243.愛
カカシが正規部隊に異動になってすぐ、不知火本家に男の子が生まれた。
ネネコちゃんから話は聞いていたけど、実際にコトネさんのお腹が大きくなってくるのを見たら感極まって泣いてしまった。小さな小さな赤ん坊だったあのネネコちゃんが、ついにお姉ちゃんになる。
九歳差の姉弟か。可愛くて仕方ないだろうな。
予定日がちょうど私の誕生日だったから、ちゃんと同じ誕生日だったらどうしよう! とネネコちゃんは大はしゃぎしていた。結局、数日遅れて、二月十四日生まれになった。
不知火オキナ。イクチとコトネさんの二人目の子どもで、ネネコちゃんの弟。そして、ゲンマの甥っ子に当たる。
ゲンマが任務で里を離れているときに、私はネネコちゃんに引っ張られて不知火本家にお祝いを持って行った。イクチもコトネさんも、本当に幸せそうだった。
いつまでも、仲良しの夫婦。すごく、素敵だな。
「あ、おばあちゃん! いらっしゃーい!」
居間で私がオキナくんを抱っこしているとき、ネネコちゃんが人懐っこい声をあげた。ハッとしたときにはもう遅い。部屋に入ってきたのはゲンマのおばさんだった。
知り合ってから、もう二十年近く経つ。年を重ね、髪質や肌の調子が変わっても、その柔らかな笑顔はあの頃のままだった。笑うとできる目尻のしわが、昔のゲンマにそっくり。
だって今、ゲンマは私にこんな風に笑ったりしない。
数年ぶりに顔を合わせたおばさんは、買い物袋をイクチに渡しながら、にっこり笑って私を見た。
「も来てたのね。少しゆっくりできるの?」
「あ、ごめん……このあとちょっと仕事あるから、そろそろ帰るよ」
「えー! ちゃんもう帰っちゃうの?」
頬を膨らませてジト目になるネネコちゃんを見て、イクチが肩をすくめる。
「ネネコ、お前も友達と修行あるんじゃなかったのか?」
「なくなったのー! テンテン用事できたんだって! 約束してたのに!」
「じゃあ久しぶりに俺が付き合ってやるよ。今度テストだって言ってただろ?」
「えーーーーちゃんがいい」
「ちゃんは上忍だ。俺たちと違って忙しい」
「ブーーーーー」
ネネコちゃんのブーイングに、眠っていたオキナくんが目を覚まして泣き出した。私が慌ててあやそうとしたけど全然ダメで、情けないけどそのままコトネさんの腕に戻した。オキナくんは、ママのゆりかごの中でやがてまた眠りについた。
ママの腕の中は、やっぱり安心するんだろうな。ゲンマと一緒に赤ん坊のネネコちゃんのお世話をしたときのことを思い出して、胸が苦しくなった。
一人で帰ろうと思ったけど、イクチの家を出たあと私はすぐにゲンマのおばさんに捕まった。一緒にいたくなかった。ゲンマの家族なんて、どんな顔して話せばいいか分からない。
でもおばさんには、そんなこと全部お見通しなんだろう。
「私とはもう話したくない?」
責めるでもなく、ただ確認だけをするように、穏やかに聞いてくる。何で、誰も責めてくれないの。誰も。私はゲンマを引き留めるだけ引き留めて、あんな風に突き放したのに。
アンコみたいに詰ってくれるほうが、ずっと楽だ。
――私は、自分が楽になりたいだけなんだ。
「そんなこと……ないよ」
「だったらそんな顔して、泣かないのよ」
おばさんはそう言って、私の頰をそっと撫でた。その手は昔のまま、温かかった。
本部で時々顔を合わせるゲンマのおじさんも、ゲンマのことを何か言うでもなく、仕事の話の他、ちゃんと食べろよとか、顔色悪いぞとか、そんな言葉を一言二言かけてくれる。それがかえってつらくなる。分かってる。おじさんもおばさんも、私を責めることなんかない。
それでも、責めてほしいと願ってしまう。
それで私のしてきたことが、許されるわけでもないのに。
「ゲンマのことなら、気にしなくていいのよ。それは、あなたたちの問題。私たちがどうこう言うことじゃないから」
「……気に、するよ。だっておばさんやおじさんの子どもだよ? 私、ずっとゲンマに大事にされてたのに……ゲンマのこと、大事にできなかった。ごめん……ごめんなさい……」
おばさんが私たちのことをどれほど知っているかは、分からない。あの夜のことなんか、知るはずがない。でもきっと、今の私たちが離れ離れになってしまったことくらい、分かっているだろう。
「それは私に言うことじゃないわ。言ったでしょ? あなたとゲンマの問題よ。私にとっては、あなたもゲンマも大切な子ども、掛け替えのない家族なの。あなたたちの間に何があったとしても、そのことであなたへの気持ちは変わらないわ」
「……何で? ゲンマに彼女ができないのも、ゲンマが結婚しないのも私のせいなのに? イクチのところみたいに普通に結婚して子ども作って……そんな普通のことが、私のせいでできないのに? おばさんにほんとの孫ができないのも、私のせいなのに!」
ずっと、ずっとずっと思っていたこと。私とゲンマのことなんて知っているはずなのに、何も言わないおじさんとおばさんに私は腹を立てていたんだ。何で、どうして責めないの。責めてくれれば、きっぱり離れられるのに。
――自分の弱さを、他人のせいにして。
「。あなたが傷ついてきたこと、私たちは知ってるわ。これ以上自分を傷つけないで。あなたが責められたい理由をいくら並べても、私たちの気持ちは変わらない。大好きよ、」
そっと抱きしめられて、息が詰まりそうになった。おばさんはいつもそうだ。最後に会ったときも、温かい笑顔でこうやって優しくハグされた。ずっと大切に思ってるよって、大好きだよって全身で伝えてくれる。
おばさんはゲンマと、同じことを言ってる。私がどれだけ卑屈で、嫌われて当然だと証明しようとしても、そんなものは関係ないっていつも飛び越えてきてくれる。
そんなゲンマを、私はあんなに傷つけた。そしてきっと、今も苦しめている。
忘れてくれたらいいのにっていくら願っても、きっとゲンマは忘れない。
不知火家の人たちと、同じように。
私はどうして、こんなに温かい人たちと出会ってしまったんだろう。
知らなければ、望まずに済んだのに。