206.口実
雲隠れの動向を探ることは、目下、最優先の課題だ。
もちろん、日向家の一件は極秘事項のため、慎重に行動する必要がある。雲は木の葉に、忍頭を殺した日向一族宗家当主の死体を渡せと言った。ヒアシさんは戦争回避のため、自らが命を差し出すつもりだった。
でも、宗家の白眼は死後もその効力を失わない。白眼の秘密を守るため、ヒザシさんは双子の兄の身代わりとなって死んだ。
雲は白眼を渡せと言ったわけではない。ヒアシさんと瓜二つのヒザシさんの遺体に、表立った抗議はできない。
でもそれはあくまで、表向きの話だ。
「お前たちにはしばらく雲隠れの監視を任せたい。このことが知られれば国家間の緊張にも繋がる。心して臨んでくれ」
「はい。お任せください、三代目様」
この件を知っている者の中から、特に偵察分野に優れた三名が選ばれた。日向家から日向ツイ、情報部から私、。そして暗部からも一名。はたけカカシだ。
「お前たちと組むのも久しぶりだな」
「はい。宜しくお願いします、ツイさん」
確かに、顔を合わせることはあってもツイさんと組むのは久しぶりだ。ツイさんは今は下忍の指導も担当しているし、こういう特殊任務でなければ偵察に携わることも少なくなっているはず。
私とツイさんは、顔を見合わせてからゆっくりと後ろを振り返った。
暗部の面をつけたカカシの表情は読めない。読めないけど、友好的じゃないだろうなというのは充分に伝わってくる。火影室を出てから、カカシは一言も喋らなかった。
「カカシ。まだ任務じゃないんだし、喋っていいんだよ」
しばらく待ったけど、カカシは何も言わなかった。彼と最後に組んだのは四代目の命令だったし、最後に顔を合わせたのは九尾襲来の夜だ。
あれから四年ほど経つのに、こうして再会しても口も利こうとしない。もう、怒りも湧いてこない。ただどうしていいか分からなかった。
「カカシ。お前は暗部とはいえ、今は俺たち正規部隊と仕事をしている。小隊長の俺の指示には従ってもらう。最低限のコミュニケーションは取れ」
「取っています」
ツイさんの言葉に、カカシが短く即答する。ツイさんの顔の筋肉が一瞬ヒクヒク動いたあと、彼は大きく息を吐いて腕組みした。
「お前は変わらないな、カカシ。もちろん、良い意味じゃないぞ」
「忍びは、道具です。道具が時間と共に変わっていては、使い物にならない」
面の向こうから、淡々とカカシが言ってくる。ツイさんは表情を引き締めながら、
「忍びは確かに道具だ。だが俺たちはただの道具じゃない。仲間のために何ができるか。それを考え、成長できる道具だ」
「考えています。俺は俺にできることをやる。それがチームワークです」
「……独断で突っ走るなよ、カカシ。その場の判断は大切だ。だが少しでも迷うようなことがあれば、必ず仲間に相談しろ。いいな?」
カカシは答えなかった。ツイさんはまた深々とため息をついてから、作戦会議のために別室に移動すると告げた。
ツイさんの後ろを歩きながら、私はちらりと首だけでカカシを振り返る。もう何年も、訪ねても訪ねても、会えない日が続いていた。
私、カカシに会いたかったのかな。それとも、会わなきゃいけない気がしただけかな。
カカシは私のことなんか、嫌いに決まってるのに。
カカシは、サクモおじさんの息子で。オビトとリンの、元チームメイトで。リンの、好きだった人で。
カカシとの繋がりが、彼らとの繋がりを保ってくれるような気がしたのかもしれない。
カカシのために何かしたいと思いながら、本当は自分のために繋がりを切らせたくなかっただけなのかも。
その上、ゲンマとの繋がりを断つために、私は咄嗟にカカシの名前を出して嘘をついてしまった。あんなの、リンにだって顔向けできない。
私、本当に最低だ。
偵察任務は最低でも三か月。長引けば半年程度も想定される。通常任務であれば補給の小隊を迎える必要があるが、極秘任務のため、報告も兼ねてツイさんが時々里に戻ることになった。
その間、私とカカシは本当に最低限以下の言葉しか交わさなかった。時々パックンが取り持ってくれようとしたけど、サクやメイが後ろ脚で砂をかけたので、パックンもやれやれといった様子でカカシのところに戻った。
「パックンは大人なんだから、あんたたちも大人の対応して!」
「これがボクらのオトナの対応にゃ」
「嫌なものには、はっきりノーにゃ」
「何が大人よ……あんたたちは子どもの頃からずっとそうじゃない」
素知らぬ顔で顎を掻くサクたちに、私は嘆息混じりに肩をすくめる。サクたちは変わらない。私に手を貸してくれるようになってからも、根本は昔から変わらない。
ばあちゃんならもっと、うまくやれたよね。忍猫たちがばあちゃんのそばで、こんな風に文句を垂れる姿なんて見たことがない。
ばあちゃんも若い頃にはこんな感じだった? それとも私が頼りないから?
捨てたはずのものを、いつまでも握り締めているからいけないの?
短い仮眠を取っても、時々ゲンマを夢に見る。忘れなきゃって思っても、思い出しては涙が出そうになる。
いっそ、嫌いになれたら楽なのに。
どうしたら、ゲンマのことを嫌いになれるんだろう。
結局、偵察任務を終えるのに四か月近くかかった。季節はすでに夏。現状、国家間の危険は去ったとして、ようやく里から帰還命令を受けた私たちは、荷物をまとめて帰路についた。
次にカカシに会えたら、一緒に病院に行こうってずっと思っていた。でも、とてもそんなことを言い出す資格はないと思った。私は結局、カカシを利用して過去にしがみついて、あろうことかゲンマの愛情を拒むための口実にさえ使った。
カカシを本当に案じているのは、私なんかじゃなくて、ガイだ。
ガイの純粋な気持ちがきっと、カカシの心に響いている。だからこそカカシは、私のことは避けるのに、ガイのライバル勝負は受け入れるんだ。
私は結局、誰の役にも立てない。
帰還したらすぐゲンマの誕生日だったけど、もちろん会いには行かなかった。私の誕生日だって、何もなかった。私が振ったんだから、当然だよね。寂しいなんて思う資格、ないんだから。
ゲンマは、同僚としてだけど相変わらず優しかったし、変わらずあの忍具ポーチを使い続けていた。やめてほしいって思うのに、心の奥底ではやっぱり嬉しい気持ちを隠せない。
どっちつかずに、ふらついてばかり。
その年の中忍試験が終わる頃、仕事を終えて繁華街を通り抜けたとき、私は居酒屋の窓から馴染み深い顔が覗いていることに気づいて足を止めた。
「、久しぶりだな! どうだ、こっちで一緒に飲まないか?」
長期任務を終えてから、初めて顔を合わせる。
すでに頬を染めたガイが、ジョッキを片手に上機嫌に高笑いしながら私を呼んでいた。