224.祈り
また、ゲンマと私の噂が立つようになった。
仕方ない、よね。本部から手を繋いで帰ってるところを誰かに目撃されたらしく、またよりを戻したということになっているそうだ。またか、って。私たちはそれくらい何度も近づいたり離れたりを繰り返してきた。本当は一度も、付き合ってなんかいないのに。
「ほらね。諦めなよ」
久しぶりに会ったと思ったら、シスイは呆れたように笑ってそう言った。もしかしたら、一年ぶりくらいなんじゃないかな。シスイは警務部ではないけど、うちは一族は基本的に正規部隊で任務を負うより、単独で動くことが多い。きっと、色々私には言えない仕事があるんだろう。
「諦め……れないよ。またゲンマに迷惑かける……またコハル様が絶対ゲンマに小言言い出す……」
「でもは、ゲンマさんから逃げられないんだろう? ゲンマさんだって、コハル様から小言をもらうくらいとっくに覚悟してると思うよ」
「そうかもしれないけど……」
いつもの川原で私は膝を抱えて項垂れたけど、シスイの苦笑混じりの返事が返ってこない。不審に思って横目で見やると、シスイはぼんやりと川面を眺めていた。
「シスイ、何かあった? 大丈夫?」
するとシスイは弾けたようにこちらを見たけど、すぐに困ったように笑って頭を掻いた。その笑い方は少しだけ、ゲンマに似ている気がする。
「大丈夫……とは言えないかな。まぁ、色々あってね」
そう、だよね。きっと私には言えない話も、たくさんある。シスイは前より、笑顔が少し陰るようになった。
「は……あらゆる一族も、考えの違う人間も、あらゆる国境も越えて、手を取り合える日が来ると信じる?」
それはシスイと出会ったばかりの頃にも投げかけられた問いかけだった。私の頭の中に、この四年間のあらゆる出来事が駆け巡る。戦争が終わっても、また新たな憎しみや悲しみが生まれている。
私の答えは、あの頃のまま。
「……分からない。分からないけど……外の世界はいきなり変えられないから、まずは中から……里から平和を、作らないとね。内部で、憎み合ってる場合じゃないよね」
九尾の器となった子どもに対して、憎しみをぶつけてる場合じゃない。それなのに、おおっぴらにナルトくんを迎え入れることもできない。
ゲンマのようにほんの少しの心を砕くことしか、できない。
膝を抱える私に、シスイが静かに囁いた。
「。君は何があっても、光の中から里を支えてくれ」
彼の深い瞳を見返して、私は息をつく。シスイは昔からそうだ。私には陰ではなく、陽の当たる場所が相応しいと信じている。
私の心には、こんなにどうしようもない闇が渦巻いているのに?
「私じゃなくて……シスイのほうが、日向が似合うよ。あなたもイタチも、写輪眼よりもっと真っ直ぐな目を持ってる」
するとシスイは、哀しそうに笑ってみせた。深い影の落ちる眼差しを、閉ざしながら。
「、頼みがあるんだ」
「……何?」
シスイが私に頼み事をするなんて、初めてだ。何だか落ち着かないものを感じながら聞き返すと、シスイはゆっくりと開いた目を細めてみせた。久し振りに見る、子どものような微笑みだった。
「の舞いを、少し見せてくれないかな」
びっくりしすぎてしばらく声が出なかった。里から離れた神社で今も時々踊っていることなんて、誰にも話していなかった。もちろん、ゲンマにだって。
「む、無理無理! そんなの! いっつも、サクたちに下手くそって言われるし!」
「そんなこと俺に分からないから。少しだけ」
「やだってば! 無理だよ、せめてもうちょっと上達してから!」
「は自分に厳しいだろう? それじゃあ一生かかっても見られないよ」
「うっ……」
確かに、シスイの言う通りだ。それに私は、誰かに見せるために踊ってるんじゃない。自分の心を鎮めるため。心の声を聞くため。だからきっと、誰にも見せることはない。
「父さんが昔、の舞いを見たことがあると言っていた。心が洗われるようだって、怒りが浄化されるようだって。俺も見てみたかった。でも里には、、君がいる」
シスイの真っ直ぐな眼差しに、言葉を失う。シスイはきっとに何か思い入れがあって、私がだからという理由で買いかぶっている。でも、シスイの深い瞳を覗き込んだら、その期待に応えなきゃいけないような気がしてくる。
大きく、長く息を吐いて、私は徐ろに立ち上がった。目を閉じて、腕を伸ばし、天を仰ぐ。
「下手くそにゃー」
「下手くそー」
サクやレイに茶々を入れられることにも、慣れた。シスイと出会った川原で、初めて誰かのために舞いを踊った。拍手も歓声もない。そんなことのために、舞っているわけじゃない。
私が動きを止めて顔を上げると、シスイは安堵したように微笑んでいた。
「ありがとう、。これでまた頑張れるよ」
「大げさな……こんな素人の舞いなんかで……」
「上手い下手じゃないんだよ。の舞いは、祈りだから。絶望的なことが起こっても、一筋の希望を見出そうとする――形ある祈りだ」
そんなこと、考えたこともなかった。私が生まれたとき、はすでに祈りを捨てたと言われた。戦いの末に、平和を見出そうとした。あんな凄惨な争いの果てに?
「いつか、人々がまたの祈りを求める。そのとき君に、それを開く勇気が宿ることを信じてる」
そんな日が、来るわけない。祈りなんて、個人的なものだ。荒んだこの世界で人々が縋る祈りがあるとすれば、それは狂信と同じ。
でもシスイの目を見ていたら、もしかしたらと感じてしまう自分がいることも事実だった。
「シスイ、私にできることがあったら……何でも言ってよ。今日みたいに、何でも」
立ち去るシスイの背中に呼びかけると、振り向いた彼はまた哀しそうな顔で微笑んだ。
「ありがとう、」
このときの笑顔が、なぜかしばらく頭から離れなかった。