221.漏洩
里の郊外にある、木々に囲まれた広々とした空き地。不知火家の訓練場を最後に訪れたのは、十年以上前だ。手裏剣や楊枝吹用の的は定期的に替えているそうだから、まだ真新しい。ネネコちゃんもすでに何度も来ているのか、慣れた様子で手裏剣を投げていた。まだ全然覚束なくて、的を時々かすっても、すぐに跳ね返されてしまう。
仏頂面で頬を膨らませるネネコちゃんに、私はゆっくりと言い聞かせた。
「ネネコちゃん、的はまだ早いんじゃないかな。まずは的がどれくらい離れてるか、距離感をつかむ修行をして、それから身体の動かし方の練習。的を使うのはそれから」
「えーーーーーっ」
「だから、俺が前からそう言ってんだろ、ネネコ」
「えーーーーーーーーーっ!!」
ネネコちゃんが、少し離れたところで胡座をかいているゲンマを睨んで声を張り上げる。私は思わず笑いをこぼしながら口を挟んだ。
「ネネコちゃん。今のは私が昔ゲンマおじちゃんから教えてもらったことだよ。私も上手くなれたからさ、ネネコちゃんも頑張ろ」
「えーーーーちゃんがおじちゃんに教えてもらったのってほんとだったの?」
「だから言ってんだろーが」
「えーーーーーーーーっ」
ネネコちゃんは前から素直だけど、ゲンマに対してはずっとこういう感じだ。きっとすごく、甘えてるんだと思う。分かるよ。ゲンマは、とっても優しいもんね。
私は昔ゲンマに教えてもらったみたいに、目標の場所に石を投げる練習から勧めた。十年以上経っても、けっこう覚えてるもんだな。それくらい、必死になって修行したもんな。
カカシを見返すため。カカシに追いつきたくて。あの頃はそればっかりだった。
そういえば、ゲンマに出会ったのはアカデミーに入学したばかりの頃で、私はまだ五歳だった。今はアカデミーの入学年齢が引き上げられ――というより戻されて、六歳からの入学だ。あの頃の私は、今のネネコちゃんと同い年。私ももしかしたら、こんな感じだったのかな。
昼前から修行に来ているけど、家政婦のサエさんが作ってくれたお弁当を食べて、結局夕方近くまで私たちは訓練場にいた。来たときよりは投石が上手くなったネネコちゃんだけど、やっぱりもうしばらく時間がかかるだろう。ネネコちゃんは大の字に横たわって大声で駄々をこねていた。
「やだーーーやだやだやだつまんなーーーーい!!!つーーかれーーーたーーーー!!!」
「修行が面白いわけねーだろーが。甘えるな」
「でもネネコちゃん、めちゃくちゃ頑張ったよ。こんなに長い時間、私がネネコちゃんくらいの年の頃は頑張れなかったと思うし」
ゲンマが身内らしくばっさり切り捨てたところで口を挟むと、ネネコちゃんはイクチそっくりの明るい笑顔で振り返った。
「ほんとー? ネネコ、えらい?」
「偉い偉い! 偉いネネコちゃん、帰りに何か買ったげるよ」
「ほんと? わーーーい! ちゃん大好きーーー!!」
「お前、物で釣るなよ……」
「言い方! じゃあゲンマは来なくていい!」
「そー! 来なくていい!」
「お前ら何で息ぴったりなんだよ……」
呆れ顔で千本を揺らすゲンマを見て、私とネネコちゃんは顔を見合わせて笑った。楽しい。本当に、ネネコちゃんとゲンマと過ごす時間は、心から笑顔になれる。
赤ん坊のネネコちゃんを一緒に抱いて、ゲンマとくっついたときのことを思い出して、苦しいけどものすごく温かい気持ちになった。
子どもの頃にゲンマとアイスを買った駄菓子屋はもうない。もう少し足を伸ばして、私たちは商店街の近くでアイスを買って食べた。昔ながらの棒アイスを、ネネコちゃんと割って半分こする。ゲンマはくっついたままの二本をひとりで頬張って食べて、ネネコちゃんに笑われていた。
そうだ、ここで自来也さんともこのアイスを買ったっけ。
ネネコちゃんはカッコ悪いと言ってまだ爪楊枝を咥える癖はないらしい。楊枝吹きは不知火のお家芸だけど、確かに女の子が爪楊枝咥えるのもね。
試しにアイスの棒を私が口に咥えたまま歩くと、ネネコちゃんは私を見て、食べ終わったあとの棒を咥えながらついてきた。ほんとはこんなこと危ないんだけど、不知火ならしょうがないよね。ゲンマが最初に千本を口に咥えているのを見たとき、必死になって止めたことを思い出した。
季節は夏。夕暮れ時にもまだ空は橙色だ。三人で並んでのんびり帰っていると、ちょうどシカクさんとシカマルくんの親子に遭遇した。
「よう、お前ら。何だ、いつの間にガキなんか作ったんだ?」
シカクさんがあまりに自然に聞いてきたから、私はワンテンポ遅れて全身に熱が走るのが分かった。思わずあげた声は高く上擦ってしまった。
「な、なに言ってんですかっ!!」
「シカクさん、そういう冗談やめてください。こいつ、本気にするんで」
「ハッハッ! 悪い悪い。確かイクチのところのガキだったな」
そういうゲンマは、何でそんなに落ち着いてるの。悔しい。私だけ動揺してて、悔しい。
シカクさんが豪快に笑いながら伸ばそうとした手をかわして、ネネコちゃんは私の後ろに隠れた。まぁ、シカクさんは服装も顔もワイルドで、確かに一見ちょっと怖いよね。
シカクさんはまた愉しげに笑いながら、かわされた手でシカマルくんの頭をぞんざいに撫でた。シカマルくんはちょっと嫌そうだった。
奈良親子と別れて少し歩くと、小さな公園に行き当たる。もう夕方だし、誰もいないと思っていた公園の隅で、小さな男の子がひとりブランコに乗っているのが見えた。
「あの子、いっつもひとり。こないだ遊ぼうと思ったら、サエちゃんにダメって言われた」
こんな時間に、ひとりで公園に残っている。薄汚れたシャツに、ぼさぼさの金髪。ネネコちゃんと同じ年頃のその男の子は、こちらの視線に気づくと険しい表情で走り去っていった。
「九尾にゃ。ミナトの子どもにゃ」
突然私の肩に現れたサクが、あっけらかんと言ってくる。慌ててサクの口を塞いでも――ついでに言うなら塞げるはずもなく――もう遅く、傍らに立つゲンマがまるで幽霊でも見るような顔で呆然と私を見ていた。
四代目の息子が生きていることは、ゲンマも知らない極秘事項だ。
「四代目の……子ども?」
やっぱり私は、まだまだ未熟な忍猫使いだ。
こんな形での情報漏洩を、防げない。
不思議そうな顔で、ネネコちゃんが私とゲンマを交互に見上げていた。