244.うずまきナルト


 俺たちがガキの頃は、火影がわざわざアカデミーに足を運ぶことなどほとんどなかった。時は大戦真っ只中で、火影や側近たちは毎日本部に詰めて作戦会議。第二次大戦と第三次大戦の狭間にあった数年間も、平和からは程遠い状況だった。

 あの戦争がなければ、は一人にならずに済んだんだろうか。あんな風に一人で抱えて、殻に閉じこもるような大人にはならなかったんだろうか。
 そうすれば今頃、俺たちは家族になれていたんだろうか。

 先日、イクチのところに二人目が生まれた。ネネコはあと一年もすればアカデミーを卒業するが、修行の合間に甲斐甲斐しく弟の世話をしているらしい。ちゃっかり年上に甘えたり同級生を振り回したりしている姿しか見たことがなかったので最初は驚いたが、やはりあの二人の子どもだなと思った。

 俺が任務に出ているときに、が出産祝いを持ってきたらしい。間接的であってもとの繋がりが残っていることに安堵する一方で、そのことがを苦しめていないか不安になる。あんな記憶、ないほうがいいに決まっている。二十年信じてきた相手に裏切られた夜の記憶。俺にを求める資格なんて、もうない。
 それなのに、性懲りもなく夢に見てしまう。と他愛ない言葉を交わすことも、昔のように笑い合うことも、から触れてくれることも、寄り添いながら指を絡め合ったことも。

 いつかイクチたちのように、家族になることも。

 馬鹿だな。俺が全部、壊したのに。

「あ、おじちゃーん!」

 今日の仕事は三代目の公務に同行すること。俺が校長室の前で待機していると、ちょうど廊下をネネコと友人が通りかかった。
 ネネコは少し前から爪楊枝を卒業して、長楊枝を咥えるようになった。見た目は様になってきたが、楊枝吹としてはまだまだだ。

「おじちゃんって言うな。仕事中だ」
「じゃあ何て言えばいいのよ」
「ゲンマさん、だろ」
「えっ気持ち悪」
「じゃあ不知火特別上忍って呼べ」
「えーーーめんどくさ……」

 ぶつくさ呟くネネコの隣で、お団子頭の友人がひそひそとネネコに耳打ちするのが聞こえた。丸聞こえだった。

「ネネコのおじちゃんイケメン」
「顔だけ。ほんっとに顔だけ。中身は好きな女の子泣かせて自分もずっとめそめそしてるただのヘタレ。残念でした」
「おいやめろ」

 みっともないにも程がある。こいつに話すんじゃなかった。だがあれくらいの話はしておかないと、修行にを呼べないことに関してネネコが納得しそうになかったからだ。もっとも、そのあとボロクソに言われて「もういい! 私がちゃんに直接お願いに行くから!」と捨て台詞を吐いてネネコは帰っていったが。

 ネネコの友人は憐れむような眼差しで俺を見た。

「こんなにイケメンなのに……一番ダメなやつね」
「そう、一番ダメなやつ」

 一番ダメなやつ。こんなガキに指摘されるまでもない。惚れた女を傷つけておいて、いつまでも未練がましく過去の記憶にしがみついている――俺は本当に、どうしようもない男だ。

「ネネコは手厳しいのう」

 校長室から出てきた三代目が愉快そうに目を細めてそう言ったので、羞恥心で死にたくなった。

「あ、火影様! だって女の子泣かせるの一番ダメじゃないですか!?」
「そうですよ! 好きな子泣かせるなんて最低!」

 口々に捲し立てるネネコと友人の頭を撫でながら、三代目は高らかに笑った。

「そう言ってやるな。男と女には色々とあるものだ。お前たちも大きくなれば分かるようになる」
「えーっ!」
「あの……この話題、止めてもらっていいですか?」

 耳まで熱がこもるのをやり過ごすように息を吐いて、俺はやっとのことで口を挟んだ。


***


 ネネコに恥をかかされた視察帰り、アカデミーの校庭でけたたましい声が三代目を呼んだ。

「さ、三代目様ーーーーっ!!!」
「何だ、騒々しい」

 現れた中忍二人が慌てふためいた様子で指差した先には、歴代火影の顔岩がある。

「ナルトのやつが、また三代目様の顔岩に落書きを!!」
「あっ、四代目様まで!!」

 またか。三代目は呆れた様子で眉をひそめたが、俺は内心ほくそ笑んでいた。

 デカくなったな、ナルト。

 四代目とクシナさんの息子。

 あの日、サクが俺の前でそのことを漏らさなければ、きっと今も知らなかっただろう。クシナさんのお腹の子どもは、クシナさんと死んだと思っていた。九尾を封印するため、四代目は生まれたばかりの我が子を九尾の器とした。
 このことは他言無用と三代目は俺に言った。もちろん、誰にも話すつもりはない。ライドウもイワシも知らないことだ。俺は、たまたま知ってしまっただけ。

 こんなことをいくつも、は一人で抱えて生きなければならない。情報を扱うことは、の性格上、ひどく重荷になるだろう。
 その重荷を少しでも、一緒に背負って楽にしてやれたらと願っていたのに。

 ナルトの担任らしい教員が校舎から飛び出してきて顔を真っ赤にして怒鳴った。

「ナルトっ!! いないと思えば、お前、また!!」
「へへーんだ! だってつまんねーんだってばよ!」
「そんなだからいつまで経っても分身ひとつできないんだ!!」

 あの年で分身もできないのか。そいつは厳しいな。ガイのような体術タイプでもないだろうに。

 四代目やクシナさんがいれば、きっとやれることがもっとたくさんあっただろうに。
 こんな悪戯をする必要がないくらい、愛されて育っただろうに。

 九尾を宿した子どもとして、ナルトは白い目を向けられることも多い。あいつが四代目の子だと知る者はほとんどいない。自分自身の力で、道を切り開くしかない。
 もいつの日か、血筋や家族のしがらみを解き放って、自分の殻を打ち破ってほしい。

 そのとき俺が、そばにいられなくとも。

 うずまきナルト。

 強くなれ。