247.中忍試験
臨時の隊長として時々下忍の指導を任されると、どうしても昔のことを思い出してしまった。猫探し、荷物持ち、遺失物捜索――あれもこれも、全部ゲンマやガイとこなした任務。最初はガイと馬が合わなくて、イライラして、そんな私をゲンマが諭してくれて。
そのとき不意に、幼い頃のゲンマの声が聞こえた気がした。
『お前は大丈夫だ、俺が見てるから』
喉の奥に何か詰まったように、息が苦しくなる。
子どもの頃からずっと一緒だった。ずっと。
あんなことがあったって、忘れられるわけがない。
何をしても、何を見ても、どこに行っても彼のことを思い出す。全ての記憶が彼に結びついてしまう。それなのに、目の前にゲンマはいない。
あれから五年。ゲンマは仕事上必要最低限の接触だけで、私のことは極力避けているようだった。でも今年は、六年ぶりに他里からの推薦者を受け入れての中忍試験が開催される。六年前は砂隠れとの合同開催だったけど、トラブルが多く二度目はなかったし、そのとき私とアオバは音隠れの調査を指示されて里を離れていた。結局、隠れ里の場所は発見できず、その後も折を見て調査は続けていたんだけど。
でも今年は、中忍試験にその音隠れも初めて下忍を推薦してきた。
音隠れといえば、昔から大蛇丸との関与が噂されている。もちろん、中忍以下は知らぬことだが。
でも、明確な根拠がない限り、他里からの推薦を無下にするわけにもいかない。
「わしはお前たちを信じているからな」
ヒルゼン様のこの決断が、後に木の葉隠れの歴史に大きな影を落とすことになる。
***
「まさかあんたたち全員、中忍試験に推薦出すなんてね」
久しぶりにアカデミーの同期で飲むことになった。ガイ、アスマ、紅に、カカシ。ガイは去年から下忍を指導しているけど、他の三人は今年からだ。
カカシも、下忍指導を指示されて三年目の今春、ようやくチームを一つ率いることになった。
うずまきナルト、うちはサスケのチームだ。
「お前ら、気が早すぎるんじゃないのか? この間下忍になったばかりの連中だろう。俺のように一年くらいは様子を見てだな……」
「ガイが一年待ったのが意外だよ。あんたなら『リーならできる!』とか言ってすぐに推しそうなのに」
「、何を言っている! 大切な教え子にしっかり準備してから臨ませるのは当然のことだろう!!」
なるほど、それは確かにそうよね。私たちだって二年目に受験したんだし。アスマや紅もそうだったはず。
でもアスマたちは、時期を遅らせる必要はないと淡々と言った。
「それで折れるならその程度ってことでしょ」
さらりとそう言って、カカシが顔を背けながら冷酒を飲んだ。
中忍試験はもちろん、ただのテストじゃない。命の危機さえある昇任試験だ。ここを越えなければ、忍びとして一人前とは言えない。とはいえ、Dランク任務しか経験のない一年目の下忍には、はっきり言って酷だと思う。
ツイさんのチームも、今年は受験するそうだ。
(まぁ、今年の新人はほとんど旧家の出身だから……例外かもね)
アスマのチームは、あの猪鹿蝶。チョウジくんたちのことは幼い頃から知っているから、とても感慨深い。紅のチームも、日向家の長女ヒナタちゃんに、シビさんの一人息子であるシノくん、それに忍犬使いの犬塚家だ。ツメさんとは数回だけ一緒に仕事をしたことがあるけど、サクたちはやっぱり忍犬とは馬が合わないらしい。
そしてカカシのチームは、四代目火影の息子であるナルトくんに、うちは一族の生き残り、サスケくん。ナルトくんの父親のことは、伏せられたままだけど。
旧家の出身ではない新人は、カカシ班のくノ一ただ一人だ。
一方、ガイのチームは日向家のネジくんがいるとはいえ、あとの二人は旧家とは言えない。ツイさんのチームも、ネネコちゃん以外は同様だ。二年目の受験は妥当と言える。
「サクラは頭が切れるから」
同じ帰り道、カカシは何の感慨もなくそう言った。ここは、数え切れないほどゲンマと歩いた道。今はもう、並んで歩くこともない。
カカシは、ナルトくんの出自を知っているのかな。担当上忍なんだからきっと、知ってるよね。そうじゃなくても彼は四代目にそっくりの金髪だし、明るい笑い方や独特の語尾がクシナさんによく似ている。何といっても、姓がうずまきだし。気づかないはず、ないよね。
きっと他にもナルトくんの両親が誰か察している人もいるんだろうけど、公表されていないから口を閉ざしているだけだ。本気で隠すつもりがあるのか、ヒルゼン様の意図は謎だった。
「うずまき一族の生き残りは各国に散らばってるにゃ。何もクシナだけじゃないにゃ」
レイはそう言っていたけど、ナルトくんの場合は両親を彷彿とさせる要素が多すぎる。まぁ、私が疑問を口にしたところで意味がない。ナルトくんの処遇は、ヒルゼン様が全て引き受けたのだから。
だからたとえカカシが知っていたとしても、私にそれを口にすることはできない。
「なんか……あんたのチームって、ミナト班みたいだね」
できるだけ軽やかに聞こえるように、私は声を出した。カカシはちょっと足を止めたけど、すぐにまた、ゆっくりと歩き出す。
彼の横顔は、静かに微笑んでいた。
「そうかもな」
カカシだって、前を向こうとしている。
私もいつまでも、後ろばかり向いてちゃダメだ。
「新人だろうが手は抜かないよ」
「当然だろ」
私は第二試験の試験官の一人だ。筆頭はアンコ。アンコは相変わらずゲンマにべったりで、私にはいわゆる塩対応というやつだ。私とゲンマは、もう本当に何もないのに。
でも音隠れからの参加があると知ってから、アンコは少しピリついているような気もする。機会があれば、里の位置も、大蛇丸の情報も引き出すつもりかもしれない。でもヒルゼン様の指示で、音隠れ関係者への尋問等は禁じられていた。中忍試験は、あくまで表向きは他里との交流が目的。諜報活動を行うのであれば、試験のあと。
第一試験、ネネコちゃんのチームは無事に通過した。ガイのチームも、新人三組も。
「良かったですね、ツイさん」
「これくらい当然だ」
淡々と切り返すツイさんに小さく笑いかけてから、私は足元で伸びをするサクやレイに告げた。
「そろそろ行くよ」
「にゃ~めんどくしゃ~」
「あの森は嫌な感じがするにゃ」
「だから『死の森』なんでしょ」
第四十四演習場には巨大蛇や猛禽類など、忍猫が苦手な生き物も多い。もっとも彼らは時空間忍術を使用し、飛ぶことができるので問題ないが。
私は最終地点の塔付近にて待機。必要に応じて塔の中忍たちに指示出し。問題があれば直ちにアンコおよびヒルゼン様への連絡。
――さあ、第二試験の開始だ。