216.後悔
死にたい。
朝起きて、すぐそばの温かいものを抱きしめたらサクだった。そこではたと目が覚めて、隣にいるのがゲンマじゃないことに気づいてショックを受けている自分にショックを受けた。私、昨日ゲンマにめちゃくちゃなこと言った。記憶はある。やばい。死にたい。何で、記憶が飛んでくれなかったんだろう。
いや、記憶が飛んでいたらまた同じことをくり返す。これまでコップ一杯で潰れてゲンマやカカシに送ってもらったから、紙コップ半分くらいなら大丈夫だろうと思った。でも、ダメだったみたい。後輩に飲ませて自分は素面というのも、と思って少し飲んだけど、やっぱり私は二度と飲んじゃいけない人間だ。
そもそも、何でゲンマが送ってくれたんだろう。何であんなところに来たんだろう。
私、本当に最低だ。迷惑かけて、突き放して、終わりにすれば良かったのに未練がましく甘えて、挙句の果てにはまた送ってもらった上にお酒の勢いで引き止めてしまった。一緒にいてくれないと寝れないとか言っちゃった気がする。最悪。死にたい。私にそんなこと言う資格、ないのに。
意識は確かにあったのに、完全に理性が死んでた。お酒怖い。もう、絶対に、二度と飲まない。
こんなやつ、甘やかす必要ないのに。ゲンマは私を抱きしめて、くっついて、一緒に寝てくれた気がする。
ベストがボードにかけてあって、急に恥ずかしくなった。
「サク……ゲンマ、いつ帰った?」
「知らないにゃ」
サクは大アクビを漏らしてから、また丸くなって眠った。知らないわけないのに、サクたちはいつも知らん顔をする。
朝までほんとにいてくれたのかな。今日も、仕事だよね。ゲンマは私に、本当に甘い。こんなやつ、放っといていいのに。ゲンマは優しいから、放っておけないんだよね。
そんなゲンマの優しさに漬け込んで、私がいつまでも甘えているだけだ。
ゲンマのせいじゃ、ない。
仕事の前に、シャワーを浴びないと。ゲンマに会ったら、どんな顔すればいいんだろう。覚えてないフリでもすればいいのかな。それは誠実なんだろうか。でも正直なことが、必ずしも誠実であるとは限らない。
身体を起こして布団に手をつくと、不意に右手に残る感触に気づいて私は動きを止めた。
眠る私の手を、ゲンマは握ってくれた。
本当は眠ってなんかなかった。眠れるはずがないと思った。大好きなのに、大好きと言えない大好きな人と同じ布団でくっついているのに、緊張しないわけがない。でも、お酒のせいかいつの間にか眠ってしまったらしい。緊張するし、同時に安心もするから。ゲンマは昔から、そうだから。
眠る前に、私から指を絡めた。ゲンマの長くて、角ばっているのにしなやかな指先。一つ一つが愛おしくて、確かめたくなる。離したくないし、ずっとこうして繋がっていたい。そう思って握り締めて、親指で何度もなぞってみた。
好きで、好きでたまらなかった。
それなのに、ゲンマのことを考えたら、もうカカシの顔がちらつくようになってしまった。
あんな風に強引にキスされたって、怒ることはできない。私がカカシを傷つけたんだから。私が、怒らせたんだから。
カカシだってあのとき、傷ついてた。
サクモおじさんを失って、オビトを、リンを、ミナト先生を――あんな形で亡くして、カカシはずっと傷ついていたのに。
よりにもよってそのカカシを、私は利用して傷つけたんだ。
そんな最低の私が、私だけが、のうのうと幸せになっていいはずがない。
カカシも、こんな気持ちだったのかな。リンから逃げてるって私が詰め寄ったとき、カカシは苦しそうだった。自分にそんな資格はないって、自分を責めてたんだろうな。
あんなに苦しむくらい、きっとリンのことが大好きだったんだろうな。
ごめんね、カカシ。私、無神経だったよね。もっとあなたの痛みに寄り添えたはずなのに、私はいつだって、きっとあなたを追い詰めてきた。
ごめんね、リン。私、カカシのこともあなたのことも、きっと傷つけたよね。
親友なんて、もう、名乗れないかな。
ごめんね、オビト。あなたの大好きなリンにも、カカシにも、もっと何かしてあげられたかもしれないのに。
私は一体、大事な人たちに何ができたんだろう。
『お前には絶対、幸せになってほしいから。お前を大事にしてくれるやつと幸せになれよ』
最後に会ったとき、オビトは真っ直ぐな眼差しで、私にそう言ってくれた。
ごめんね。私、心配かけてばっかりだったね。
熱いシャワーを頭から浴びながら、目を閉じる。幸せって、何だっけ。好きな人と結ばれること? だったら私は、幸せにはなれない。
ゲンマに会ったら、謝ろう。ただ淡々と、ごめんねって。もうお酒はやめるからって。もう、迷惑かけないからって。
何回も何回も、そう思ったのに。
迷惑かけろって言ってくれたゲンマの顔を思い出したら、胸が苦しくてたまらなくなった。アンコに伝えたばかりの言葉が、全部自分に返ってくる。
私、本当に馬鹿だな。
シャワーの勢いを強めて最後の泡を洗い流しながら、きつく目を閉じて天井を仰いだ。