ。

 退かない私に、センとキュウはやれやれと息をついた。

「お前は本当にアホだにゃ」
「澪と一緒にゃ」

 キュウの言葉に、思わず息を呑む。でも今は、それどころじゃない。

「ここからどれくらい?」
「寅の方角に七キロってところにゃ」

 まだ半分も来ていないのか。急いでもこの森の障害物を避けながらとなると、多く見積もって三十分はかかる。時間がかかりすぎる。
 塔をちらりと一瞥してから、私は意図的に声の調子を落とした。

「逆口寄せして。すぐに行く」


***


 センが大蛇丸を目撃したという場所にはもう誰もいなかった。この鬱蒼とした森には巨大な猛獣も多く、荒れた場所などいくらでもある。戦闘の跡とおぼしきものは発見できたが、それが大蛇丸の形跡かどうかまで、私には判断がつかない。過去の資料や、里抜けしたあとの各地での情報などを収集して分析は進めてきたけど、私に分かるのは、至るところに血痕と、大蛇の破片が散らばっていることくらいだ。

 大蛇丸はすでに逃亡した? いや、木の葉、しかも中忍試験に紛れて現れるなんて、ただの暇潰しのはずがない。何か目的があるはずだ。カカシ班に接触したとなれば、ナルトくんの九尾か? それともうちはの生き残り、サスケくんか? 彼らは無事なのか? すでに目的のものを手に入れたとするなら、とっくに木の葉を去ったのか?

 大蛇丸を追うか、カカシ班を探すか。

 三人全員を攫うとは思えない。後者の方が、見つかる可能性は高い。生きていれば、だが。

、ヒルゼンとアンコには伝えてあるにゃ。音隠れの受験生の顔を使って第二試験に潜り込んでたみたいにゃ」
「アンコが暗部に出動要請を出したにゃ。アンコも今この森で大蛇丸を探してるにゃ」

 アンコ――私とアオバがかつて音隠れの件でヒルゼン様から調査を命じられたとき、自分に行かせてくれと必死に訴えていた。

『私のことも、あいつのことも何も知らないくせに』

 そうだ。私はアンコのことも、大蛇丸のことも何も知らない。あなたたちがどんな風に共に過ごして、どんな風に終わりを迎えたかなんて、職務上必要な情報しか知らない。
 あなたがどれだけ大蛇丸を思っていたかなんて、私には分からない。

 それでも、裏切られる気持ちも、残される気持ちも、全く分からないわけじゃない。

「みんな、カカシ班が無事かどうか探して。私はアンコと合流する」