242.ガイ
ガイは変わらない。子どもの頃から俺がどう変わっても、何一つ変わらない態度でいつも俺の前に現れた。
ライバル勝負。どんな下らない戦いだとしても、ガイはいつも全力でぶつかってくる。俺にとってもまた、ガイと競い合う時間は全てを忘れて無になれる唯一の時間だった。
ガイは本当に強くなった。あの頃、意地の悪い大人に泣かされて蹲っていた落ちこぼれはもういない。
ガイが上忍になって、半年も過ぎた頃だった。
「カカシ! やっとお前に追いついたのに! 同じ、上忍になったというのに! どこで何をしているかも分からん! 連絡くらい寄越したらどうだ!!」
「何それ。何で俺がお前にいちいち連絡しないといけないの。そういうのは恋人に言えよ」
「そんなものは要らん! 俺にとって最も重要なことは、カカシ、お前との勝負に勝つことだ! 勝ち越すことだ!! ここのところ負けが続いているからな……そうだ、カカシ、ここは飲み比べでも……」
「やらない。今日の勝負は済んだだろ」
「うむぅ……」
ガイは本当に、俺のにおいが分かるのかと疑うほどいつも唐突に俺の前に現れる。連絡も何も必要ないだろうというくらいに。
今日も夜更けにひっそりと本部から帰宅する俺の前に、ガイは忽然と現れた。そして今、じゃんけん勝負を終えて俺たちは馴染みの居酒屋にいる。
すでに耳まで真っ赤になったガイが、上機嫌にジョッキを呷りながら唾を飛ばしてくる。メニューを盾にしてかわしながら、俺は淡々と焼き茄子を口に運んだ。
「まったく! そうだ、お前、そろそろ正規部隊に戻ってきたらどうだ? もうお前が暗部に留まる理由もないだろう?」
ガイの言葉に、俺は思わず手を止める。俺が、暗部に留まる理由。そもそも俺は、四代目の時代に暗部に配属を命じられた。
あれから十年近く。火影の手足となって様々な仕事をこなしてきた。面で顔を隠すことで、俺はただの道具になれた。平和を築くための、道具に。
今さら、どうやって面を外せばいい?
そのとき不意に、の顔が浮かんだ。
里で時折見かけるは、一瞬誰か分からないくらいの化粧をするようになった。綺麗になったというより、胸騒ぎを覚えた。
あの日、オビトの家の前に立ち尽くしていたは、俺の胸に飛びついて子どものように泣き喚いた。そしてあの川原で、無遠慮に俺の額当てを外し、俺の左目をまっすぐ覗き込んだ。
すぐそばにいたイタチのことも、ずっと俺に声をかけ続けてきたのことも、俺は分かっていなかった。のことなんて、これまで知ろうともしなかった。知りたくもなかった。
それなのになぜ、こんなにも気がかりなんだろう。
がゲンマを遠ざけるために、俺のことが好きだと口から出任せを言ったとき、なぜあんなに腹が立ったのだろう。
なぜ俺は、酔っていたといえにあんなことをしてしまったのだろう。
布越しに口元に触れながら、俺はひっそりと呟いた。
「……そうだな。正規部隊に、戻ってみてもいいかもな」
「なにぃっ!? お前はどうしていつもいつもいつもそうやって人の気持ちを無下に……」
そこまで一気に捲し立ててから、ガイはようやく俺の言ったことを理解したらしい。これでもかというほど目も口もあんぐり開いて、鼓膜が破れそうな声量で絶叫した。
「何だってーーーーー!!??!!??!!」
***
私が二十三歳の冬、カカシが正規部隊に異動となった。
カカシが暗部をやめたいと言い出したとガイが大騒ぎし始めたのは、その年の秋口だ。火影様に嘆願書を出しに行くから付き合ってくれと頼まれて、私はまず本当にカカシがそんなことを言ったのか念押しのように確認した。聞けば、酒の席の話らしい。そんな話を真に受けて嘆願書まで提出するなんて、カカシからすればいい迷惑だろう。でもガイは「今までは俺が何度誘ってもクールに断ってきた! だが今回は! そうじゃない! カカシは俺たちに助けを求めている!!」と唾を散らして息巻いた。
とにかく一度、本人に確認しないと。先走りそうなガイを何とか落ち着かせて、私はカカシと話をしようと試みた。
下手したら数年に一度しか会えないカカシだから、いつ会えるだろうと心配だったけど、意外とすぐに会うことができた。
その日、明け方に目を覚ました私はまだ薄暗い中をぼんやりと散歩に出た。化粧もしないで外に出るのは何年ぶりだろう。少し涼しくなってきた風が肌を撫でる中、私の足は自然と慰霊碑へと向かっていた。
慰霊碑の前にたたずむカカシの後ろ姿に、声をかける。カカシが時々こうしてここを訪れることは知っていた。ただ、いつもタイミングが合わなかった。
「暗部やめたいなんて言ったの?」
「言ってない」
ほら。やっぱり確認してよかった。私が隣に並んでも、カカシは顔も上げない。暗部の部隊服を身に着けているけど、面はつけていなかった。
「正規部隊に戻ってもいいかもなって言ったんだ」
「……言ったんだ」
そのことがもう意外だった。でも、あれから十年近く経つ。もうすぐ私も、情報部に配属されて十年だ。
チョウザ班が解散して、ゲンマと本部配属になって、十年。
ばあちゃんが死んで――ゲンマに初めてプロポーズされて、十年。
もう、私たちは言葉を交わすこともない。
「ガイが嘆願書出すって張り切ってるよ。カカシを正規部隊に戻してくださいって」
「大きなお世話だよ。ま、あいつらしいけどな」
「確かに。で、どうすんの? 戻ってくるの?」
「さぁな。自分のことは、自分で決めるよ」
カカシは淡々とそう言って目を閉じた。いつの間に、こんなに背が伸びたんだろう。カカシもガイも、隣に並ぶと大きく見上げる形になる。出会った頃は、同じくらいだったのにな。
ゲンマは最初から、私よりも高かったな。本当に、お兄ちゃんみたいだった。
――ダメだな。すぐに、思い出しちゃう。
忘れなきゃいけないって、何度も何度も自分に言い聞かせないといけない。
「お前」
「ん?」
顔を上げると、カカシが少しムッとした様子で私を睨んでいた。
「厚化粧よりそっちのほうがいいぞ」
「厚化粧って言うな」
思わず言い返してから、私は吹き出して笑った。カカシって、意外とちゃんと、見てくれてるんだよな。
そういえば、昔からそうだったな。
「うん……ありがと。でも私は……もう昔のままじゃ、いられないから」
カカシは何も言わなかった。ただ隣に並んで、私たちは慰霊碑に刻まれた大切な人たちの名前をしばらく眺めていた。