236.煙


 が最近キレイになった。

 そもそも俺は五年も里を離れていたのだから、その間に多少は変わっていてもおかしくなかったのに、は子どもの頃のまま幼さを残していた。だから寂れた神社で踊っていてもすぐに分かった。
 厳かに舞う姿は神秘的だったが、あどけなさを残すその表情にどこか安堵したものだ。

 だが久しぶりに顔を合わせたら、一瞬誰だか分からなかった。本部にこんなくノ一いたか? と思ったら隣にいたアオバが「馬子にも衣装だ」と言い出したので、ようやくだと気づいた。はアオバをちょっと睨んで「一言余計」と文句を言った。そういうところは、やはりだなと思った。

のやつ、最近変わったな」

 仕事帰りにたまたまライドウとゲンマに会ったので、三人で居酒屋に来た。ライドウが席を外しているときにさり気なくの話題を振ると、ゲンマは青い顔をして視線を落とした。
 そのとき、おかしいなとは思った。これまでのゲンマなら、の話題が出たところで堂々としていて、彼女への好意を隠さなかったからだ。

「まぁ……そうだな」

 ゲンマはそう濁してグラスの中の焼酎を呷った。これ以上の話はしたくないようだった。いつも余裕ぶったポーカーフェイスのくせに、ゲンマはのこととなると確かに分かりやすい。

と何かあったな」

 今度はゲンマが席を外したとき、俺は隣のライドウにひっそりと声をかけた。他人の色恋など興味はないし詮索するつもりもないが、俺たち元シカク班の中で、ゲンマとといえば定番の話題の一つだった。主に紅のせいだが。

 ライドウは特に表情を変えることもなく、焼き鳥を摘みながら淡々と言ってくる。

「だろうな。ここ最近、あいつはボーっとしてることが多い」
「ほんとに分かりやすいな」

 忍びなら、もう少し忍んだらどうだ。俺たちのように。胸中でそう呟いてから、自嘲する。俺は好き好んで紅との関係を隠したわけじゃない。紅が、それを望んだからだ。あいつは親父さんに知られたくないと言って、俺たちの交際を隠したがった。
 同期がどんどん出世する中、自分だけが取り残されているような気がして苛立っていた俺は、それさえ周囲に反発するための道具にした。

 そして俺は、紅よりも里の外に出ることを選んだ。

 あいつは正しかった。俺との関係など、周囲に知られていないことで安堵したはずだ。俺は所詮、その程度の男だったのだから。

 時々、羨ましく思う。ゲンマが周囲から見ても一目瞭然なほどが好きなことも、それを素直に表現できることも。

 俺があのときもっと、素直でいられたら。

 もっと早く、地陸に出会えていたら。

『灯火が尽きるとき、お前の手の中には一体何が残る?』

 地陸の言葉が、問答が、俺の目を覚ました。くだらない見栄なんかより、もっと大切なものがある。
 カズマたちとの死闘が、本当に大切なものは何かを教えてくれた気がする。共に戦ってきた仲間を、あんな形で失いたくなどなかった。

 もう、迷わない。紅には、仲間として、絶対に幸せになってほしい。

「ゲンマ、一本どうだ?」

 戻ってきたゲンマに煙草を差し出してやると、ゲンマはぼんやりしたまま少し考えたあと、徐ろに箱から煙草を一本取り出した。


***


「踊らないのか?」

 煙が漂って、果たして予想通りの声が聞こえた。私は鼻がそこまで良いわけじゃないけど、アスマやヒルゼン様、シカクさんはみんなにおいが違う。最近、仕事で顔を合わせるゲンマからも、時々煙草のにおいがするようになった。

 神社の境内に膝を抱えて座り込む私に、煙草を咥えたアスマが悠然と近づいてくる。

「アスマ、臭い。不敬だよ」
「うるせぇ。大事な神社ならもっと大事にしとけ」

 それは、言い返せない。何十年もろくに手入れされていない神社は荒れ放題で、敬えというほうが無理だろう。私も、草を時々刈るくらい。それでも、管理という名目で私は今もこうしてひっそりとこの場所を訪れる。

「……何しに来たのよ」
「お使いの帰り」

 何よ、お使いって。冗談なのか本気なのかいまいちよく分からない。頬を膨らませて睨みつける私に向かって、アスマはまた煙草の煙をゆっくりと長く吐いた。

「踊らないのかよ」
「……うるさい。そんな気分じゃない」

 踊れない。シスイがいなくなってから、踊れなくなった。
 それでもここに足を運んでしまうのは、ただ、ひとりになりたいからだ。

 アスマがさほど声の調子を変えずに、気楽に聞いてくる。

「ゲンマと何かあったのか?」
「……関係ないでしょ」

 口にしてから、しまったと思った。案の定、アスマはゆったりと微笑みながら目を細める。本当に、アスマは穏やかに笑うようになった。

「仲間だろ。そんな言い方すんな」
「……ごめん」

 私だってかつて、アスマに言われたんだ。紅とのことを詰め寄る私に、お前に関係ないって。
 私、本当に、人のこと言えた義理なんかない。

 アスマは小さく笑って、また煙をゆっくりと燻らせる。

「――と言いたいところだが、そりゃ話したくないよな。そんな個人的なことは」
「……ごめん、私……昔アスマに、無神経なこと言った」
「しおらしくなったな。あの頃の勢いはどうした?」

 可笑しそうに肩を揺らすアスマを見て、少し緊張が解けていく。アスマはこんなに大人になったのに、変わらないままの自分が恥ずかしい。

 アスマは靴底で煙草の火を消してから、私の隣に少し離れて腰を下ろした。