239.厄介
「なん、なの、よ……ほんっと、イヤになる!」
「……アンコ、あんた飲みすぎよ?」
久しぶりに同じ任務だったアンコと帰りに居酒屋に寄れば、あっという間に酔ってベロベロになった。アンコはのような潰れ方はよっぽどしないけど、大抵すぐ陽気に酔って周囲に絡み始める。そして時に、こうやってくだを巻く。仕事の話、依頼主の話――ゲンマの話。
アンコがゲンマにアプローチするようになってから、何年経っただろうか。本当に物好きだと思う。ゲンマを好きなことが、というより、ゲンマを諦めないことが、だ。
ゲンマは子どもの頃からずっとと一緒だった。本人がどれだけ否定しようと、周りから見れば「何かある」んだろうなと邪推したくなるほど、他の仲間に対するそれとは違う空気感があった。
やがて「どこからどう見ても」のことが好きだと分かるほど挙動不審になり、もまた、かなりのタイムラグを経て「そうなんだろうな」と感じられるほど互いに振る舞いが変わっていった。
何度離れようと、やがてまた惹かれ合ってしまう。それがとゲンマだ。
「一回くらい! デートくらい、付き合ってくれたって、いいでしょ!?」
「あんたね、それがゲンマじゃない。あいつが堅物だってあんたもとっくに分かってるでしょ?」
ゲンマはあの顔で根が真面目だし、何よりに対して忠実だ。一途という言葉では足りないほど、のことしか見えていない。いくらアンコが色香を武器にすり寄ろうとも、ゲンマがなびくわけがない。
そもそも、一回デートしたところでアンコがそのまま引き下がるものか。ゲンマだってそれくらいのことは容易に想像できるだろう。
アンコは残りの梅酒を全部呷ってから、真っ赤な顔で私を睨んだ。
「だって、やっと! やっと! ゲンマがあの人のこと忘れたと思ったのに!」
「………」
アンコの言いたいことは、分かる。とゲンマが距離を取ることは、これまでも何度かあった。その度に、いつの間にかまたくっついているのだから傍から見れば「いつのもアレか」という感じなのだが、今回はちょっと様子が違う。
今までは、いつも一方的にから離れていき、ゲンマは根気よく彼女が戻ってくるのを待っている感じだった。でも今回は、あのゲンマさえに対してどこか余所余所しく接しているように見える。が化粧を教えてくれと言ってきてから一年ほど経ったが、二人はまるで二十年来の幼なじみであることが嘘のように他人行儀だった。
アンコが、ようやく二人が別れたと認識しても不思議じゃない。
「ま、あの二人は子どもの頃からずっとあんな感じだから……あんまり期待しないほうがいいわよ」
「そうやって! 周りがゲンマを縛り付けてるんじゃないの? ゲンマにいつまでもあの人の面倒見る義務なんかないのよ? ゲンマだって好きに恋愛くらいしたっていいでしょ?」
アンコの鋭い視線に、苛立ちと、やるせなさが募る。アンコの言っていることも分かるし、やゲンマの気持ちだって分かる――つもりだ。だって心のままに誰かを愛せるのなら、絶対にゲンマのところに戻るのに。
アンコは彼らの過去のことなんて、何も知らない。に何があったかなんて、知らない。
結局そのあと、アンコは最後までゲンマの話しかしなかった。アンコと飲むのは嫌いじゃないけど、ゲンマの――というより、の話になると、それは違うと口を挟みたくなる。でも、所詮は酔っ払いの愚痴だ。翌日には忘れる。アンコは素面のとき決しての話はしないし、仕事以外で彼女と言葉を交わすのも見たことがなかった。
店の前でアンコと別れるとき、中からちょうどライドウとアスマが出てきた。反射的に、少し身構えてしまった。
アンコが酔っ払い特有の上機嫌さで、アスマの肩を豪快に叩く。
「なんだ、あんたたちいたの?」
「残念ながら」
アンコは元々アスマとそう面識はないはずだが、アスマが戻ってきてから時々組むこともあるようで、今では知った仲という感じだ。アンコはせっかくだから四人でもう一軒飲みに行くかと言い出したけど、明日も仕事だからとアンコ以外の全員が断った。今のアンコの様子だと、絶対にめんどくさく絡まれると分かっているからだ。
つまり私は、帰り道が同じアスマと途中まで一緒になった。
全く気まずくないと言えば嘘になるが、私たちの関係なんて、とっくに過去のものだ。
今さら、何が変わるわけでもない。
アスマが煙草を一本吹かせながら、大したことのないように言ってきた。
「アンコのやつ、ゲンマに相当ご執心だな」
「……聞いてたの?」
「聞こえたんだよ。あんな大声で話してればな」
確かにアンコは、どれだけ酔っているか声を聞いていればすぐに分かる。アンコがゲンマに熱烈にアプローチしていることは周知の事実だし、別段問題はないが、何だか居心地が悪かった。
「昔シカク班でやった賭けのこと、覚えてるか?」
アスマの問いかけに、思わず足を止める。信じられない思いで見つめる私に、遅れて立ち止まったアスマが振り向いてニヤリと笑った。
「とゲンマがそのうち付き合うか、ってやつ」
「……あんたが覚えてると思わなかった」
「こないだライドウともその話になった。賭けは俺の勝ちだってな」
不敵に笑うアスマに、私は苛立った。でもすぐに、それは虚勢だと分かった。ゆっくりと煙を吐き出すその横顔は、仲間を案じる旧友の面差しだ。
アスマは昔よりも、仲間をよく見るようになった。
「こんなことで勝っても、ちっとも嬉しくねぇ」
「……でしょうね」
「ったく、世話の焼けるやつらだな」
その言葉に、どきりとする。でもそんなもの、アスマだけじゃない。私だってライドウだって、他にも多くの人たちが、たちを見て感じていることだろう。
彼らは、愛されている。
「……ほんとにね」
小さくそう返して、私は歩き出す。隣に並んで歩きながら、アスマと他愛ない言葉を交わす。ただそれだけ。何が変わるわけでもない。
でも確かに、私たちの間には変わらないものもあるのだと知った。