245.トライアングル
正規部隊に戻ってきてから、カカシと顔を合わせることが増えた。それはそうだろう。暗部は公式記録の残らない、火影直轄の特殊部隊。私たち情報部は機密を扱う影の仕事も担うため、他の部隊よりも暗部との接点が多かっただけだ。
カカシが正規部隊に復帰して三年目の春、ガイが下忍の指導を担当することになった。カカシは昨年指名されてから、今年で二度目。ガイはなんと、ネネコちゃんの親友のテンテンちゃんと、あのネジくんの担当だった。
「ガイ……熱血だけで突っ走らないのよ?」
「何を言う!! 情熱こそが一人前の忍びにとって最も大切なことだ!! 澪様もそう言っていたぞ!!」
「……そうだっけ?」
絶対ガイの勘違いだと思うけど。まぁいい。確かめる術はないのだから。
ガイのチームにはもう一人、体術使いの下忍がいるらしい。忍術も幻術もからっきしだそうで、当時のガイよりも才能がない。でもガイは、むしろそのほうが体術を極めるために有利だと自信満々に語っていた。すでに、かなりの思い入れがあるようだった。
まぁ、仕方ないか。初めての教え子で、自分と同じ体術使い、忍術も幻術も使えない。ガイが、放っておけるはずがないな。
「テンテンちゃん、あなたも頑張ってね」
「はい! 私、さんみたいにクールなくノ一になれるように頑張ります!」
「テンテン、何を言っている! も俺と同じ、熱血タイプだぞ!?」
「それ絶対ウソですよね……」
テンテンちゃんの突っ込みに苦笑いを漏らしながらも、私はもしかしたらガイの目には自分がそう映っていた時期があるのかなと考えて、少し切なくなった。そんなものがあったとして、今の私にはきっと見る影もない。
でもガイにとって、私はかつての純粋さのまま、まっすぐ突き進んでいるように見えるのだろう。
一方、ネネコちゃんの担当教官は、日向家のツイさんだった。以前担当していたメンバーが、昨年で全員中忍に昇格したらしい。ネネコちゃんは不知火家の例に漏れず、火遁と楊枝吹などの中距離タイプ。他の二人は近距離と遠距離という、とてもバランスの取れた編成だった。
そして、カカシはというと――。
「え、また全員落とした?」
「そ」
家の近くでたまたまカカシを見かけたから、一杯どう? と声をかけてみたら、意外に普通についてきた。うちは一族の滅亡から四年。あの日、うちはの居住区で話をしてから、カカシとは少しずつ話ができるようになってきた。昔よりもきっと、遠いようで近い、そんな不思議な距離感で。
私はもちろん、一滴も飲まない。事前に薬を飲んでおけば飲めないこともないけど、仕事でもなければそこまでして飲みたいとも思わない。
カカシは口布をその都度ズラしてちびちび冷酒を飲みながら、何でもないことのように言った。
「だってあんなの下忍にしたら、すぐ死ぬから」
「あのね……アカデミー出たばっかなんだから、当たり前でしょ。何のためにランク別の任務があるのよ。今は戦争だってないわけだし、今から育てていけばいい話でしょ」
「へぇ。お前、そんなぬるいこと言ってるの。いつ戦争が始まっても不思議じゃないことくらい、お前が一番分かってるだろ」
カカシの言っていることは、正しい。情報を扱っている以上、そんなことは私たちが一番よく分かっている。
それでも、次の世代を信じて育てる。それが大人の責任じゃないのか。
あの頃、とにかく人手が足りなかった。だからアカデミーの入学年齢も早められたし、カカシや私たちのように飛び級で卒業することも珍しくなかった。戦場で命を懸ける駒にするために。それが分かっていても、私たちはそうやって生きるしかなかった。
今は、あの頃とは違う。だから卒業しても、指導教官の判断でアカデミーに戻されることもないではない。実際カカシは去年も、指導することになった下忍を全員テストで落とした。そして今年もまた、全員をアカデミーに戻したという。そんなこと、少なくとも私は初めて聞いた。
「カカシ……あんたが忍びとして一番大事にしてることって、一体何?」
するとカカシはしばらく手元の猪口を見つめたあと、視線を窓のほうに移しながら口を開いた。
「お前は? 何だと思う」
「……チームワーク?」
「そ」
カカシのぼんやりした眼差しが何を見ているのか、私には分かるような気がする。
「それが分からないような奴を、忍者にするわけにはいかないな」
「……よく言うわ」
オビトがいなければ、あんただって分からなかったくせに。
でもそれを口にすることが、どれほどカカシを傷つけるか分かっている。
そのことを知らなかったから、カカシはオビトを死なせたと思っているのに。
それから私たちは、ほとんど喋らずに黙々と目の前の料理をつついた。カカシとこうやって、ゆっくり飲むことなんてこれまでなかったな。仲間内で飲んだところで、居心地が悪くてカカシのことなんてろくに見ていなかった。
でも今は、どこか落ち着いた心地でカカシと向き合うことができる。
同じ痛みを抱えていると、知っているからかな。
傷の舐め合いをしたいわけじゃない。カカシだって、きっと私をそんな風には見ていない。
それでも今はこうして、互いに話をすることができる。
「……と、カカシか」
不意に声が聞こえて顔を上げると、私たちの半個室の横をライドウが通りかかるところだった。ライドウの隣には、ゲンマもいる。
目が合うよりも先に、私は反射的にそちらから顔を逸らしてしまった。
「悪い、邪魔するつもりじゃなかったんだ。じゃあ、お疲れ」
「あ、うん、ごめん……じゃあね、ライドウ」
しまった。露骨にライドウにだけ話しかけてしまった。こういうのはやめようって思ってるのに、つい、気づかないうちにやってしまう。
恐る恐る視線をやると、ゲンマはすでにこちらに背を向けて立ち去るところだった。ライドウも気まずそうに頭を掻きながらゲンマを追って消えた。
私、ほんとに何やってんだろ。
焼き茄子をつつくカカシは全く顔色も変えないし、ゲンマたちのことも何も言わなかった。