226.邂逅
大名専属の護衛部隊である守護忍十二士制度は四年前に創設された。国中から腕の立つ候補者を募り、十二人の精鋭が選ばれた。
その中のひとりが、木の葉隠れの里の猿飛アスマだ。
戦後の混乱の中、九尾襲来で火影が命を落とし復興に時間を要する等、当時、大名の側近の中には木の葉への不信感を持つ者がいたという話だ。そんな中、四代目火影の前任でもあり後任でもある三代目火影の息子が護衛として選出されたことで、アスマは十二士の中でもちょっと話題になった。火影の子として、大名たちから敬遠されてもおかしくなかったのに、と。もちろんその噂は、私たち木の葉の情報部にも届いた。
アスマは、自分自身の力を証明したいといって里を出て行った。大名の護衛部隊に入れなかった場合、戻ってこなければ里抜けとみなすという上層部の判断だったから、当時の私はひとまず安堵した。
でも本当は、紅のことを考えたら、失敗したほうがよかったかもと思わなくもない。そうすれば、きっとアスマは帰ってきた。アスマは五年もずっと里に帰ってこなかったし、その間、紅は誰とも付き合っていないようだった。
三か月ほど前に、十二士が二派に分裂したという。火の国に二つの頭は不要として、木の葉隠れの火影を消そうとする過激派が生まれたらしい。木の葉ももちろん警戒はしていたけど、アスマを筆頭とした派閥が過激派と戦闘し、その首領を討ったことで事態は収束した。この事件で十二士の半数が命を落としたし、大名や側近も考えを改め、この制度を廃止して再び木の葉隠れの手を借りる決断をしたそうだ。
守護忍十二士が廃止されたら、アスマは里に帰ってくる?
「守護忍十二士が解体されるからといって、アスマがすぐ戻ってくるとは限らないんじゃないか? アスマには過激派制圧の功績があるし、このまま身近に置いておきたいと大名が考えるかもしれない」
ライドウはアスマと同じ、元シカク班だ。本部で遭遇した私がアスマのことを聞いてみると、ライドウは淡々とそう言った。護衛部にももちろん、十二士解体の話は入ってきている。
ライドウはアスマのこともよく分かってはいるけど、尊敬するヒルゼン様と喧嘩別れして里を飛び出したアスマのことを、あまり快く思っていないようだった。おまけに紅を捨てていったことまで知れば、アスマをぶん殴りかねない。ライドウは淡白そうに見えて、実はすごく義理堅いからだ。男には、恋愛なんかより大事なものがあるなんて、きっと言わない。
「そう……だよね。アスマだって今さら帰りにくいかもしれないし」
「あんなもの、ただの反抗期だろ。そのうち戻ってくる」
「ハハ……ま、確かに」
私にだって、覚えがある。誰も私を見てくれない、どうせ私は、澪の孫だって。跡継ぎとしてしか、見られてないって。
そんな私をいつも、見てるよって温かく包み込んでくれたのはゲンマだった。ゲンマがいなければ、私だって今ここにいないかもしれない。
紅だって、火影の息子を好きになったわけじゃないだろうに。
ほんとに、馬鹿だな。
早く、帰ってきてよ。
それとも、帰ってこないほうがいいのかな。紅はもう、アスマの顔なんか見たくないかな。
あれ以来、アスマの話を紅としたこともないし、彼女がどう思っているかなんて私には分からない。それに、紅がどう思おうと、アスマの帰還を左右するわけじゃない。
紅に会ってもアスマや十二士の話をすることはできないまま、一か月ほどが過ぎた。
その日、空き時間に何となく神社に行こうと思った。外出届を出して、門番に挨拶して、里を離れる。神社までは、走れば十分ほどだ。ここで小さな神事が行われていた頃、は決まった時期に一か月ほど里を離れていたそうだ。
忍びでなければそう頻繁に行き来できない距離だし、子どもの頃は遠いと不満に思っていたけど、俗世を離れるという意味でもちょうどいい距離だなと今は思う。一人で、物思いに耽りたいときにも。
風を感じながら、拝殿の前で踊る。シスイは、私がこうしていることをどこで知ったのかな。知られたのがシスイでよかった。シスイはただ、黙って受け止めてくれるから。
ゲンマがこのことを知れば、私が本当はを終わらせたくないんだと思ってしまうかもしれない。確かに、好んで終わらせたいわけじゃない。でも、私のような思いを誰かにさせてまで、血を繋ぐつもりなんかない。私に、誰かの心なんか育てられない。
母と、祖母と、同じように。
ゲンマなら絶対に、俺が幸せにするって言ってくれる。
巻き込みたくない。なのにいつまでも、離れられない。
こんなに心の弱い私に、子どもなんか育てられるはずがない。
そのとき不意に柔らかな風が吹いて、私は顔を上げた。いつもならサクやレイが座って茶化してくる木の上に、大きな人影が見えた。
全然、気づかなかった。
「よう、忍びはやめたのか?」
薄汚れたジャケット、ぞんざいに伸びた黒髪、顎周りにばらけて生える髭。そして深い、落ち着いた声。私より、少し年上だろうか。
私を知っているような口振りだが、まるで誰だか分からない。でも不思議と、警戒心よりも戸惑いのほうが大きかった。
瞬く私を見て、男は頭を掻いて困ったように苦笑いした。その笑い方には、覚えがあった。
「分かんねぇか。まぁ、想像はしてたが」
「ひょっとして……アスマ、なの?」
歯を見せて笑うその姿に、心臓が跳ねた。
五年ぶりだ。勝手に里を出ていって、何の音沙汰もなく、突然ひょっこり帰ってくる。風の噂に、聞いていたとしても。
「お前はあんまり変わんねぇな」
アスマは変わった。とても、変わった。見た目はもちろん、醸し出す空気も、五年前のピリついた姿とはまるで別人だった。
私は変わらないんだろうか。この五年、変われなかったんだろうか。
そんなはずはない。私は昔よりももっと、きっと卑屈になった。
変わりたいのに変われないし、変わりたくないのに変わってしまう。
「……バカ、アスマ。お帰り」
涙声で睨みつける私に、アスマは肩をすくめて笑ってみせた。