225.痛烈


 カカシとどんな顔をして会えばいいんだろうって不安だったのに、ここのところまたカカシを見かけなくなった。ガイに聞いたら、ガイも最近会っていないらしい。何か立て込んでいるのかもしれない。暗部のイタチも、全く見なくなったもんな。

 会わなければいいってわけじゃない。私は、カカシもゲンマも傷つけた。ゲンマは私が何度ひどいことをしたって結局はまた抱きしめてくれる。甘やかしすぎだと思うけど、ゲンマは「お前が自分に冷たいから代わりに俺が甘やかしてんだ」って言って、また私をデロデロに甘やかした。溶けるかと思った。

 でも、溶けてる場合じゃない。中忍試験が終わってしばらく経ってから、仕事を終えて帰宅する私のもとにアンコが現れて聞いた。

さんって、ゲンマと付き合ってるわけじゃないんですよね?」

 アンコがあまりに好戦的だったので、私は思わず後ろに退いた。付き合ってるんでしょと聞かれることはたくさんあっても、逆はこれまでなかった。

「え、うん、まぁ……付き合っては、ないよ」
「じゃあ、ゲンマは私がもらってもいいですね」

 あんまりストレートすぎてびっくりした。アンコは、まぁ、中忍試験のことを思い出してみてもゲンマのことが好きなのかなって思ってたけど、ゲンマはそんな私を「あんなもんあいつのただの暇潰しだろ」ってすげなく切り捨てていた。

「えっと、その……そういうことは、ゲンマが決めることだから。もらうとかもらわないとか、私に言われても……」
「そうやって全部ゲンマに決めさせるんですね」

 アンコはそう言って冷ややかに私を睨んだ。見透かされているようで、心臓が冷たくなった。

「あなたが拒絶すればゲンマだって望みのないあなたにいつまでも固執しないでしょう。そうやって曖昧に引き留めてるくせに、こういうときはゲンマのせいにするんですね」

 ぐうの音も出ないってこういうことだ。アンコは私が見ないようにしていた自分の姑息さを真っ向から突きつけてきた。ゲンマが逃がしてくれないからって、自分に言い訳して私はまたゲンマの温もりを受け入れた。
 いつまで、こんなことを続けるんだろう。

「どうでもいいなら、ゲンマは私がもらいます」

 アンコは冷たくそう言い残して去っていった。私は何も言えなかった。

 ゲンマがもし、他の人と付き合ったら。そんなの、ゲンマの気持ちに応えられない私に止める権利なんかない。
 こんな関係は、ゲンマに恋人ができるまで。最初から、そう決めてたじゃないか。

 どうでもよくなんかない。でもゲンマが幸せになるなら、それが何より大切だ。ゲンマだって、好きだと言ってもくれない幼なじみなんかより、愛してると答えてくれる恋人のほうがいいに決まってる。

 結局その年のゲンマの誕生日は、たまたま仕事帰りに一緒になったからおめでとうって言ってしまったし、ネネコちゃんの誕生日にはちょっとしたお祝いを贈った。来年からアカデミーだから、爪楊枝くらいの筒状ケースと、小さめの巾着。ネネコちゃんはサクたちを見るといつも「猫ちゃん可愛い」と言っているから、猫の根付もプレゼントした。
 私はこうして、結局不知火の人たちとまた関わりを持ってしまう。ゲンマのおじさんには時々本部で会うし、おばさんにはこの間数年ぶりに近所で鉢合わせして、相変わらず明るい笑顔で気さくにハグされた。

 みんな、私とゲンマの曖昧な関係なんて知っているはずなのに、責めることもなく昔みたいに優しく包み込んでくれる。私が引き留めているからゲンマはいつまでも一人なのに、誰も私を責めようとしない。ズルい私は、そんな不知火の人たちにずっと甘えてしまう。
 一言責めてくれたら身を引くのにって、また人のせいにして。私は、本当にズルい。

 アンコは秋のあの宣戦布告のような宣言以来、ゲンマにかなり積極的にアプローチしているようだった。私に対して何か働きかけてくることはないけど、巷では三角関係と噂されているらしい。恥ずかしすぎる。
 ゲンマはろくに相手にしてなかったけど、あんなに好意を向けられたら揺らぐことだってあるだろうし、アンコは、その……私なんかよりずっと豊満な身体だ。ゲンマの元カノだってそういうタイプだし、ゲンマがいつアンコと付き合い始めるかなんて分からない。

 いつまでも、卑屈な私に構うことない。

 でも二十一歳の私の誕生日、ゲンマはお祝いを言いに来てくれたし、かんざしをプレゼントしてくれた。二年くらい前、のかんざしが任務中に外れて飛んでいったけど、拾う暇なんかないからそのままになっていた。長年受け継がれてきたものなのにどうしようと思っていたら、レイが咥えて持って帰ってくれた。きっとこうやって紛失もしないで引き継がれてきたんだなと思ったら、不思議な気持ちになった。母さんが川に投げ捨てたときだって、水が苦手なくせにきっとレイが拾って帰ったんだろうな。
 手元には戻ってきたかんざしだけど、棒の先が折れてこのまま使うのは危険そうだった。ちゃんと手直ししてもらえばまた使えるだろうけど、忙しさを理由にそのままにしていた。だからもうずっと、かんざしはつけていなかった。

 ゲンマは私がかんざしをつけていることも気づいてないと思っていたのに、とっくに気づいていたし、失くしたことまで知っていた。似合ってたからって、気が向いたらまたつけてって。
 それは小さな桐箱に収まっていた。漆黒の棒の先に、柔らかな山吹色の花が一輪。銀の葉が添えられていて、角度を変えると光が優しく反射する。嬉しかったけど、すごく後ろめたかった。私はゲンマに、何もあげられていないのに。

 結局そのかんざしをつけられないまま、ネネコちゃんのアカデミー入学が近づいてきた頃、私のもとにある一報が届いた。

 大名直属の護衛部隊である守護忍十二士が解体されるという知らせだった。