210.隣
生きた心地がしない。もうガイに誘われる飲み会は全部断ろうかな。
ガイと久し振りに同じ任務になったら、帰りに居酒屋に誘われた。ゲンマも誘ったと言われたときは肝が冷えたけど、仲間なんだから仕方ないと自分に言い聞かせた。
何年か前に元チョウザ班でご飯を食べたときには、隣に座ったゲンマがテーブルの下で私の手を握ったことがあったけど、今回ゲンマは迷うことなくガイの隣に座った。仕方がないし、隣に座られても困るけど、やっぱり少し傷ついた。
でも、それよりびっくりしたのは遅れてカカシが現れたことだ。やはり、ガイが呼んだらしい。空いていたから仕方ないとはいえ、カカシは躊躇うことなく私の隣に腰かけた。
反射的に、私は距離をとってしまった。カカシなんて、どんな顔して見ればいいか分からない。
カカシは相変わらず、何事もなかったみたいに平然としていた。
ソフトドリンクばかり頼む私に、ガイは能天気にお酒を勧めてきた。もう、二度と! 特に、あんたの前では! 絶対に飲まないから!
ゲンマも呆れた様子で「おい、に飲ませんな」と釘を差してくれた。ゲンマにも、前に迷惑かけたもんね。ごめんねって心の中で謝った。
一番に帰ろうとしたのはゲンマだった。私はぎょっとして顔を上げた。ゲンマが先に帰ったら、もしかしたら帰りがカカシと一緒になってしまうかもしれない。
それだけは、絶対に避けなければ。
「わ、私も帰る!」
するとゲンマは、すごく驚いたみたいだった。そりゃ、そうだよね。あれから一年、ただの同僚みたいに接してきたもんね。一緒に帰ることだって、一回もなかったもんね。振り回してごめんね。
でも、カカシと帰るのだけは御免だから。
お店を出たらひとまずホッとしたけど、ゲンマの背中を見たら心臓が痛いくらいぎゅっとなった。ゲンマのことが好きなのに、もうそんなことを言う資格なんかない。泣きつく資格だってない。私たちはただの、同僚だ。
私の家の前まで、私たちは一言も喋らなかった。ゲンマの背中を見つめながら、私は口元を押さえながら歩いた。
ゲンマとあのとき、一度だけキスした唇。ゲンマだけの思い出にしたかったのに、もう鏡を覗いたら、カカシの顔までちらつくようになった。鏡を見るのもつらいし、カカシにもゲンマにも会いたくなくなってしまった。
私が悪い。全部、自分の蒔いた種だ。
家の前で別れの言葉を口に出そうとしたら、ゲンマがこちらに背中を向けたまま静かに切り出した。
「お前さ」
「……何?」
「気まずいのか知んねぇけど、俺なんかと一緒にいたら、好きなやつに誤解されんぞ」
ゲンマのその言葉も、背中も、はっきりと私を拒絶していた。胸が絞られるように痛んで、喉の奥で息が詰まった。違う。違う。そうじゃない。そうじゃないのに。
それを否定する権利なんか、私にはない。
カカシのことが好きだって、私がゲンマに言ったんだ。
身から出た錆ってやつだ。私が悪い。
「……ごめん」
「別に、いいけど。お前が困るだろ」
ゲンマは、私のために言ってくれてる。一人で先に帰ろうとしたのも、きっと気を遣ってくれたからだ。
私が好きなのはゲンマだ。それなのに。
ゲンマが顔を見ないままおやすみって言ったから、私も俯いたままおやすみって返した。もう、触れることもできない。私が悪い。だから自分の手をきつく握りしめて、胸元で抱えることしかできない。
「お前は本当にアホだにゃ」
「……分かってるよ」
サクに指摘されるまでもない。自分で自分の首を絞めている。
サクたちは最近、余計な茶々は入れてこない。ただ、時々こうして呆れ顔で突っ込んでくるだけ。まぁ、いいけどね――そういう感じだ。
私が子どもを産まないって決めたときも、忍猫の誰も、そのことについて何も言ってこなかった。やっぱり彼らにとって、そんなことはどうでもいいんだろう。私が死んだら、木の葉を離れてきっと気ままに生きるだけだ。
サクたちみたいに生きればいい。どこかに帰属したって、縛られるんじゃなくて、自分の意思で生きるんだ。
縛られるくらいなら、恋愛なんて必要ない。
カカシのことも、ゲンマのことも、忘れるんだ。
二十歳になり、相変わらず仕事は忙しかったけど、他国との緊張状態は鳴りを潜め、砂隠れとは中忍試験を合同で行う提案まで出てきた。
それはそれで新たに必要となる調整が増えて、私たち情報部や護衛部はてんてこ舞いだったけど、忙しくしているほうが余計なことは忘れられるから、私には良かった。
合同の中忍試験についてはまだ調整の段階で、最終の判断は今回の会議で行われる。会議の開催場所は木の葉と砂の間にある、中立地。木の葉からは火影補佐のシカクさんが代表として参加していて、私はその補助。さらに護衛部から一人同行するのが基本スタイルだった。
今回の護衛役は、ゲンマだ。
「お前ら、今回はとりわけ重要な会議だ。しっかり頼んだぜ」
「はい。任せてください」
里を発つ前、シカクさんは私たちを振り返って神妙な顔を作ってみせた。千本を咥えて後ろ手を組んだゲンマが淡々とそれに応じ、私はその隣で緊張しながら小さく頷く。中忍試験の会議にシカクさんの補佐として同行するのは初めてじゃないけど、今回が最終決定の大事な局面だ。交渉が決裂すれば、国家間の緊張にも繋がりかねない。
そして、護衛はよりにもよってゲンマ。
「、顔が怖いぞ」
「ウッ……はい、すみません」
シカクさんは私を見て、歯を見せて笑う。
「愛想良くしろなんて言ってんじゃねぇぞ。ただ、肩の力は適当に抜いとけよ。ほら、ゲンマ、お前もだ」
「……抜いてます」
ゲンマがちょっと不貞腐れた顔で言い返すと、シカクさんはまた愉しげに笑った。
そんな二人のやり取りを見ていたら、何だか懐かしくなって私は自然と笑ってしまった。